第9話

プロローグ9



ふう・・・・・寒い。




寒いよ・・・・・・・・


寒さで目が覚めた。

いつの間にか寝ていた。

真っ暗なトンネルの中でうーんと伸びをしてみる。もう、どのくらい時間が経ったのか、30分ぐらい?

いやいや、もっともっと長い気がする。6時間ぐらい?

ちがうな、ぐっすりと寝てしまっている。

すっきりしているから、かなり時間が経っているよな。8時間ぐらい経っているような気もする。

お昼ご飯を食ってから、聴音検査して、そしてトンネルに入った。

入る時に非常食と水を奥の小部屋に入れて試験が始まった。

寝袋の上でぼうっとしているうちに寝てしまっている。

だから、たぶん、今は真夜中の気がする。


時間の感覚、たぶん、ずれてきているね。仕方ないや、気にしない。


明らかにトンネルの中は冷えてきた。寒い。

夜は冷えるとエッカルト軍曹が言っていたよな。

その通りに寒くなってきている。


目が覚めて真っ暗なのはいささか気が滅入ってくる。

トンネルの中だからね。

そう自分自身に言い聞かせて、両手をこすり合わせていく。

身体をそうやって動かすと、だんだんと頭がはっきりしていく。

でも、やっぱり、目が覚めても真っ暗というのは何というか、正直なところ、なんとなくだけど怖い。

確固たるというか、しっかりとした恐怖心じゃないんだ。

漠然とした不安感が、僕の心に漂っている。

暗闇に対する不安感か、これの強烈なのが暗所恐怖症なんだろうな。

たぶん、横に誰か相棒と言うべき仲間がいれば、そんな漠然とした不安感なんてモノは無いと思う。

真っ暗なトンネルに、ひとり、ぽつねんとしている。

訓練用の安全なトンネルの中でじっとしているだけ、なのに、不安感が出てくるなんて。

暗闇の中に身を置くだけで・・・・・・

なぜだろう。

暗闇からくる不安感からか・・・・・・

その辺だろうな・・・・・・


自分の心を・・・・・・変な言い方だけど、見渡してみる。


何人もの僕が僕を見ていた。


ああ、この子か。


僕だ。

4才頃のこどもの僕だ、ビビっているのは。

恐々とした表情で僕を見ている。


大丈夫だよ お兄ちゃんがついてる

ここは安全だよ ちよっと狭いけどね

暗いから怖いのかい


そう尋ねたら4才の僕はコクと頷いている。


だいじょうぶだからね

何にも心配いらないから

お兄ちゃんがついてるからね


暗闇が怖くて身を固くしている4歳の僕を僕は抱きしめた。


4才のあの頃、夜中に厠へ行くのが怖かった。

田舎の農民の生活だから、厠・・・・

そう、便所ではなく、厠。

僕の実家は農家だ。農家では厠は家の外にある。


僕のところもそうだった。

寝る前には厠へ行くのが僕の家のしきたりだった。

もちろん、僕の寝しょんべん対策。

今になっては只々懐かしい思い出になっている。


とにかく寝る前に母と一緒に厠へ行くのだが、ひとりで行ってごらんと言われた時の怖さ、今でも思い出す。

真っ暗の中、厠へ行くのは恐ろしい以外の言葉は見当たらない。

こわいよこわいよと駄々をこねたのを思い出す。

母と父がにんまりと笑って、「しかたないね」と言って母親と一緒に厠へ行くのが日課だった。

あの頃のあの怖さと比べると、このトンネルの不安感はどうってことないな。

そういえば、寝しょんべんしなくなったのは、ひとりで厠へ行けるようになってからだった。

4才の頃の記憶がまざまざと甦ってくる。

懐かしさに浸っていると、さっきまでの漠然した不安感はいつの間に風に吹かれて飛び去っていく雲のように僕の心の中から消え去っていた。

このトンネル、狭くて真っ暗の中だけど、うん。だいじょうぶ。

なんとかなる。

そんな確信めいたモノが僕の心の中に出来上がっていた。

4才の自分を怖くないよと抱きしめたら、安心したみたい。

こどもの頃に感じた家の外の真っ暗さ、月の光とかがまったく無い時の田舎の暗さ。

あの頃の暗さと今の実家の外の暗さはずいぶんと違う。

僕が4才の頃、外灯なんてものが一切なかった。

家の外なんて、それはそれは真っ暗だった。

あの時の頃の暗闇くらやみの怖さに比べたらなんてことはない。

たぶん、このトンネルだったら何日でも真っ暗の中でいる事ができる。

二日間だけ、そう、試験は二日間だ。

たった二日の我慢だよ。


そう思ったら、急に空腹感が強くなっていた。

寒さをしのぐ意味でも何か食べた方がいいよな。

と言っても、ここには支給された陸軍緊急航空食非常食しかない。


昼に豪華なA食なるものをいただいたけど、あれってけっこう量があったよな。

緊張して食ったから、味はよく解らなかった。まあ、普通に美味しいと言えると思うけど、大佐と一緒に飯食うなんて緊張でガチガチだった。

あれから、かなり時間は経っている。

今、僕が感じているのは、寒さとキツイ空腹感だ。


・・・・・   ハラヘッタヨ   ・・・・・


あのニヤニヤと笑っていたもう一人の僕が呟いている。

腹が減った、メシを食おう。

手元に置いてある懐中電灯を点けてみる。


パッと明るくなる。 目がキツイ。目を閉じて少しして目を開ける。


トンネルの狭さが改めてわかる。

そして、僕の目の前には、トンネルの天井に付いているランプとその横にある押しボタン。

ランプが点灯すれば、ボタンを押せと言われているけど、全然点灯しないし、もちろんブザー音もしない。

まあ、そのうちに突然ブザーが鳴ってランプが点灯するわけだよね。

そして僕はびっくりしながら、このボタンを押すわけだ。

そりゃ真っ暗のトンネルの中で突然ブザーが鳴ってランプが点灯するわけだから、間違いなくびっくりすると思う。

 アレだよ。【負荷を掛ける】というヤツだ。


 ランプ点灯を今か今かと待ち構えるのは疲れるばかりだよ。そうやって、被験者に心理的負担をかけて、僕がどんな反応するか、二日間の暗所閉所に耐えられるかを試験するわけだよね。

あんまり気にしないようにしよう。


仮に、仮にこのトンネルが苦しくなったら外に出たら・・・・・・

適性無しとされる・・・・・・

えーと、適性が無いと・・・・・・

大佐の話では陸軍の戦車や装甲車に乗れないし、海軍の軍艦にも乗れないって話だったよな。

それって・・・・・・・・ 正直どうって事ないよな ・・・・・・・


ニヤニヤと笑いながら、もう一人の僕が語りかけくる。


戦車に乗りたいのか?

別に乗りたくないというか、飛行機と一緒だね、進んで乗りたいとは思わない。

命令されたら乗る、うん。


じゃ、軍艦に乗りたいのか?

