第7話

 プロローグ7


「車を用意しているから」

 軍曹がひと言僕に言うとスタスタと入ってきた方向とは逆の方向に歩いていく。

 車って、どこへ行くのだろうか。ちょっと不安になるけど、まさか変なことにはなるまい。

 そう、自分自身に説得して軍曹の後を付いていく。

 建物の外、僕が最初に入ってきた所の反対側になる、つまり、ちょうど裏手に出たら、そこは駐車場になっていた。

 そこには、いかにも軍用ですという車が何台か止まっていた。

 その中の何台かは、いや、単純に車というレベルじゃないな。

 砲搭のない車、つまり、装甲車と言った方がいい思う。

 その装甲車が止められていて、それらと離れて一台の車が止まっていた。

 こんな車、見たことがない。

 車体にはリベットがコツコツ打ち付けられている。

 そのコツコツが車体全体に広がるように打ち付けられていた。

 いかにも、あとから鉄板をリベットで張り付けていますよと言う感じなっている。そして車体全体が暗緑色でまとめられて独特の雰囲気を出していた。

 厳つい車、それが僕の印象だった。

 装甲車ほどじゃないけど、簡易な防弾処理というか、たぶん装甲板を付与されている車だった。

 なんかの車両を改造しているのは間違いないよね。

 ただね、改造前の車両ってどんな物かまるで分らない。タイヤハウスはドンと張り出していて荒れ地を走行する為の太いブロックタイヤが装着されていて、フロント部分にはウインチが取り付けられていた。

 車体の後方には排気管が車体にそって上へと延びていいる。同じく車体の前部に吸気管と思われる物が同じように車体にそって、上に伸びる様に取り付けられていた。

 見た目が何かの昆虫みたいな印象をもってしまう。それほど改造されてしまっている。

 やっぱり、軍隊に来ているのを実感してしまう。

 軍曹がその運転席に乗り込み、勝手に乗っていいものか、一瞬とまどってしまう。


「のりたまえ」


 すぐに声が掛かる、大佐が僕の後ろでニヤニヤしていた。

 えっ、大佐も一緒かよと一瞬思ったら、それが僕の顔に出ていたみたい。

 大佐は僕の目を見てニタァと笑って、「早く乗りたまえ」とまた声を掛けてくる。

 大佐のその笑い、ニタァという不気味な笑い・・・・・怖い笑いと言ったらわかってくれると思う。

 アレって軍人の凄さのような気がする。


 僕は慌ててドアを開けて乗り込んだら、大佐も乗り込んでくる。

 すぐにその厳つい車は走り出していく。

 あの門衛から続く道路を走り、しばらくすると十字路を左折していく。

 車はけっこうなスピードで走り抜けていく。

 10分間ぐらいの時間、僕が乗っている厳つい車は走ったと思う。

 右手には・・・・えっ、滑走路・・・・・。

 滑走路と管制塔、格納庫とおぼしきものが見えてきて、管制塔の建物の方へと厳つい車は向かっている。

 それらを見て、駐屯地という所は、やっぱり広くてデカいもんだと・・・・・・。


「駐屯地には滑走路もあるのですね・・・・・・」


 僕がそうつぶやくと、大佐は「残念だが一本しかない、できれば横風用にもう一本ほしいのだがね。

 予算が下りないので、こればかりは仕方ない」といかにも残念と言う表情を作っていく。

 そうか、横風用の滑走路と主に使用する滑走路と二本仕立てが必要なんだ。

 その一本しかない滑走路は結構長いよな、ざっと見た目で、たぶん、3600カールぐらいの長さ***作者注意 作中世界の長さ単位 およそ3000メートル***があると思う。

