第8話

プロローグ8


聴音検査が終わった。

まだ、両の耳に鬱陶しいエンジン音が残っている。

軍曹が模擬装置から出て、僕のアタマの受話器のケーブルを抜いてくれる。

模擬装置から出ろの手ぶり、頷いてすぐに出る。たぶんテスト結果だと思う、軍曹からバインダーを渡された大佐がそれをじっと見ていた。

大佐の表情が変わっていく。

笑っている。

ニッコニッコの笑顔だった。

大佐がニコニコしているという事は、たぶん、聴力検査の結果は良かったと思うけど、どうなんだろう。

「あのう、大佐。それで聴力検査の結果は・・・・」

「君は聴力能力は優秀だね。教えられるのはそれだけだ。

 基本的に予備検査の内容を本人に伝える事は禁じられている。

 まあ、何も心配はいらない。

 君はけっこう耳が良い、この言葉は信じていいぞ」

はあ、どうやら、耳が良いという事は、自慢してもいいみたいだね。

「次はいよいよ閉所耐性検査・暗所適応検査トンネルだ。

着替えの用意だ。作業服に着替えてもらう。

車に乗りたまえ」

次はいよいよ暗い所に二日間か、どんなトンネルに入るのか、正直びびるよ。

二日間も暗い所に入る。まあ、何ともないと思うけど、実際、入ってみないと解らないよな。

たぶん、怖くなって外に出る事はないと思う。

でも鬱陶しいと思ったら、出るかもしれない。

恐怖が起こって外に出る・・・・・まあ、そんなことはないよな。

正直あんまり心配はしてない。

のんびり二日間穴倉に入っていたらいいや。

冬山登山はしたことはないけど、冬山で天候が悪くて避難しているのと同じと思えば、どうってことないよな。

ソロキャンプでテントに二日間だけ閉じこもる思えば、・・・・・うん・・・・・。

いけると思う。

どうって事ない気がする。

でも、二日間の予定で途中でトンネルから出たら、落伍者扱いかな。

どうなんだろう。

その事を大佐に聞けばいいのだろうけど、それはやっぱりマズイよな。

なんか裏切りじゃないけど、うむ、なんだろ。なんとなく、聞いちゃダメだよな。

そのまま建物の外に出て、あの厳つい車に乗り込んだら、すぐに走り出していく。

来た道をそのまま戻って、僕が面接を受けた駐屯地司令部の前を通り過ぎていく。

スピードをガクンと落として、隣の区域へと車は進んでいく。

そこには倉庫みたいな建物があり、そこへと車は進んでいった。

出入口らしき前で車は止まって、僕たちはすぐ降りた。


 その倉庫みたいなところの出入り口に看板が出ていた。


--- 403連隊補給部需品科 ---


補給部か、需品科ってなんだろう。

軍曹の後に続いて中に入ると、カウンターがあって、その奥に年配の人がデスクワークをしている。

「おーい、エッカルト、ちょっと頼む」

エッカルトと呼ばれた人がウン?と言うような顔してカウンターへやってくる。

大佐がいるので、サッと敬礼してから軍曹と大佐に( 何の用? )と視線を送っている。


「エッカルト軍曹、簿外のリクルートセット入隊セットはあるかい」

「司令、簿外のリクルートセット入隊セットがあれば、私の管理責任を問われます。

無いです、間違いありません。

在庫数と実数は間違いなく合ってます」

「そうか、君がそう言うならば無いな。

わかった、この子のサイズに合うリクルートセット入隊セットを頼む。

そして、寝袋と簡易便器セットも頼む」

「もしかして、閉所耐性検査・暗所適応検査トンネル検査ですか」

「そうだ、この子をこれからテストする」

「だったら、食料も必要ですね、陸軍緊急航空食非常食でいいですか。

それとも野戦携行食通常食を用意しますか。

水は普通に非常飲料水を1箱でいいですね」

陸軍緊急航空食非常食で一通りの用意頼む」

エッカルト軍曹は頷くと、カウンターから離れて、ぐるりと回ってカウンターの外へ出て、僕の前までくる。

「ぼうず、まだ若いよな。歳は?」

「19です」

「ちょっと、うしろを向いてくれ」

後ろを向くとその人が「ぼうず、ちょっとサイズを測るぞ」と言って僕の両肩と腰を手探りしてくる。

「よし、サイズは分かった、今度はこっち向いて片足の靴を脱いでくれ」

その人の方に向き直って、僕は右靴を脱いだ。

その人は僕の足を一目見るとサイズがわかったみたい。

頷いて、「よし、ちょっと待っててくれ」と言い残し、そのままカウンターの奥の方に入っていく。

カウンター越しに見えるその奥には、ものすごく多くの棚が並んでいた。