うーん。軍艦か、まあ、どっちでもいいや。

特に軍艦がスキというわけじゃないよ、僕は。


適性が無いと判断されても・・・・・


戦車や軍艦に乗れなくなるだけじゃん、大佐の話では。

 それって、結局のところ、僕にどうってことない。

僕としては、乗れなくてもぜんぜん構わないよな。


とにかく11か月だけ軍隊にいて、元の学生に戻ればいいだけ。

ブザーが鳴れば、テキトーにボタンを押せばいいだけ。大佐が言っていたけど、トンネルという名の暗所閉所がどうしようもなく耐えられないならば外に出ろと。

うん。

そうする。

気を揉む事も無いよな。

ああぁぁぁ・・・・・・

そう思ったら、ものすごく楽になる。


トンネルに入る時は、妙に肩に力が入っていた。

面接の時の大佐の説明に対して、僕は暗所恐怖症・閉所恐怖症じゃないのを証明すると、ものすごく力んでいた。


怖くなったら外に出りゃいいよ・・・・・・・


また、ニヤニヤと笑いながら、もう一人の僕が語りかけくる。

うん、そうするよ。意地を張るようにして試験を受けてもしんどいよな。

大佐の面接でものすごく馬鹿にされたような気がしたから、この試験を受けたけど意地張っても仕方ないな。

心に余裕というか、結局のところ適性無しと判定されてもでかまわないという思いが、僕の意地を張った窮屈な思いを融かしていく。


だったら、僕がこの試験を受ける意味は何だ?

もう一人の僕がニヤニヤしながら呟いた。


日当・・・・・

二日間、この暗闇の中にいるだけで日当が出る。


だな。

よーし。こづかい稼ぎに徹しよう。


懐中電灯を点けて、改めてトンネルを見てみる。

 やっぱり狭い。

トンネルの直径は0.5カール(作者注 約60センチ)ぐらい。

大人一人が横になるだけのスペースしかない。トンネルの全体の長さはだいたい14.5カールぐらい(作者注 約12メーター)の長さになっている。

足元の方がトンネルの出入り口になる。そこまで4.8カール(作者注 約4メーター)ぐらいになる。

 そして、頭の方の奥には小部屋があり、そこまでやっぱり4.8カールぐらいある。

突き当りの小部屋に水と陸軍緊急航空食非常食なるもの、そして簡易便器が置いてある。そこまで這いつくばっての移動になる。


寒い・・・、外気温が目が覚めた時よりも下がっている。

じわじわと寒さが身に沁み込むようにやってくる。

腹が減って、しかも、この寒さ。

やっぱり何か食べた方がいい。

お腹がくちたらそれだけで寒さの感じ方は変わると思う。

軍曹から腹がへったらテキトーに食えと言うありがたいお言葉をいただいている。

とりあえず、食えと言われている陸軍緊急航空食非常食なるものを食べてみようか。

ゴソゴソと這いつくばって、前進だよ。


ズルズルとそのままトンネルの奥の小部屋に入る。

懐中電灯で小部屋を照らしてよく見てみる。

ここも狭いな。

縦、横、高さ、それぞれ2.4カール(作者注 約2メートル)程度の立方体、それがこの部屋の大きさになっていた。

だけど、トンネルの中で寝ている状況にくらべるとこっちの方がマシだね。


隅に、陸軍緊急航空食非常食陸軍指定非常用飲料水が置いてある。


     陸軍指定緊急航空食

     非常食0023

箱の表面にはそれだけの文字しか印刷されていない。素っ気ないもので、当たり前と言ったら当たり前なんだけど、もう少しなんとかならないのかよという思う。

「一箱でだいたい1週間分ある。スキなだけ食っていいぞ、んで、普通に余ると思う、余ったら持って帰っていいからな」と軍曹が言ってくれている。

持って帰るのは味しだいだね。不味かったらネタとして一つだけ持って帰るのもありか。

水も一箱もらっている。これも一週間分との事。

これも 陸軍指定非常用飲料水 としか表示されていない。

両方とも開け口と書かれている所を押して中身を出してみる。

出てきたのは、市販されている非常食と見た目は同じものだった。

水も同じだった。

普通に市販されている長期保存できる飲料水と同じ形をしている。

ただ市販品と違うのは陸軍色で統一されている。


まあ、非常食だから、民間の物をそのまま流用している?

かもしれないね。

とりあえず食おう。


甘い・・・・・

はぁ・・・・・

陸軍の非常食はこんなに甘いの。

市販品の非常食とは全然ちがうものだった。たぶん固く焼しめたパンに蜂蜜と何かの果汁が入っている。柔らかく香りもイイ、時々何かの果肉が口の中に広がる。

柑橘系の果肉も入っている?

たぶん、香りからマブールの実(作者注 作中世界の果物 夏みかんとライムを掛け合わせたような果物)と思う。それの酸味と香りがくどい甘さを和らげくれる。

それと果肉を噛んだ時の酸っぱさが気つけの役割をしている。

小部屋の壁にもたれかけながら、非常食を1本食べたらそれだけで満足というか、そこそこ満腹になるね。お腹の中で一緒に飲んだ水のせいで膨れる感じがする。

甘くて、そして、すっぱい。非常食としてカロリーが高いものになっていると思う。


うん、食べ終わった。


ヒマだ。


何もすることがない。





そうだ、忘れていた。軍曹が教えてくれた懐中電灯の持ち時間だ。


***   連続使用はあっという間に電池がへたるぞ   ***

***          すぐに切れよ         ***

***        用を足す以外に使うなよ      ***

***  イザという時に使えないと悲惨な目に合うからな ***



軍曹の言葉を思い出したら、すぐ懐中電灯を切った。

まずいな、けっこう点けていた。

まあ、いいや。用を足すときに電池が切れたら、そのまま外へ出よう。

それでこの試験は終了。


なるほどね、こうやって特異な環境に物理的に放り込まれて心理的に耐えられるかを実地に調べられているわけだ。暗所恐怖症や閉所恐怖症を持っている人にはきっつい検査だよな。

間違いなく心理的な反応を炙りだすって訳なんだ。

 僕としては、一つの金儲け方針を掲げてこの試験を突き進もう。

ここで陸軍緊急航空食非常食を食って、小銭を稼く、これだよ。

狭い、せまい、セマイ、暗い、くらい、クライ、トンネル。

 でも不思議とトンネルの狭さからくる閉塞感や暗闇に他する恐怖感はあんまり感じない。うーん、正確には閉塞感があるのだけど、心理的な負担は感じないと言ったところだね。暗闇は関しては心理的な負担はないに等しい、たぶん、懐中電灯があるのと二日後にここから出られるという事実からと思う。


二日の足止めか、どうってことないな。


 今日は朝早く学生寮を出てから、何というか、ものすごく濃い一日を過ごしている。

こんな濃い一日は久しぶりだね。

朝は久々に一番列車に乗って、んで、駅から大佐の車に乗って403駐屯地へ。

健康診断や数学の試験その他もろもろ、それから、大佐の面接。


 そして、この適性試験。


ものすごい流れというか、何か目に見えない力に押し流されている、そんな感じがする。

今日、僕が受けに来たのは予備検査だよな。


あくまでも予備だよな。

でっ・・・・・次は本検査みたいな流れ・・・・・?


 予備検査があるのだから、次は間違いなく本検査だよな、普通は。

どんな検査なんだろう、本検査って?