 その滑走路の一番端のそばに飛行機が一機だけ駐機している。赤白の帯が目に付くような形で描かれていた。

 初めて間近に見る飛行機と滑走路。

 スゲーと思いながら、僕はそれらを眺めていた。

 ふと、視線を感じる。

 大佐が、今までとは違う柔和な顔で僕を見ていた。


「飛行機は初めてかい」


「はい、乗ったことはないです、こんな、滑走路を見るのも初めてです」


 大佐の表情は、まるで、すごいモノを見て興奮している子供-それを見て、こいつ可愛いなと言う表情になっていた。

 途端にものすごく恥ずかしくなってくる。

 お上りの観光客みたいに、僕はその滑走路と駐機している飛行機を眺めていたわけだから。

 まあ、いいや。

 お上りさんというか、スゲーとびっくりしている子供というか、それらと似たようなモノには間違いよな。

 お上りさんなら、お上りさんらしくすればいい。

 恥ずかしくてたまらないけど、開き直ってやる。

 僕が駐機している飛行機を子供みたいにじっと見ていたからか、大佐は子供にも解かるようにその飛行機について色々とウンチクを語ってくれていく。


「あそこに停まっているのは陸軍8式練習機改2型だ。

 飛行機乗りに憧れる兵士が、いちばん最初に乗る練習機になる。

 まあ、だれでもかれでも、搭乗員になれるものではないけどね。

 ある程度、数学的素養が必要なる。

 航法のために計算尺を使うからね、天測とか燃料消費率からどこまで飛べるか、その辺を扱える者じゃないと搭乗員にはなれない。

 それと頑強な身体が必要となる。知力と体力がある者が搭乗員になれる。

 まあ、最初は模擬機で操縦桿やフットバーなんかの操作を身体に叩きこんでからだけどね。

 それから、あれに乗って教官とともに飛ぶ。ひとりで飛ばせるまで8か月、あれを一通り飛ばせるとつぎは3式戦に乗り込む。

 だから、だいたい2年ぐらいかな。

 新米の搭乗員が3式戦闘機乗りと言えるまでには、だいたいまる3年は掛かる。

 だから、合計5年かかって一人前の飛行機乗りとなる。

 昔はもう少し時間が掛かった。

 5年ほど前なら3式練習機と言って、複葉機から搭乗するのだけど、今はすべて8式に装備一新されている。

 今度の8式は評判が良い。

 いわゆるクセがなくて、素人の飛行学生にも簡単に飛ばせるという評価だ。

 おっと、これは機密だ。

 軍用機の飛行特性は軍機なのでな。

 誰にもしゃべらないでくれ」


 どこから、どこまで冗談か、本気なのか。軍機ってわざわざありがとうございます。

 そうやって、面白半分に大佐は説明してくれる。

 陸軍8式練習機改2型か。

 そんなものって、普通の生活では絶対関係のないモノだよね。

 たぶんと言うか、絶対と言うか、飛行機の搭乗員なんて、僕は志願することはないよな。

 高所恐怖症じゃないけど、落ちたら死ぬよな、飛行機って。

 それだけでやっぱり志願はパス・・・・・だよね。

 命令で乗れと言われたら、乗るだろうけど自分から搭乗員になりたいって言わない。

 うん、僕は戦闘機乗りにはならないと、その時に心の中でそう決めた。


 ふふふふ


 もう一人の僕が笑っている。


 おまえさぁ、弾丸一発で普通に死ぬよ。

 わざわざさぁ、飛行機に乗るんだからさぁ、そりゃあね、落ちたらね、普通に死ぬよ。

 だけどよぉ、兵隊さんわぁよ、鉄砲で撃ち合いするもんだ。

 なっ、つまりよ。

 死ぬのはいっしょじゃん。

