第13話
プロローグ13
あっという間に、大佐は見えなくなった。
僕の乗る飛行機は、そのままゆっくりと移動していく。
座席から、ごろごろという独特の振動というか、感触というか、それが身体に伝わってくる。
そのゴロゴロ感がぴたりと止まる。
飛行機が停止した。
ぐおおおおおぉぉぉぉぉ
エンジン音が一段と大きくなり、おい大丈夫かと思うぐらい、けたたましい。
窓を見たら管制塔が見えた。
どうやら、滑走路の一番端にいるみたいだった。
機体がスッと前に進み始めるのが判った。
次の瞬間、飛行機は猛烈な速度で走り始めていく。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
猛烈な速度 ・・・・・・
僕の身体が ・・・・
僕の身体が、座席の背もたれに押し付けられる。
エンジンが轟いていた。
振動がすごい。
ヒッ ・・・・・
はっ 初めての感覚。
身体が ・・・・・
自然と固くなってしまう。
窓の景色は後ろへ後ろへ ・・・・ 猛烈な速度で流れていた。
飛行機の速度が ・・・・ さらに上がるのが判る。
ひぃぃぃぃぃぃ ものすごい加速度 ・・・・・・
身体が ・・・・ 斜めの感覚 ・・・・
走行の振動がぴたりと止まっていた。
飛んでいる ・・・・・・
とんでいるよ。
離陸ってこぇー。
身体がさらに斜めになっている気がする。
窓を見たら地面が遥か下になっているのが見えた。
街の明かり・・・・・
夜の街の明かりが ・・・・・・
飛行機は急角度で上昇している。
エンジン音がすんげー。
ぐんぐんと上昇している。
街の明かりが霞みはじめていた。
ぼうとした光のもや ・・・・
どうやら、雲を突き抜けている?
けっこうな時間、暗闇の空を駆け上る ・・・・・・
そんな印象だった。
ふっと、身体が座席に浮く感じがする。
加速が一段落した感じがする。
エンジン音も離陸の時に比べたらずっと滑らかになっていた。
飛行機が水平飛行になったのが判る。
さっきまでは僕の身体は斜めになっていた。
窓の外は真っ暗。
星は ・・・・・
良く見えない。
気流のせいか ・・・
それとも雲のせいか ・・・
よく解からない。
** 海軍6023 海軍6023 こちら南西管制 **
** こちら海軍6023 南西管制どうぞ **
** こちら南西管制 航路指示 航路指示 **
**
**
** こちら海軍6023 指示受領 指示受領 **
**
**
**
**
** こちら南西管制 **
**
高度880
高度880
航路 軍403を保持せよ
航路 軍403を保持します ・・・・・
巡航速度を保て
巡航速度を保ちます ・・・・・
操縦している軍人さんが互いに声を掛けていた。
どうやら、巡航速度になっているみたい。
もっとも、僕にはその巡行速度がどのような速度か皆目判らない。
普通に飛ぶ速度なんだろうとしか判らない。
まあ、解かる必要もないか ・・・・
離陸の時のエンジン音と比較したら少し弱くなっている気がする。
速度の調整か、推力の調整がなされたのは間違いないと思う。
航路変移まで、あと30分
航路変移まで、あと30分
今のうちに弁当を食うか、小腹が減ったな
そうですね、機長と機関士とで先に食ってください
操縦を持ちます
悪いな じゃ先に食わせてもらう
操縦を持て
操縦を持ちます
耳を聳てている訳じゃないけど、操縦の会話が聞こえる。
へぇーあんな感じで操縦しているのかと感心する。
僕と眼が合った軍人さんが操縦席から離れて後ろへと移動していく。
僕の席よりもさらに後ろへと、すぐに戻ってくる。
僕の所へ来て何か袋を持ってきてくれた。
「弁当と水だ。すぐに食べてくれ、できれば10分以内に。
水はこぼれないように吸い口になっている。
むせないようにな。
食べ終わったら、とりあえず袋の中に戻して座席の下において置いてくれ。
それと30分すると飛行高度が高くなる。
たぶん、耳が痛くなると思う。
水泳の耳抜きと同じ要領で、鼻をつまんで息を込めてくれ。
それで治るから」
「ありがとうございます。
あのう、この飛行機はどこへ行くのですか」
「君は陸軍の作業服を身に着けているが、階級章がついていない。
つまり、民間人だな」
「はい、まだ民間人です」
「本機は帝国海軍が所管運用する軍用機だ。
本機の性能はもちろん、本機の運用並びに運行に関する情報を
民間人に伝えることは、職務上の保安規定により一切禁じられている。
我々は君を乗せろとしか聞いていない。
逆に君はなぜ知らないのだ。
まあ、着いたらわかる。
君を迎える為の話はついているそうだ。
君は黙って乗っていたまえ」
身もふたもない答えだった。
取り付く島もなかった。
まるで相手にされない雰囲気だった。
なんか居心地の悪い空間になっている。
仕方ない。
弁当を食おう。
ふたを開けたら、豪華な弁当になっていた。
新年のお祝いで食べる豚の蒸し物を中心に副菜が二つ。
そして、蒸した大麦パン。
学生の身分では、たぶん口にする事はないと思う。
絶対に、高いと思う。
それぐらい豪華な弁当になっていた。
たぶん、大佐がお客用の弁当を用意してくれている、そんな気がする。