わかるわけないよ。

とにかく二日間、このトンネルでじっとしていると日当が出る。

こづかいを稼ぐのを優先しよう。

途中で外に出たら、次の待遇が間違いなく変わる。

だから本試験はなにって気にしてもしょうがないよね。

真っ暗のトンネルの中で、解答の出ない事を気にしても・・・・・・・

それって、意味なんかないよね。

そろそろ寝た方がいい、寝ようか。



      ・・・・・・・



なんだ・・・・?



何か音がする。


・・・・・・ 人の声か? ・・・・・・


話声・・・・・?


さわさわと人の話し声かな?・・・・


何の音かよく解らないが、人の声のような気がする。

うーん、気になるけどこの真っ暗の中じゃどうしようもないな。

そんなことで懐中電灯の電池を消耗するのはバカげている。

気色悪いと言ったら気色悪いけど、ただ、それだけだね。

寝よう。



ん・・・・・・

まただ。

なんだろう。

ひそひそと話声が聞こえる。


気になる・・・・・


何か話をしているよな。


うーん・・・・・

まただよ。

ものすごく気になる。

でも、それを探る手段は懐中電灯しかない。

電池がもたないから使えない・・・・・

不安と言ったら不安だけど、どうしようもないな。

まあ、外に出たいと恐怖に怯えてしまうほど不安感はない・・・・・


あのニヤニヤ笑っていたもう一人の僕が不安げに僕を見ていた。


えっ・・・・

お前、怖いの


怖いまでいかないけど不安だよ

そうか、不安か


また、自分の心を見渡してみる。


あの4才の僕が何か言いたそうな顔で僕をみていた。


ぼく、こわくないかい?

4才の僕は不思議と平気な顔していた。

ひそひそと聞こえる音には対してまったく気にならない様子だった。


あのね、あの声ね

ぼく、しっているよ

あのね

あれってポッポリンの声だよ



ほっぽりん?

ちがうよ ポッポリンだよ


そう、僕に得意げな顔で伝えてくれる。


4才頃の記憶が溢れるように甦ってくる。


懐かしい・・・・・・


 懐かしい祖母の声が僕の耳に甦る。

それは4歳の頃、暑い暑い夏の夜、祖母と一緒に寝た蚊帳の中のことだった。

夏場だから、窓も戸も全部開け放ちて、夜風を通るようにしていた。

田舎だから周りの家もそうだった。

そんな寝室の蚊帳の中で聞いた不思議な音だった・・・・・


ひそひそひそ・・・・・


なんだろう

誰かと誰がひそひそと話をしている



ひそひそひそ・・・・・


声だよね うん 声だよ

何かの話をしている

小さい声だから何を話しているのかよくわからない

不思議な声が近くにいる

それが気になって仕方なかった

いっしょに寝ている祖母を揺り起こして聞いてみた


「ばーちゃん、ばーちゃん・・・・・」

「ばーちゃん、おきて」

「うん、どうしたの」

「あのね、あのね、こえ、こえがするよ」

「どんな声?」

「よくわかんない、なんかね、なんかね、さわさわとね、だれかとだれかがはなししているの」


4才の僕の言葉に祖母は真剣に耳を傾けてくれている。

僕の声がするという言葉に、祖母は耳をそばだてていた。


音の正体を探っている顔だった。しばらくして判ったとばかりに答えてくれる。

「そうだね、声がするね、あれはね、ポッポリンの声と思うよ」

ポッポリン、それが初めてポッポリンと言う言葉を聞いた時だった。

真っ暗の蚊帳の中で、祖母は4才の僕にやさしく話をしてくれる。


ポッポリンはね、森の妖精なのよ。

それが森から里までやってくるの。

里の人の家をまわってね、仲間同士で話するの。

ポッポリンはね、わるさはしないから安心してね。

ちいさいのよ、ポッポリンはね。手のひらぐらいの大きさなの。

ああやってね、ヒソヒソ話をしてまわるの。それがポッポリンのお仕事。

だから案心してね。


耳に祖母のやさしい声が蘇える。

・・・・ 安心してね ・・・・

祖母のその声を思い出したら、ひそひそと聞こえるこえはまったく気にならなかった。


そうか、ポッポリンなんだ。

懐かしさに包まれながら、僕は寝る事にした。



       ・・・・・・・




ガン ガン ガン ガン



飛び起きた。

なんだ?


音・・・・・


ガン ガン ガン ガン


わかった。

トンネルの入り口のドアが外から叩かれていた。

頭の上に置いてあった木づちを探った。

それでトンネルの壁を どん どん どん どん と叩いた。

もう一度。

どん どん どん どん

ガンガンという音は止まり、それっきりだった。

声が掛かるとか、音が変わるとか、何にもなし。

唐突にガンガンとトンネルのドアが叩かれて、返答したら止まってしまっている。

なんだかなぁ、不安感を煽るだけのテストか。

まあ、いいや。

これで命を落とすわけじゃない。突然のガンガンという音にびっくりしただけ。

うん、目が覚めた。なんか、こう、すっきりとしている。

けっこう寝た気がする。


たぶん、二日目の朝になっていると思う。

トンネルに入って、ランプが点灯したらボタンを押せと聞いているけど、まだ点かないな。

ランプより、ドアをガガンの方が先だったね。

腹減ったな・・・・・

非常食をたべるか。




       ・・・・・・・




はあ・・・・・・・


ひまだ・・・・・・・


真っ暗の中でゴロンと寝ているだけ・・・・・・


でも、考え方ひとつだね。

これで日当が出るのだから、文句言う事は無いと思う。

一日で6000ディール***作者注意 作中世界の貨幣単位約1万2千円***だっけ。

二日で12000ディール、悪くないよね。

日当といえば去年のアルバイト、大学の農学部で緊急のアルバイトを思い出す。

あれも5000ディール程度もらえたね。


 それは実験用の虫とネズミの世話のアルバイトだった。

普通、農学部の学生が世話をするのだが、たまたま、世話をする学生が私事都合で抜けてしまい、緊急で3日間、日当を払うから手伝ってくれと。

虫の飼育・・・・・それは女子学生の嫌がる形状の虫・・・・

まあ、男でも普通に気持ち悪い。

実験用のネズミは糞の始末と飼育かごの清掃になる。

 臭いがキツイ。

エサの影響だろうけど、モーレツに臭かった。

でも慣れていればどうってことない。

僕の実家は農家だから、豚や鶏の世話でそんな臭いには慣れている。

それが故に、ちゃっちゃと飼育かごの清掃と洗浄を済ませていく。

多くの学生が臭いから適当に手を抜いていたみたい。

僕がきっちりと清掃し、そのあと洗浄するのを担当の教授が見ていて手際が良いとほめてくれていた。

実家でさんざん家畜の世話をしていたから、ネズミの世話なんてどうって事なかった。

豚や牛の世話に比べたら、ネズミの世話なんて軽いよ。

僕の実家では、物心がついてくると色々と手伝いをさせられていく。

鶏舎の鳥の糞、牛舎の糞便、朝早く鶏舎に牛舎を掃除してそれらを集めて回るのが日課だった。堆肥とする為に、糞と藁と共に集めるのがものすごく苦痛だった。


祖父と父と僕と三人で集めて、切り刻んだ藁と一緒にして堆肥としていく。それを山のようにして積んでいく。


だんだんと慣れてくると、処理するのが速くなってくる。

時々、それを祖父が誉めてくれる。それがうれしくてうれしくて、次も頑張ろうと思ったものだった。

集めた堆肥の発酵が進むと堆肥の山は火傷するくらい熱を持ってくる。

そんな熱い堆肥の山を、祖父は頃合いを見て崩してかき回していく。

掻きまわす頃合いを見定めるのがむつかしい。

その判断は長い農作業の経験に裏打ちされていないと、なかなかうまくいかない。

それは祖父の大切な仕事の一つだった。

 日々の農家の生活、それは利用できるものは何でも利用する。

だから、都会では忌み嫌われる糞便も利用する。牛の糞なんかは丸く平たくして乾燥させるとものすごく良い燃料になる。ただ、丸く平たくして乾燥させるのは慣れていないと大変。もちろん、人糞も利用する。一か所に集めて肥しにする。