 テッポーの弾で死ぬのか、高い所から落ちて死ぬのか。

 おんなじよ。

 だからよ。

 おまえはよ。

 ただ単によ、高いところがよ、怖いだけじゃん。


 もう一人の僕が薄ら笑いをしながら語りかけてくる。


 うるせーよ。

 わざわざ高い所へ飛んで、落ちて死ぬ事もねーじゃん。

 それにあの乗り物は、簡単に乗れるモノじゃねーじゃん。

 必死に乗る努力して、んで、周りの人たちから、こいつ、いけるじゃんと認められて乗れる物じゃん。

 そんな努力してまで、乗りたくねーよ。

 普通に地べたを走り回って、テッポーの弾に当って死ぬ、オレはそっちを選ぶだけ。

 命令で乗れと言われたら、乗るよ。

 進んで乗りたいと思わねーの。


 薄ら笑いしているもう一人の僕に、僕は言い返した。

 そのところで、僕が乗っている厳つい車は管制塔のある建物の出入り口の手前で停車していく。


「さあ、ここだ」


 大佐が一声かけてくれて、ドアを開けて降りていく、

 大佐に続いて、僕も降りる。

 その建物には陸軍403飛行隊と言う看板が出ていた。

 403飛行隊か。

 403駐屯地だから403飛行隊、そのままなんだね。

 管制塔の建物入り口から入ると、そこは事務所みたいになっていて、20人ほどの兵士がいた。

 半分ほどの人が机で事務をやっていたけど、それとは別に、左側の壁でたぶん天気図だと思う、7人ほどの兵隊さんが、それを見て何か打ち合わせをしている感じだった。

 それらの兵隊さんが大佐に気づくと、椅子から立ち上がって敬礼しようとする人、おっなんだ司令官かと敬礼する人、それらの人に大佐は「ああ、敬礼不要、そのまま続けてくれ、じゃまするよ、敬礼不要だから、そのまま続けてくれ、すまんなぁ、じゃまして、そのまま」と気さくに笑って、そのままどんどんと奥へ入っていく。

 事務所の奥はさらにドアがあり、そこを開けて奥に入っていく。

 そのドアからは薄暗い通路になっていた。

 突き当りにまたドアがあり、無線音響室と記されている。

 大佐が言っていた聴音検査、どうやらここでやるみたい。


 大佐が「さあ、はいりたまえ」と僕に言って、ドアを開けてくれる。

 なんかね、ものすごく恐縮する。

 頭を下げて「失礼します」と声を張るようにして部屋に入った。

 けっこう広い部屋だった。その部屋の右奥に階段がある。

 どうやら中二階みたいになっている。


 部屋に入って、目に入ってきたのは四角い武骨な機械だった。

 がっしりとした長机が5本置いてあり、その上には何台かの武骨な機械が置いてある。

 見た目にもイカツイ武骨な機械、たぶん、無線機だよね。

 大きいモノ、中ぐらいモノ、弁当箱みたいな小型のモノと3種類ほど並べられている。

 その無線機のそれぞれの前に電鍵とヘッドホンが置かれている。

 写真では電鍵を見たことがあるけど、実物を見るのは初めて、電鍵に限らず無線機などと言うものを見るのも初めてだけどね。

 だから、お上りさんよろしく、へぇー、陸軍の無線機なのかと感心して見ていると、「練習用の無線機だ、聴音と打鍵、それぞれ練習する、たぶん、機会があれば君も触ることになる」そう、大佐が教えてくれる。


 軍曹がここに座れと手で示してくれる。

 弁当箱みたいな小さな無線機の所だった。

 座るとすぐ指示がくる。


「ヘッドホンをつけて」


 とりあえず、ヘッドホンを手にして、頭からつけてみる。

 僕がヘッドホンを装着したら、軍曹がその部屋の端に置いてある、教卓?演壇?