がっちりとした棚が整然と並んでいて、いろんな部材が収納されているのが判る。

建物の外観が倉庫みたいになっていたけど、結局のところ見た目の通りここは倉庫なんだ。

整然と並べている棚の間を、エッカルト軍曹が台車を押しながら歩き回って、品物を集めていた。


「ここはいろんな物品を支給する所なんですか」

「そうだ、消耗品の支給と新兵の装備品なんかを支給する部門になる」

僕の疑問に大佐が答えてくれる。

「指定された格好でトンネルの中に入ってもらうのが決まりになっている。

だから、今からここで着替えてもらう。

軍でいうところの作業服にね。

それで二日間、トンネルで待機してもらう。

トンネルの中では、非常食と水は好きな時に利用していいから」

その説明を受けた時にエッカルト軍曹が台車を押しながら、大佐の横までやってくる。

台車には色々と荷物がのっかっている。

目がつくのは、大きな袋というか、バッグが台車に乗っかっている。その横には簡易トイレだと思う、それが用意されていた。その他に何かの袋が一緒にある。

懐中電灯の表示が見えた。軍用の懐中電灯らしい物などが、台車に載せられている。


「ぼうず、キャンプなんかで簡易トイレを使ったことはあるか」

「はい、あります」

「それじゃ話は早いな。

これがトンネルで使うトイレだ。キャンプなんかで使う物と同じだ。

これが糞袋、その内袋。ちゃんと中の引っ掛けに差し込んで使ってくれ。

これが固形化消臭剤になる。用を足した後、キャップ3杯分入れて封をする。

まあ、使った事があるならわかるな」

台車から簡易トイレを下ろしてから、僕の横で簡易トイレの使い方を説明してくれる。

台車に載っていたあの大きい袋というか、バックを手渡しされる。


「これがリクルートセット入隊セットだ。

中に作業服上下が入っている。着替えたまえ。

ズボン下もちゃんと入っている。

私物の物はすべてこの管理バッグの中に入れろ。

封印してこっちで預かるから、しんぱいするな」

「はい、わかりました」

次は着替えだった。

 その場で下着姿、パンツだけになって、陸軍の迷彩の軍服に着替えるのだけど、ズボン下まで用意してくれていた。

どうやらトンネルの中はかなり寒いらしい。

軍のズボン下って、かなり暖かい、市販の防寒用の物よりもしっかりしている。肩の部分がちよっとだぶついている。ベルトも厳ついバックル。頑丈なバックルになっている。

まあ、今回だけ着るのだから、どうってことないよな。私服をたたんで管理バッグに入れると、また声が掛かる。

「財布は別のこの袋に入れたまえ。封印して別個に預かる。

入っている金額を確認するから、中を検めるぞ。

悪いがこれも規則だから」

財布の中を改めて金額を確認されていく。大した金額が入っているわけでもないから、特に心配はしていない。

軍足がごつかった。もちろん軍靴そのものも厳つい物。

編み上げの軍靴を履くなんて初めてだから、かなりもたついてしまう。

重たい軍靴、まあ、しかたないよな。

なんだかんだと紐を組み上げて、しっかりと軍靴を履いてみると、どういうのだろうか。

いつもの靴とは全然違う感覚。

足、膝から下を完全に覆われているから、これで走り回るのは慣れが必要だよね。

 上下とも陸軍迷彩服、それに軍足軍靴。

軍服を初めて着る、背中がしゃんとする感じとでも言うのかな。その感覚は違和感があるのだけど、ちょっと誇らしい気分。

 なんでそんな気分になるのかは、正直、自分でもよく解らない。

まだ、正規の軍人になった訳じゃないのにね。

まあ、いいや。

一通り、着替えるとエッカルト軍曹がニヤニヤ笑いで僕を見ている。


「ぼうず、トンネル。

 あそこは怖いぞ、出るからな。

 まあ、たった二日だ、がんばれ」


ニタッと笑いながら、僕を見ている。

えっ・・・・・・出るの・・・・・・。


「おい、これからテストするのにいらん事言うな」


軍曹がまじで怒鳴っている。

「気にするな 古株のたわごとだ」

軍曹がマジな顔で気にするなと・・・・・。

そっちの方が返って怖いよ、それってホントに出るかもしれないじゃん。


大佐を見たらを笑いをこらえていた。

なんだかなぁ。

「司令、深夜冷えますよ。簿外の毛布出しましょうか」

「ある?だったら出してやってくれんか」

「ぼうず。この毛布の上に寝袋を使え。