いわゆる肥溜め。

夏場はもう凄まじい臭い・・・・・・


 肥えを利用しやすいように農家の厠は家の外にある。祖父は一か月に一回程度、肥溜めに移す作業をしていた。

僕の仕事は、朝一番の飼育小屋の掃除。

それが僕の仕事になっていた。

まあ、しかたないね。そんな農作業の経験があるから、僕にとってはネズミの世話はなんのためらいもなく処理できた。


実家での生活・・・・・

懐かしい。


実家から離れて寮暮らし。

もう、農家の仕事は・・・・・・






なんだ ・・・・・




何の音?





また、音がする。





振動?



近づいてくる?





何だ?変な音?



けっこう遠い?

耳を澄ませてみる。

うん?

よく解からない。



・・・・ 足音?


やっぱりよく解からない。


ふむ、なんだろう。

ものすごく気になる。

あのさわさわとしたポッポリンの音とは全然違う。

振動?

足音?

大人数?


僕は無意識にトンネルの壁に耳を付けていた。

聞こえる、ハッキリと。


・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

靴音だ。

間違いない。

それも大人数が歩調を合わせている?

ランニングしている?

いや、違う。

どうも、歩調を合わせて行進しているみたいだ。


20人?

30人?

よく解からない。


何か大声で声を出している?

号令?


歌?

なんだ、叫んでいる?



いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん


・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・


また、声が掛かる。号令みたいだ。




おいらはこーへい

せんとうーこーへい

あなほり あなほり

あなうめ あなうめ

ばくはするぅー

ばくはするぅー

なくこもだまるぅー

ななばんせんぷぅ

かついでかついで

ふりまわす


・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・


いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん


それは野太い声だった。

そして歩調に合わせて大声を出している。


・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・


・・・・・ おまえら いくぞ ・・・・・

・・・・・ そーれ ・・・・・


また、号令が掛かっている。


・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・


おいらはこーへい

せんとうーこーへい

あなほり あなうめ

くいうち くいぬき

まかせなよー

まかせなよー

なくこもだまるぅー

つるはしかつぎぃ

かちんこかちんこ

あなだらけ


・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・


いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん

いち いち いちにーさん



・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・



おいらはこーへい

せんとうーこーへい

はしごを かついで

はしかけ みぞかけ

みなわ・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・・


・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ・・・・

・・・・ ザッ ザッ ・・・・・・・・・・


声がだんだんと小さくなっていき、何を言っているか判別できなくなっていく。

ザッザッという靴音も小さく小さく遠のいていく。

どうやら訓練で隊列を組んでトンネルの前を通っていったみたい。

野太い声が複数・・・・たぶん、2・30人の隊列なんだろう。

んで、せんとーこーへいって、なんだ?

工兵か?戦闘工兵?

わざわざ戦闘って付ける?

わからない・・・・・

ななばんせんぷうって言っていたよな。

ななばんせんぷうって何?

せんぷうをふりまわす? ・・・・・

わからない・・・・・

まあ、この検査が終わったら聞いてみよう。

そして、僕の耳には「かちんこかちんこ あなだらけ」というフレーズが耳にこびり付いている。

つるはしで穴だらけにするって事か。独特の節回しというか、ザッザッという靴音とその節回しがぴったりというか、ものすごく印象的というか、たぶん、訓練の為の歌なんだろうな。

僕も、もうすぐしたら訓練で隊列を組んで同じように野太い声で歌わさられると思う。



びびびびびびびびびびびびび・・・・・・・


突然のブザー音。

びっくりした。

パッとトンネルの中が明るくなる。あのランプが光っている。

反射的に僕はボタンを押した。

きたよ、来た来た。

例のランプが点灯して、ブザーだ。


大佐が言っていたランプにブザー。

ボタンを押したらすぐに消えて、元の真っ暗に戻ってしまう。

よーし、課題の二つ目もクリアだね。


課題クリアしたと思ったら、腹が減ってくる。

びっくりしたからか、なんだか、モーレツに腹が減った。寝ているだけだからそんなにお腹が減らないと思うが、でもやっぱり腹が減る。

例の非常食を食べるけど、何本目だ。

1 2 3 4・・・・・

4本目の非常食・・・・・

これ1本食べるとけっこうお腹にくる。腹持ちがいいと思う。

それを4本喰っている僕。

おかしい・・・・・

検査は2日間だよな。

なんだか、もう、2日間以上ここにいる気がする。

感覚的には3日ほど、ここにいる気がする。

時間の感覚がおかしい。

まあ、真っ暗の中でゴロンと寝ているだけだから・・・・・・

うーん・・・・・

考えても結論なんて出ない・・・・・


うーん うーん うーん ・・・・・


寝よう。



        ・・・・・・・




ううううううう ・・・・ さむい ・・・・・・


寒いね。

また寒くて目が覚めた。

寝袋の上に寝ているだけだったから、寝袋の中に入る。

深夜になるとここは寒くなる。

それ故に毛布を支給してもらっている。

寒くなる感覚が3回だよな。


おかしい ・・・・・・




やっぱり3日目に突入していると思う。

いやいやいや、ちがうぞ。

3回目の寒さって、3日経過の深夜 ・・・・・

それって4日目に突入じゃん。

うそーーーー。



2日間だよな。

うん、2日間だよ、テストの期間は。


2日で終了のはず ・・・・・・

外に出ようか ・・・・・・


うん、いつでも出られる。


おかしい ・・・・・・



時間の感覚がくるっている? ・・・・・・


大佐が言っていたよな。

真っ暗の中でじっとしているとだんだんと時間の感覚がくるってきて、 ・・・・・・

それが恐怖心に裏返る ・・・・・・


いま ・・・・・ 恐怖心はあるかい? ・・・・・・


あのニヤニヤ笑いしていたもう一人の僕がマジな顔で聞いてくる ・・・・・


んにゃ ないよ ・・・・・・


うん、間違いなく ・・・・・ ない ・・・・・・


そうか ・・・・・・

だったら、継続だな。


もう一人の僕がマジ顔から、ニヤニヤ笑いになって僕に語ってくる ・・・・・・


もし、時間の感覚がおかしくなって、2日経っていないのに外に出ると ・・・・ 


・・・・・ 日当をもらい損ねる。


それって、やっぱり損じゃね。

もちっと粘ろうよ。


うん、普通に同意するよ ・・・・・・





寝よう。






           ・・・・・・・





ずん ・・・・・

ずん ・・・・・

ずん ・・・・・


ずん ・・・・・

ずん ・・・・・

ずん ・・・・・


なんだよ、もう。

振動?