 よくわからないけど、台があって、そちらに移動して何か操作している。

 軍曹の操作に同期して目の前の弁当箱みたいな無線機にランプが灯って、たぶん、動作できるようになっていく。

 どうやら軍曹の所で制御して電源が入ったみたい。

 軍曹が手に何か持っていた。マイクかな、どうもマイクらしい。


「聞こえるか、俺の声が」

 軍曹がマイクに向かってしゃべる。

 その声は僕のヘッドホンから明瞭に聞こえてきた。


「はい、はっきり聞こえます」


「今からいろいろと音を出す、聞こえたら聞こえますと返事をくれ。

 音を出していくつか質問するから、それに答えてくれ。

 いくぞ」


「返事は?」

「はい、わかりました、お願いします」

 軍曹が頷いて何か操作していく。


 ぷーーーーーーーーー


 両耳からプーと言う音が聞こえる。

「聞こえます・・・・」

「右耳、左耳どっちが聞こえる?」

「左右両方から聞こえます」


 ぴーーーーーーーーー


「はい、右・左、両方から聞こえます・・・・・」


 きーーーーーーーーー


 かなり甲高い音だった。


「はい、左右両方から聞こえます・・・・・」


 きぃぃぃぃぃぃぃぃぃ


 周波数がものすごく高くなっていた。

 イヤな音が僕の鼓膜を打つ。

「はい、右・左、両方から聞こえます・・・・・」


 ちぃぃぃぃぃぃぃぃぃ

 先ほどよりさらに周波数が高かった。

 でもね、ちゃんと聞こえる。

「右・左、聞こえています、むちゃくちゃ周波数高いですね」

 僕がそう答えると、軍曹と大佐がお互い顔を観て、満足そうに頷いている。

 まるで、『こいつ、なかなか、やるじゃん』そんな感じだった。



「よし、これは聞こえるか」


 ィィィィィィィィィィィィィィィ


 音が小さい。


 ものすごく小さく、ものすごく繊細な音で鳴っている。

 微かに聞こえる。

 右だった。

 右耳で微かに微かに聞こえる。

 ものすごい高周波音、今迄に聞いた音の中で一番高い音が微かに聞こえている。

「すいません、なんか、はっきりとは聞こえないです。

 ただし、右耳で微かに聞こえています。

 微かに微かにイイイイイイイイと言う感じで鳴ってる気がします。

 左耳には何も聞こえないです」


 僕がそう答えると、なぜか大佐の表情が変化していく。

 さっきの『こいつ、なかなか、やるじゃん』という満足したような表情から著しく変化してニタァと笑っている。

 えっ、大佐が笑っている。

 朝、車の中で見たあの笑いだった。

 こえーよ。

 同じ笑いだけど、今は怖く感じる。


「よし、ヘッドホンを外していいぞ。

 次のテストに移る」

 軍曹が大佐の方へ見て、どうしますかとばかりに視線を送っている。

 大佐は人差し指を上に向けて、あがれとばかりに指さしていた。

 なんか2階へ移動するみたい。

 大佐が「2階へ移動する」と言うと、そのまま、部屋の奥にある階段を上り、軍曹があとへと続く。

 もちろん、僕も軍曹の後へと階段を上ると、何というのだろうか。


 でっかい卵型の装置が置いてあった。カプセルと言った方がいいかな。

 とにかく、そんなものが置いてあった。

「戦闘機の模擬装置だ。これで音響テストする。

 君の耳は標準よりかなり良いぞ、だから、少し予定を変えてこの模擬装置でテストする。

 戦闘機の模擬装置だから操縦桿の振動とか、エンジンの振動も付加される。

 いろいろと変化して、その中でどのように対処するかを模擬体験するのが本来の目的なんだが、今回は音に絞って君を検査する」

 にっこにこの笑顔で大佐が説明しくれる。


 なんでそんなに笑顔なんだろう。

 朝から大佐の笑っている顔をいくつか見ているけど、今見ているにっこにこの笑顔はまるで子供のような笑顔になっていた。

 それだけ朗らかで、さっきの笑顔とは全然異なっている。

 大佐って、もしかしたら笑顔を使い分けている?