403駐屯地の食堂で用意されただろうな。
ものすごく旨そうな匂いがする。
僕はぱくついた。
旨い、旨いよ。
ずっとあの甘い非常食ばかりだったから、増々美味く感じる。
あっという間に食ったよ。
旨い弁当なんて久しぶりに食べる。
10分以内に食べろと言われたけど、10分掛かっていない。それだけ早くたいらげた。
お茶が欲しかったけど仕方ないな。
水を飲むのだけど、水の容器が独特の形をしていた。
三角の形をしている容器で飲み口が管になっていた。
自転車走行で使う水筒の飲み口と同じような形と言ったら判ってくれると思う。
三角はたぶん、機内で落とした時、転がらないように考えられているのじゃないかな。
うん、これ、もらっていこう。
弁当を食べ終わってから、窓を見るけど残念だね。
大佐が言っていた『地上の明かりがものすごくきれいだ』なんて全然見えない。
窓の外は真っ暗のままだった。
弁当を食った後はものすごく手持ち無沙汰になる。
ぼんやりと窓を見ていると自然と操縦席の会話が聞こえてくる。
** 南西管制 南西管制 こちら海軍6023 **
** こちら南西管制 海軍6023どうぞ **
** こちら海軍6023
**
** こちら南西管制
** そのまま、
** こちら海軍6023 **
** このまま、
しばらくすると機体が傾いていく。
旋回している? そのまま上昇しているの判る。
離陸の時の急角度ではないけど、ゆっくりと上へ、上へと、機体が昇っていく。
耳が ・・・・・
耳がおかしい。
痛みが ・・・・・・
特に右の耳。
ああああぁぁ いてっ ・・・ 耳抜きだ。
鼻をつまんで、息を込める。
うっ ・・・ ふぅ ・・・・・
耳からぷしゅぅという音が出たのが判った。
気圧の関係で内耳と外耳の圧力差か。
かなり上空を飛んでいるわけか。
こんな真っ暗の空を飛ぶなんて ・・・・
前を見てもただ真っ暗だよね。
計器でしか、どこをどんなふうに飛んでいるか、わからないわけだね。
経験と訓練のたまものだね、この飛行機を暗闇の中、飛ばすのは。
操縦している軍人を見てみるけど、何というか、リラックスして操縦しているように見える。
経験豊かなベテランさんなんだろうな、きっと。
真っ暗な空を飛ぶ、それなりの肝っ玉が無ければ無理だよな。
弁当を食ったら眠くなる。
居眠りするか。
・ ・ ・ ・ ・
「おい、起きろ」
身体を揺さぶられて、居眠りから醒める。
操縦席のもう一つ後ろに座っていた軍人さんが僕を起こしていた。
「もうすぐ、気流が不安定な空域に入る。
いいか、 少し揺れるぞ。
舌を噛むな、 歯を喰いしばっておけ。
ベルトに緩みはないか、しっかり巻いておけ。
15分から20分で揺れは収まると思う。
気分が悪くなったらゲロ袋がある。
これだ、必要なら使え」
「あっ、はい。
ありがとうござます」
ゲロ袋を渡されてしまう。
気分が悪くなるぐらい揺れる訳か。
コトコトコトと機体が振動し始めていた。
どんなに揺れるのかな ・・・ と思ったらゆれた。
僕が思っていた以上の揺れ ・・・ それがやってきた。
ひっ ひっ ひっ ・・・・
がくがくがくと上下動する。
全身が上下に揺れていた。
うおっっっっっ
こえぇぇぇぇぇ
左右の動きが入る。
やべっ
こえー
ひぇー
カラダが ひゅーと軽くなる感覚。こえぇぇぇぇよ。
舌を噛むよな、これって。
幸い歯を食いしばれと予告してくれていたから、なんとかなった。
揺れが収まっていく。
こぇーーよ。
飛行機の搭乗員なんか ・・・・ ぜーたいいやだ。
気がついたら、手のひらに汗をかいていた。
飛行機ってこんなに揺れるものなのか、知らなかった。
なるほどね、安全ベルトがなぜ四点止めなのか、理解できたよ。
・・・・ おおおおおおおお
ゆれる ゆれる ゆれる
ぁっ
うう
ぅぅぅぅぅぅ こえーよ
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
ゆれるじゃねーか。
自然と体がこわばり、椅子に座っているけど踏んばる。
必死でベルトを握っていた。
上下左右の大揺れが続く。
首が自然と縮こまり、歯をくいしばる。
これ ・・・・ どのくらい続くの?
もう、10分以上ゆれているよ。
うおっっっっっ
カラダが軽くなる感覚 ・・・・ こぇぇぇぇぇぇぇ
うん?
振動が弱くなる。
すっと治まっていく。
ふう。
揺れが止まった ・・・・・
飛行機って ・・・・・
キライだ。
大嫌いだ。
もう、乗らねーぞ。
しばらくしたら、あの揺れるぞと声を掛けてくれた軍人さんが席を離れて僕の様子を見に来た。
ニマッと笑って「キツイ揺れだったな、だいじょうぶか」
「はい、なんとか。
あんなに揺れるのですね。
何分ぐらいでした、ものすごく長く感じましたが」
「おっ、しゃべれるね。13分の揺れだ。
よーし、いいぞ。
弱い奴は、まず、しゃべる事もできないからな。
最悪、気を失ったりするし、まじでしょんべん漏らす」
はあぁぁぁ、そんなものなんだ。
その時、こころに誓ったよ。
僕は絶対 ・・・ 飛行機の搭乗員にならないって。
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