腹にずんと響く振動がくる。


真っ暗の中でゴロンと寝ているだけ ・・・・・・

その中で腹にずんとくる振動が何回も何回もやってくる。

不気味 ・・・・・・

その一言。


恐ろしいとか、怖いとか、そこまで至らないけど ・・・・・・

ちょっと不気味だわ。



ずん ・・・・・

ずん ・・・・・

ずん ・・・・・


ずん ・・・・・

ずん ・・・・・

ずん ・・・・・


その振動は絶えずこのトンネルまで伝わってくる。


トンネルの壁にまた耳を付けてみる。


なんだ?

砲声?


どん ・・・・・

どん ・・・・・

どん ・・・・・


どん ・・・・・

どん ・・・・・

どん ・・・・・


どん ・・・・・

どん ・・・・・

どん ・・・・・


どん ・・・・・

どん ・・・・・

どん ・・・・・


連続でその音は続いていく。

トンネルの壁に伝わってくるのは砲声らしき音だった。


どんという音、それと共にずんという振動がやってくる。

すぐ近くで、何か・・・・大砲?・・・・それの訓練?

それと人の声らしきものも聞こえる。

何を言っているかは解らない。

たぶん、指示している?掛け声?

いや、ちがうな。

号令かな?


うん?

なんだ?

違う音がある。


エンジン音?

なんだ?

ごうーという音、きゅらきゅらきゅらきゅらきゅら・・・・という音・・・・・

それがやってくる?!

段々と近づいてくる。


思わず僕は「不明音感知 感一 感二と増大中。

新規感知した不明音をただ今よりおっさんOnkelと呼称します」とまるで大佐に報告するように声に出して言ってみた。


おっさんOnkelがやってくる。


ププププププッ ・・・・・・

おっさんが来るよ。


なんかツボにはまって僕は真っ暗のトンネルでクスクスと笑ってしまった。

クスクスから、大爆笑へとすぐに変わっていく。

真っ暗の中で、僕はバカみたいにおお笑いしていた。

肝心の不明音はたぶん重機かな、駐屯地だから、もしかしたら戦車かもしれない。

ひと笑いしたらなんかスッとする。

トンネルのドア越しに、あのエンジン音と独特のきゅらきゅらきゅらという音が聞こえてくる。

トンネルのドア越しでも結構大きい音だった。このトンネルの前を移動しているのが判る。

通り過ぎようとしていた。そして、その音がだんだんと遠ざかっていく。


うん、別の音 ・・・・・


別の重機らしい音がする。

「不明音感知しました。感1で当トンネルに接近中 ・・・・・・

ただ今より、第二のおっさんOnkel2と呼称します。

第二のおっさんOnkel2感2で接近。

ただ今当トンネルに向かって移動中。

各部、最大なる注意喚起せよ。」

壁に耳を付けながら、僕はそんな事を面白半分につぶやいた。

第二のおっさんOnkel2はそのままトンネルの前を通過していき、だんだんとエンジン音が小さくなっていく。


あれっ ・・・・・・・

いつの間にか、あのずんという振動が無い。

終わったのか?

おわった ・・・・・

みたいだね。

ふむ。



ひまだ。





びびびびびびびびびびびびび・・・・・・・



うおっ ・・・・・・

ブザーだ。

もちろん、すぐにボタンを押したよ。

点灯したランプもすぐ消える。

突然のブザーと光はびっくりする。

心臓に悪いよ。


2回目のブザー。

ちゃんと反応したよ。

なんか、どっかで軍曹がストップウオッチを持って、また僕の反応時間を計っている気がする。

んで、よーしよしとね、頷くわけだね。

次はトンネルのドアかな?

木槌は手元にあるから、すぐに壁を叩けるよ。

いつでもガンガン叩いてくれていいよ。

すぐに反応できる。


うん、ヒマだよ。

寝よう。

ふて寝だな。

いいや、かまわない。

ブザーもランプもドアガンガンも無視だ。

僕は寝るよ。









おい、ちよっとまて ・・・・・・




考えたら、たった二日のテストなのに、なんで、非常食を一箱も用意しているかな。

あれって1本喰うと、腹持ち良いよな。

確か市販の非常食も腹持ちがいい、だって非常食だから、 ・・・・

おんなじ大きさ、ただ味の方は全然異なっている。

むっちゃ甘いよな、陸軍緊急航空食ここの非常食はたぶんカロリーが高いと思う。

民間の非常食は1本で一日に必要な熱量は取れるよ。

だよな。

だから、二日のテストだから2本用意して僕に渡したら済む話じゃね。

最初から一箱だったな。

箱の中には10本入っていた。

何本食った?