 大佐にそれを聞きたかったけど、聞けないというか、聞いたらマズイよな ・・・・ 。


 おい、あほうな事、考えるなともう一人の僕が睨んでいた。



 奥の壁にあるロッカーの処まで軍曹が行き、そこから何か取り出していた。

 すぐに戻ってきて、僕の所までやってくる、頭巾みたいなモノを持っていた。


「これを頭から装着しなさい、受話器だ。

 サイズはたぶん合うと思う。

 もしキツイなら言いなさい。

 別の大きいサイズのものを用意するから」

 軍曹が手にしていたものはへんてこな頭にかぶる頭巾みたいな物。いかにも、陸軍で用いるものですという雰囲気になっていた。

 受話器なんてモノ今までに見たことないから、へーと妙な感心してしまう。無線機も電鍵も、そして、これも初見の物ばかり。

 それを受け取っとたら、頭からスポッと被るようにして、耳の所がちゃんとなるようにと指図されていく。

 それは頭を覆うような感じになる。

 耳の所が小型のスピーカーになっているみたいだ。だけど、ちょっと位置がずれている。

 軍曹が僕の後ろに回って、耳の部分がちゃんとするように調整してくれる。

 そして首の所まで、帯みたいな物を回されてしまう。

 マイクだった。

 喉元に直にマイクが当てられていた。

 全体的に、耳の部分が膨らんだへんてこな頭巾をかぶる感じと言ったらわかってくれると思う。

 首の後ろから、コードが垂れ下がって、一番の端っこは普通のプラグになっていた。

 大佐が模擬装置のドア?扉?

 よく分からないけど、出入口の所を跳ね上げるようにしている。

 そこが搭乗口?

 軍曹が入れと指さしている。

 指図通りにその模擬装置に入ると座席が縦に二つあった。

「前に座りたまえ」

 軍曹の指図通りに座ると、頭にかぶっている受話器のコードを座席の横に接続してくれる。

 僕の目の前に、湾曲したスクリーンがあって、その下にはよく分からない計器がたくさん、そしてボタンやスイッチが所狭しと並んでいた。

 そして、戦闘機の模擬装置だから、座席の前には棒が一本ある。

 これって大佐が言っていた操縦桿?

 操縦桿にはボタンが二つ付いていた。右にはレバーハンドル?

 よく見たらエンジンスロットルの表示、左も形が違うレバーハンドルが2つある。それが何かはよく分からない。

 全体として、戦闘機のコックピットになっているわけか。

 軍曹が後ろの席に座って、何か操作している。

 模擬装置の電源が入り、タッタッタッタとメーターなんかの照明が連続に点灯していく。

 ブンと言う音がして模擬装置のどこかでファンが回りはじめていた。

 それぞれの計器が明るく灯り、まるで早く動かしてくれとばかりに待っている、そんな感じだった。

 ただ前面の湾曲したスクリーンはグレーのままだった。

「あーあーあー、俺の声が聞こえるか」

 突然、軍曹の声が耳に突き刺さる。

「ハイ聞こえます、ものすごく大きいです、耳が痛いぐらいです」

「よし、小さくした、どうだ?」

「はい、だいじょうぶです」


「この音が聞こえるか」


 ぷーーーーーーー


「はい、左右から聞こえます」

「いいか、音が変化する、どんな風に変化したか、言いたまえ。

 感じた通りでよいから、どんな風に聞こえたか、どんな風に感じたか、それを報告する感じで言いたまえ」

「わかったか?いくぞ」

「返事は」

「はい、わかりました、おねがいします」



「いいか、この音は聞こえるか」


 ぴーーーーー


「はい、右から聞こえます」


 ぴーーーーーー


「はい、今度は左です」


 ぴーーーーーー


 うん?

 聞こえ方が変わっていた。うしろ?

 後ろから聞こえる?


「どうした?

 聞こえるのか」


「はい、聞こえています。

 うしろですか?

 後ろから聞こえています」


「よろしい。 感じた通りでいい、それを言いたまえ。

 では これは」


 ぴーーーーーーー


 また音の方向が変化していた

 前だった。

「聞こえます 前から聞こえます」


「よろしい 音の方向が変化するぞ。

 どっちから聞こえるか、答えたまえ」


 ぴーーーーーーー


「前です」

 音が動き始める

 右へ移動していく

 ゆっくりと信号音は動いていた。

「右へ移動しています」

 右へ、右へと移動して、そして、僕の横へと回り込んでくる。

「右真横から聞こえます」


「よろしい、では方向を時計の時刻で言いたまえ。

 前は12時の方向、後ろは6時の方向、右は3時左は9時だ。

 こんな感じで報告したまえ。

 音源移動、 3時から2時へ、 続いて12時へ、

 ただいま12時で補足中。

 理解したか。

 返事は」


「ハイ理解しました。お願いします」


 ち----------


 無茶苦茶高い音だった。それが右真横で聞こえる


「高い音、3時の方向に音源です」


「よし、いいぞ」


 チ-----------

 音が変わった さらに高い音だった。


「音源の周波数高くなりました。 3時の方向で補足中」


 チ-----------

 ぷ-----------


 うん? 音が増えた?