 怖くなってしょんべん漏らすなよ」

「ありがとうございます。

 しょんべん漏らさないように、頑張ります」


僕の受け応えにエッカルト軍曹はニンマリと笑って頑張れよと眼で応援してくれる。

そのまま出口へ促されて、例の厳つい車に戻る。エッカルト軍曹が台車の荷物を詰め込んだら、車は走り出した。


*******    *******    *******


ヒマだ。

どのくらい時間が経ったのか、わからない。

トンネルに入ってから、たぶん、4時間ぐらいかな。

けっこう時間が経っている気がするけど、よくわからない。

真っ暗のトンネルの中で、毛布を敷いてその上に寝袋。

ただのんびりと寝ている。

時間の感覚がだんだんおかしくなる感じがする。

トンネルの圧迫感というのだろうか。少しだけ慣れてきた気がする。

 狭い。

圧倒的に狭い。立ち上がるなんて無理だし、頭から匍匐でしかトンネルに入れない。

しかも真っ暗だから、入ったばかりには窮屈感というか、圧迫感というか、それが僕の体全体を覆っていた。

この感覚に耐えられるか、それがこのトンネルテストの意味、それがよく解る。

何でも基本的な想定では、【事故によって、トンネルの中に閉じ込められている、その中で二日間耐えられるか】が試されているとのこと。

まあ、二日間、このトンネルでのんびりするつもり。

事故でなんかで閉じ込められている訳じゃないし、それに水と食料もちやーんと用意されているから、のんびり気楽にいけばいいや。

ただ、トンネルに入る時に中で靴は脱ぐなというのが指示だった。

特にきつく指示はされていないけど、このトンネルテストのルールになる。

ルールはまだある。

軍曹からその説明があった。

靴は脱ぐなと、そして服も脱ぐな。

今のそのままの状態で二日間トンネルの中で待機するのが基本ルール。

 最初、大佐の説明にあった[ブザーが鳴ればボタンを押せ]は、トンネルの天井にはランプが一つだけある、それが点灯すればランプの横にある押しボタンを押すこと。この時には、ブザーも一緒に鳴るとのことだった。

 まだ鳴っていないから、どの位の音の大きさなのかわからない。

もちろん、寝ている時に点灯してブザー音がするかもしれない、とにかく点灯と音に気づけばボタンを押せはいいだけ。

たとえ寝ていても真っ暗なトンネルの中で、ランプ点灯にブザー鳴動って間違いなく気付くというか、普通に起きると思う。目覚ましの明かりとブザーだよな。

面接で反応時間を測られたから、ランプ点灯から、確認のボタンを押すまでの時間を測られるのかな。

なんかそんな気がする。


 もう一つは、出入り口のドアがガンガンと叩かれることがある。

ドアがガンガンと叩かれたらトンネルの壁を小槌ウッドハンマーでガンガンと叩けと。

普通に生存確認のハンマーだよね。

ラジオニュースなんかで聞く船の転覆事故。それで、ひっくり返った船底をハンマーで叩くと応答とかある、何人かの生存は確認されているって、アレだよね。

こんな狭い中でじっとしている・・・・まあ、ダメな人には苦痛以外の何物でもないだろうね。

 真っ暗もある意味、苦痛だよ。

突然にこんな狭いトンネルに閉じ込められた訳じゃない。

自分からこのテストを受けに来たから大丈夫だけど、それこそ何かの事故で閉じ込められたら怖いだろうな。

閉所恐怖症や暗所恐怖症の持ち主ならば、間違いなく恐怖の真っ只中。

どうしようもなくなる狭さと暗さに、僕は今いる。

でも、このトンネルに入ってから数時間経っているけど、割合と平気。

トンネルのちよっとカビ臭いのが気になるぐらいかな。

真っ暗の中でじっとしている、でも本当に真っ暗な状況って訳じゃない。

懐中電灯を持たされているからね。だからそれを使えば当然トンネルの中は明るくなる。ただね、トンネルに入る時に説明を受けたけど、連続使用をするとすぐに電池切れになる、だから簡易便器を使用する時に使えと。

トンネルの奥は小さな空間というか、小部屋程度の空間があり、そこに簡易便器を置いてある。ちなみに水と食料もそこに置いてある。

そこの空間を利用するのは、用を足すときと、水と食料を利用するときだけ。

それ以外はトンネルの中でじっと寝ていろと・・・・・

二日間ここでじっとしていれば、こづかい稼ぎになる。

だからのんびりとしていればいいや。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る