4本だよ。

1本喰ったらけっこう腹持ちがいいから、次の空腹まで時間が掛かる。

ぇぇぇぇぇっと ・・・・

もしかして ・・・・・

このテストの本当の意味は ・・・・・・


わからない ・・・・・



ちょっとマテ まて まて まて まて まて ・・・・・・・・

お ち つ け。


大佐は何と言った、あの時。

思い出せ 思い出すんだ。


えっと ・・・・・・・

たしか ・・・・・・・


一応、確認するが寮は何日間か空けても大丈夫だね。

何か特別な予定が、ここ4・5日間にあるかい。

事前に連絡を入れる必要はあるかい。


大佐の声が蘇える



あのニヤニヤ笑いしていたもう一人の僕がマジ顔で聞いている。

大佐が聞いてきたのは ・・・・・・・


 * * *  何か特別な予定が、ここ4・5日間にあるかい  * * *


つまり、最長5日間はここにいる可能性があるという事か。

ふむ。

論理的に考えると、そうなるよな。

ならば非常食を一箱10本そのまま用意しても不思議じゃない。

気持ち的にというか、感覚的に4日目に突入しているよな。

2日間という説明で実際は5日間のテスト ・・・・・

うーん。



ふむ。

どうする。

出るかい、ここから。


うーん。

どうしよう。


でも正直、どうってことない。

僕としては5日間の日当がちゃんと出るか ・・・・・


金かよ ・・・・・


うん 金だよ。


クスクスクスと笑いがこみ上げくる。

だってよ。

今さら、おかしいだろって文句いっても仕方ねーよ。

陸軍駐屯地司令官の大佐の説明だぜ。

たぶん、この検査の意図は

僕が、本当に暗所閉所の耐性が有るかの検分だろ。

想定以上の環境の中で、暗所閉所の耐性が有るかをみる ・・・・・

これだよね。


たぶん、たぶんだよ。

二日と期限を決めれば、あともう少し、あともう少しって、普通に粘れるよ、うん。

だけど、それが説明と異なる状況で、こいつはどこまで粘れるかを試している ・・・・・


じゃね。


だから、結論として ・・・・・ 陸軍が納得するまでね、ここにいるよ。

ここから出ろと言われるまで、ここに居りゃいーの。

そうすりゃ、日当がでる。

なっ。

1日、6000ディール ・・・・・

5日間で30000ディール ・・・・・

食ってごろ寝してぐーすーぴーと寝りゃいいの。

それで30000ディール。

わるくないぞ、うん。

仮に5日間で外に出て、日当が少ないならばオカシイとプーたれようぜ。

まさか、説明より長期で日当が少ない事は無いと思うぞ。

それこそ、陸軍はおかしいってなるよ。

陸軍でそんなウワサなり、新聞の報道なり、聞いたことは無いよ。

だから、気楽に構えた方が楽 ・・・・・


そう、思ったらテストに対する不満というか、憤りというか、僕のこころの中に出来た蟠りわだかまりが小さくなっていく。


うん、それでいい。

結局、僕はこのままこのトンネルの中に留まることにした。


あのニヤニヤ笑いしていたもう一人の僕が呆れた顔で僕を見ていた。



まあ、ヒマだ。

テキトーに寝る。

もう、ブザーもトンネルドアも何でも来い。失敗してもいいや。

5日間の日当が手に入るのだから。


開き直ったら、楽だわ。


ちよっと居眠りでもしようか。

寝るね。




・・・・・・・




  ガン   ガン



 ドアが2回叩かれた。

僕は小槌ウッドハンマーを握って、壁を叩こうとしたら、「ご苦労、これで終了だ」と声がする。


軍曹が声をかけてくれた。




おわった ・・・・・・・




長かった ・・・・・・・




ようやく出れるよ ・・・・・・・




風呂に入りたかった。

あのドアが開かれていて、懐中電灯の光と共に軍曹がのぞき込んでいた。


「ちょっと待ってください」

糞袋だ、あれを出さなきゃマズイ。このまま、放置なんてできない。ゴソゴソと奥へとカラダを運んで簡易便器の所まで這いずっていく。


「軍曹、糞袋とかどうしましょう。どこに捨てたらいいですか。

寝袋に毛布もです。どこに返却すれば ・・・・・」

「おう、外に出してくれ、トンネルの中の物、全部だ。

その前に少し確認しなくちゃいかん。

とにかくそこから出てきなさい。

荷物を出すのはその後でいい」


出ろという事だったので、僕はそのまま出た。

外はもうとっぷりと日が暮れていて、真っ暗になっていた。

よく解からないけど、少し大きめの車両のヘッドライトが僕を照らしていた。

うん、救急車?

軍用の救急車だと思う。それが扉を全部開けている。

救急車用の移動寝台も引き出されていて、救急という腕章をした兵隊さんが二人立っていた。

もしかしたら、僕を載せるの?

なんで?


軍曹が心配そうに僕を見ていた。

救急の腕章をしている兵隊さんに目で合図を送ると、兵隊さんが僕のすく両横までやってくる。


「よし、気を付けの姿勢を取ってくれ」

うん?

言われたとおりに気を付けと姿勢を正した。


「ちょっとした検査をする。

そのまま1分間、気を付けの姿勢を保ってくれ」

軍曹が腕時計の秒針を見ている。

そのまま1分間過ぎていく。


「よし、1分経過した。

どんな感じがする?

身体のどこかに変な感じはないか。

長時間、君は横になっていた。

その姿勢から気を付けの姿勢を取っている。

【眩暈 悪心 片頭痛】ふらついたり、気持ち悪くなったり、頭が痛いとか、何か身体に異変はないか」


心配そうな表情で軍曹が僕を見ていた。

うん。なんともないね。僕には何の異常も感じられなかった。


「何ともないです。はい」


軍曹は僕の状態を頭のてっぺんから足先まで、観ていた。

上から下まで見終わると、軍曹は僕の顔の前に人差し指を立てて、僕に聞いてくる。


「この指を目で追いかけてごらん。

顔はそのまま固定で、目だけでこの指を追いかけてごらん。

いいか、ゆっくりと動かすから」

軍曹が懐中電灯の光を僕の顔に当てながら、人差し指をゆっくりと左右に動かしていく。

言われたとおりに、目だけで指を追いかけていく。

軍曹は僕の視線が動く・・・つまり、眼球が正常に動いているかを確認しているみたいだった。

「早く動かすぞ、追従してくれ」

さっきよりは早く指が動いていく。僕はそれを視線だけで追いかけていく。

「よし、だいじょうぶだな」


「次は片足ジャンプをしてくれ。

右からだ」

右足だけでジャンプ。

「よし、左だ」

左足でジャンプ。

「よし、いけるな」


満足げに軍曹は僕の顔を見ていた。

あの救急の腕章をしている兵隊さんは真剣な顔で僕を見ていた。


「何ともないな、よし。

じゃ、次の検査だ。

これを付けたまえ」

軍曹がポケットから出してきたのは、睡眠用の目隠しアイマスクだった。

「さっきと同じく1分間、気を付けの姿勢を保ってくれ。

1分間だ、いくぞ」

視界を妨げての気を付けか?

平衡感覚の検査だっけ?

すぐに1分は過ぎていった。


「よし、いいぞ。

1分経過した。

だいじょうぶか。

異状はないな。

身体に異変はないな」


「はい、だいじょうぶです。

何ともないです」

「目隠しをずらしていいぞ。

目を開けて、そのまま、両の手を前に出せ。

そう、いいか。

よく聞いてくれ。

いちにい、いちにいと掛け声をかける。

それに合わして、その場で足踏みをしてくれ。

いいか、これも1分間する。

いいか。

いくぞ。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい」


1分間の足踏み運動だった。

何の躊躇いもなく僕は足踏みをする事ができた。

眩暈 悪心 ふらついたり、気持ち悪くなったりもなかった。

うん、なんともない。

「だいじょうぶだな。

もし、身体におかしい感覚が出たらすぐに言ってくれ。

また、目隠しをしてくれ。

その状態で、足踏みをする。

1分間だ。

身体におかしな兆候があれば申告したまえ。

いくぞ。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい。

いちにい、いちにい」


目隠しで足踏み運動をする。

幸いにも何の異常もない。

ごく普通に足踏みができた。

「どうだ?

だいじょうぶか」

「はい、だいじょうぶです」


「よし、とまれ。

1分経過した。

外していいぞ。

身体に異常はないか」

「はい、だいじょうぶです」


僕の返事を満足げに聞いている軍曹だった。

 軍曹が僕の横にいる二人の兵隊さんに目で合図を送ると、その兵隊さんの一人がポケットからクルクルと巻いている紐を取り出してほどいていく。

それを二人で引っ張って、地面に置いて1本の線のようにしていく。


それは歩行平衡感覚の検査だった。

紐の長さは約12カール(約10m)。

両手をまっすぐ上にして、紐に沿って歩けと指示される。

両の手を挙げて普通に歩くのだけど、二人の兵隊さんが、僕に何らかの異常があればとばかりにすぐ横にいて一緒に歩いていく。


普通に歩けるよ、うん。

紐の端に来ると、今度は両手を水平に保ったまま歩けと ・・・・


紐の端から端へ、一往復、二往復、三往復 ・・・・・

次は紐を直角にして、それに沿って歩けと指示される。

一往復、二往復、三往復 ・・・・・

心配そうに軍曹が見ていた。

救急の腕章の兵隊さんが僕の歩行に付き合ってくれている。


「よし、異状なく歩けるな。

もう一度、確認するが【眩暈 悪心 片頭痛】ふらついたり、気持ち悪くなったり、頭が痛いなんかは無いな。

これについては嘘は困るぞ、正直に答えてくれ。

感覚異常は無いな」


「はい、だいじょうぶです。

なんとも無いです」


僕の答えに軍曹は満足したみたいだ。よーしよしという顔だった。


「それじゃ、荷物を出そうか、糞袋は最後に出してくれ」

それからはトンネルの中へ戻り、荷物を全部出していく。

あの厳つい車が救急車の向こう側に置いてあった。

その後ろの席に荷物を積み込めと指図がある。


「糞袋だけはトンネルのすぐ内側に残しておいてくれ、あとで処分しておく」

軍曹の指示通りにして、トンネルの荷物を車の後席に載せていく。


軍曹と二人の兵隊さんが真剣な顔で、僕の動作を見ていた。

僕の動作に何か異常なところはないかと検査している眼だった。


「全部載せたな、だいじょうぶだな。

もう一度聞くけど【眩暈 悪心 片頭痛】ふらついたり、気持ち悪くなったり、頭が痛いなんかは無いな。」

「はい、ありません」

僕の答えに軍曹と二人の兵隊さんは満足した表情になっている。

「よし、ありがとう。

撤収してくれ」

軍曹が救急の腕章をしている兵隊さんに声を掛けていく。

その兵隊さんがシャキーンとばかりに敬礼をしてくれる。

かっこよかった、抜群に。

テキパキと救急車用の移動寝台を積み込んで走り去っていく。



「乗りたまえ」

車に乗り込んで、僕はすぐに聞いてみた。

「あのう、軍曹。

説明では2日間っていう話でしたが、今、4日目ですよね」


軍曹は僕の質問を予期していたみたいだった。


「ふむ ・・・・・・・・

君は今回の検査に疑問を持っているわけだ。

なぜ、4日目だと判断した。

その根拠はどこにある」


「はい、気温の変化です。夜遅く外気温が下がりますよね。

ものすごく寒くなります。トンネルの中に居てもやっぱり寒いです。

それが2回。つまり二日目の夜に入ったことを意味していますよね。

だけど、ひと眠りしてから、引き続きそのまま3回目の寒さを経験しました。

それで気が付きました。

おかしいと。あまりにも長すぎる。

時間の感覚は最初の日から正直言って分からなくなっていました。ただ、寒さの回数から2日目、3日目と判断しただけです。

もちろん、間違っている可能性があります。昼間でも寒かったら、僕の考えた結論は間違ったものになります。

ただ、事前の大佐の説明でここ4・5日間予定はないねと、僕の予定の確認がありました。

それと非常食です。一箱、中に10本入っていました。

2日間の予定ならば、最初から2本用意すればいいですよね。

それが一箱10本、以上の事に気が付いて、はあはあ、だから長いんだと。

つまり、想定以上の長さの暗闇と閉所に僕は耐えられるかを試されていると。

大佐の説明から、トンネルに最長5日間留まることになると。

だったら、何も心配はいらないと思いました。

このままのほほんと、喰っちゃ寝していれば日当がもらえる。

ドアが開くまで、このままのんびりとトンネルで寝てればいい。

 それが僕の結論でした。

以上が僕の推測です。

幸い真っ暗の中ても、僕はたぶん鈍感なんでしょうね。

普通に寝る事ができました。恐怖感でたまらないという感じにはなりませんでした。

のんびりとドアが開くまで待つ事ができました」


「ふむ。

たいしたものだよ。

君は君自身で暗所閉所検査に対応できる事を証明した訳だ。

君の推測は正しい。

軍としては君の環境適応能力を、 ・・・・ 暗所閉所という、その一部だが、それを確認したかったわけだ。

君はそれを君自身で証明している。

極めて優秀だとね。

心理面でも、そして、これが重要なのだが身体的にもね。

頭で理解していても、感覚的・感情的つまり心理面以外、身体的にダメな場合がある。

さっきの一連の検査でやっぱりおかしいと思われるケースが出てくる。

長時間、密閉空間で待機状態の後。

1分間まっすぐ立っていられない、まっすぐに歩けないとかね。脳の三半規管と小脳の先天的な機能によるもので長時間密閉空間で留置されたら、一種の機能障害が出る場合がある。

めったに無いが、そういう可能性がある以上、ちゃんと確認を取らなければいけない。

さっきの検査はそれの検査なんだ。

この機能障害が出るか出ないか、極めて重要な検査となる。

まあ、通常その機能障害が起こっても回復する。それは間違いない。

ただ、機能障害が起これば直ちに対処する必要がある。

その為の万が一に備えて、我々は救急隊員2名と救急車を用意した。


君は、心理面でも、身体的にも、それをクリアした。


この検査は被験者になんら前提条件を与えないのが必須なんだ。

だから、本当は4日間なのだが、欺瞞情報で2日間と説明している。

 君は、ちゃんとそれを見破り、かつ、我々の意図も理解して訓練用隧道トンネルに留まった。

酷いケースでは途中でおかしいと怒鳴り怒りながら、中から出てくる。

そして陸軍はうんぬんかんぬんと罵詈雑言を吐く。


 君は実に丁寧に4日間の自己の心理面での経過観察を私に報告した。

つまり、君は君が優秀なのを証明した。

欺瞞情報として2日間と説明したわけは、そういうわけだ。

ちゃんとした検査が必要だから故での処置うそだ、今回はね。

それを実施しないといけない我々の立場も、理解してほしい。


 それと日当はちゃんと出るから心配しないでほしい。


日当は6000ディール、それが4日間。

24000ディールが君の口座に入れられる。

それと今回の件で陸軍からは日当以外に協力金が君に支払われる。

陸軍特別考査協力金と言って、けっこうな金額が支給される。

それで、今回、君が持った陸軍に対する憤りを納めてくれ。

まあ、慰労金と思ってくれていい。

金額としては10万ディールが支払われる。

これは現金だからね。

軍務省軍令部特別考査内規に規定されている満額の金額だ。

途中で出てくる奴には支払う事ない。

それだけ君は優秀という事なんだ」


うおっ ・・・・・・・・・・・・・


ただただ、びっくりだった。

単純な心理テストじゃ無かったんだ。

身体的な機能検査か ・・・・・

僕が考えていたよりも一段深い意味があったのか。

ふうむ。

なんか、どう、言っていいんだろうか。

濃い体験をした感覚でいっぱいになる。

なんか不思議な感覚 ・・・・・


そして、

僕のアタマの中で ・・・・


 救急車 という文字がグルングルンと回っている。

 そして、救急車を追いかけるように


10万ディールという文字がダンスを踊っていた。


「うん、どうした。

眩暈がするのか」

軍曹がびっくりしたように問いかける。

「いえ、何ともないです。

ただ、10万ディールにびっくりしました。

今、アタマの中で

10万ディールがダンスを踊っています」

「そうか。

君は想っていた以上にオモシロい男だな。

頑張って手に入れた金だ、無駄遣いしないようにな」


軍曹はニヤリと笑うと、厳つい車のエンジンを始動していく。

ゆっくりと車が動いていく。

暗闇の中、厳つい車のライトが温かいものに感じる。


ふと、あの歌の事が気になった。あの野太い声のおいらはこーへいという歌だった。


「あのう、軍曹。トンネルの中で聞いたのですが、たぶん行進練習の歌と思います。

おいらはこーへい、せんとーこーへいって。

その中で聞いた言葉なんですが、ななばんせんぷうって、なんですか」

「せんぷう?・・・・

ああ、七番戦斧ななばんせんぷのことだ。

戦闘工兵の武器シンボルだ。

戦闘工兵が装備する斧なんだ。1番から7番まである。

1番が一番軽い手斧になる。

7番が一番長くて重い。それ振り回すことができるのは戦闘工兵だけになる。

あれを振り回すのが戦闘工兵の誇りになっている」

「戦闘工兵・・・・工兵にわざわざ戦闘工兵っていうのがあるのですね」

「我が陸軍には三種の工兵がある。

【戦闘工兵】 【一般工兵】 【船舶工兵】とそれぞれ呼称されている。

戦闘工兵は歩兵と共に最前線で戦う。火炎放射器なんかの特殊な武器を戦闘工兵が担当する。だから、一般の兵士の中で、より精鋭の者が集められて戦闘工兵になる。

戦闘工兵に一番に期待されるのは地雷啓開と言って、戦場に埋められた地雷を処理する仕事だ。

地雷は厄介な兵器、いや、違うな。

厄介というより、もっとエグイ物なんだ。

特に対人地雷だ。踏むとどうなると思う。

いいか、足首をきれいさっぱりとふっ飛ばされる。

踏んだ奴は苦痛で泣き叫びながら転げ回る事になる。

目の前で仲間が足をふっ飛ばされて、泣き喚いている。

新兵にとっては、それだけでもう戦意喪失する。

酷いもんだよ。

対人地雷わな。エグイもんだ。

そう、片足だけに打撃粉砕するような火薬量しかはいっていない。

なぜか解かるか」

「いいえ、解かりません」

「救命処置に人手を取られるからな。

足をふっ飛ばされると、そいつはもう戦闘能力はない。

救命処置をして、後送となる。

その場で止血処置、足首がぶっ壊れているから輸液と共に緊急鎮痛剤を処置していく。そして、担架を作って乗せて運ぶわけだが、担架を運ぶのに2人、輸液を保持しつつ容態を監視するのに1人。

つまり3人必要になる。足をふっ飛ばされた本人を入れて4人が戦闘行動から外れる事になる。

軍隊では団体行動が基本だ。俺たち帝国陸軍の最小単位は班になる。

班は12人から8人構成になっている。

最小の8人構成で、4人が外れる訳だ。もうそれだけで、ちゃんとした班の機能は果たせなくなる。仮に2人やられたら、それはもう全滅と同じだ。

安い地雷2個だけで8人が軍事行動がとれなくなる。

それを狙っている訳さ、対人地雷はね。

普通に弾に当って死ぬと、戦闘行動継続なんだ、班としてはね。

死んだ者は生き返らない。だから、戦闘が一段落するまで放置される。

だが、片足をふっ飛ばされてのた打ち回って泣き喚いている仲間をほっておく訳にはいかない。

必ず助ける、仲間だからな。

その意味でも極めて効率がいい武器なんだ、対人地雷はね。

設置してほったからしでいい。敵の足止めという意味で大量に設置していく。

対人地雷と対戦車地雷と色々混ぜて設置する。

地雷と共にわざと不発弾を残したりもする。それを処理するのに手間がかかるからな。

この辺に地雷がある。それだけで軍としての行動速度はガクンと落ちる。

別の面からみても極めて効率がいい。

重宝する武器なんだ。

ちなみに、軍の構成は班が3・4個集まって小隊、小隊が同じく3・4個集まって中隊、中隊が3・4個集まって大隊となっていく」

どうだ判ったかと、車を運転しながら軍曹が僕に語ってくれた。

なんとなく軍曹の機嫌がいい気がする。

話のついでと言っちゃまずいけど、僕はそのまま気になったことを口にしてみた。


「地雷って安いのですか?」

「ああ、安いよ、大量生産しているからな。

一個当たりなんと300ディール(約600円)という安さだよ。

手榴弾用信管をさらに簡略した信管と送電線に使う安い絶縁用磁器を利用している。足首をぶっ飛ばすだけだからな。

砲弾で使用するような値段が高い高性能硝薬なんてモノを使う事をアタマから想定していない。

中に入っている硝薬はどんなモノかというと、使用期限の切れた廃棄農薬を原料として利用している。だから、爆薬としてほぼ無償で手に入れられるって訳だ。それを利用している。

早い話が有合わせの物で地雷にしている」


軍曹の説明に驚いた。

はあ、軍人で戦場に出るという事はこういう事なんだ。わずか300ディールで片足を失う。まあ猟銃で使う散弾も安い価格だね。確か、たった100ディール程度だったはず。

それで人が死ぬ。


「そんな厄介な地雷を処理する事を地雷啓開と言って戦闘工兵の腕の見せ所になる。

地雷処理具や処理の為の重機を状況に応じて使用していく。

あとは不発弾の処理なんかも戦闘工兵がやる。

爆薬の専門知識はもちろん、豪胆な気力が必要なんだ。

だから、戦闘工兵は軍の中では一目も二目も置かれている。

 一般工兵は、いわゆる普通の工兵だ。建設工兵とも言われる

戦闘工兵と区別するために一般工兵という呼び方する。

単に工兵と言ったらこの建設を担当する工兵を意味する。

彼らは軍務施工とその管理を主に担当する。

駐屯地の施設維持メンテナンスなんかの後方支援する。依頼や必要があれば道路をつくり、鉄路なんかも施工建設していく。

戦時、急斜面に補給の為の 単軌鉄路を作ったりとかな。

最後の船舶工兵は文字通り船を扱う」


「陸軍で船を扱うのですか、海軍の仕事じゃないんですか」

「そう思うだろ。

だけどな、俺たちの帝国で最大の河はなんだ」

「えっと、マンリー河ですね」

「そうだ、世界最長8000ルンカール(約6800キロメートル)の大河だ。

河口の幅はどのくらいある?」

「たしか約36ルンカール(約30キロメートル)ぐらいありますよね」

「深さは?」

「深さはすいません 知らないです」

「深い所は80カール(約70メートル)を越すといわれている。

一説では120カール(約100メートル)もある。

つまり普通に大型艦船を運行することが出来る。

海軍は塩っ気のない河川には入らない。

それが海軍の伝統だ。大型河川や途中の内水湖で運行する艦船は全て陸軍の所管になる。

だから、船を動かすのは重機を操る工兵が担当した。それが船舶工兵の起源になる。

我が帝国陸軍は大所帯の組織だからな、いろんな仕事があるわけだ」


軍曹は饒舌に語ってくれた。

でも正直言って、陸軍っておっかねーと ・・・・・

地雷なんかで足をぶっ飛ばされるのは ・・・・・・



いやだ。



そんなことを考えていると、目の前が明るくなっていた。

滑走路だ。

無茶苦茶明るくなっていた。

滑走路が満面の照明で一際明るくなっていた。

一機の大型機が滑走路の端に駐機していた。











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