「音源が増えました。

 ちーーーーーという音源を3時に捕捉。

 プーーーーーという音源11時に捕捉」


「よし、いいぞ ちゃんと聞き分けられているな」


 チ-----------

 ぷぅーーーーーーーーーーーーーーーー


 ぷーという音が動き始める。


「プー音移動します。 11時から9時の方向へ移動していきます。

 今8時、 7時、 6時へ移動、 今、停止、6時で停止。

 そのまま捕捉中」


 ふっとチ-----音がなくなる。


「チー音無くなりました。プー音そのままです」


「よし、いいぞ。

 次は少し複雑になる。

 この音が加わる」


 ぶおおおおおおおおおおおお


 何かのエンジン音?

 方向は全周と言う感じだった。

 無指向性のエンジン音だよな。


「いいか、この音と供に信号音が入る。

 こんな感じだ、しっかり聞き分けろよ」


 ぶおおおおおおおおおおおお

 ちーーーーーーーーーーーーーーー


「どうだ?

 解かるか」


 わかる・・・・・・よな。

 11時の方向だよな。

「ちー音、11時で補足中」

「よし、わかるな、変化を報告しろ」


 ぶおおおおおおおおおおおお

 ちーーーーーーーーーーーーーーー


 ちー音が移動始めていた。


「ちー音移動しています、11時から12時・・・・・・1時へ移動・・・・・2時へ移動・・・・・3時へ移動・・・・・

 3時で移動停まりました、捕捉中・・・・・・」

「よし、いいぞ。

 信号音が変わる、こんな音だ。

 覚えてくれ」


 しゆるしゆるしゆるしゆるしゆるしゆるしゆるしゆる


 ヘンナ音だった。

 何の音かはわからない、高周波をたくさん含んでいる複雑な音だった。


「どうだ、わかったか」

「はい、わかりました」

「あのう、さっきはぴーとか、ちーとか、表現できましたけど、これは何といえばいいですか」

「それか、適当でいい。

 自分で決めろ。

 軍隊的にはただ今捕捉している信号音をA音と呼称しますという風に決める訳だ。

 だから、すきに決定しろ。

 分かったか」

「はい、じゃA音でいきます」

「いくぞ」

「はい、おねがいします」


 ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

 しゆるしゆるしゆるしゆるしゆるしゆるしゆるしゆる


「A音1時に捕捉」

 ゆっくりとA音が動き始めていく。

「A音2時の方向へ移動します」

 2時の方向で止まる。

 ん?

 小さくなる?

「A音2時の方向で弱くなります」

 どんどんと小さくなっていく。

「A音小さくなります」

 ぶおおおおおおおおおと言う音しか聞こえない。

 A音は分からなかった。

「A音無くなりました」

「よし、いいぞ。

 いいか、信号音の強さの表現は感1 感2 感3 感4 感5と五段階に表現する。

 5が一番大きい、最初に聞いた信号音を感5とする。

 そして、消える寸前の音を感1と表現する。

 感2から感4は相対的なものだ。だいたいこんなモノだろうでいい。

 絶対的な音の大きさは人間には判断できない、それをしようとするな。

 相対的に判断しろ、いいな。

 人間の耳の特性は[ あるか ないか ]検出の特性は鋭い。

 それを頭に入れて、相対的に表現しろ。

 方向と強さを報告しろ。

 次は一段レベルを上げるからな。しっかりと聞き分けてくれ。

 この音が入る」


 びびびびびびびびびびびびびびび


 聞きづらいイヤな高周波音だった。

 そうか、検出器としての耳か。

 なんか、ピタっと心に張り付く感じがした。

 このびびびの雑音の中から有意信号を取り出す検出器 ・・・・・・・・ 。

 僕の頭の中でイメージが湧き上ってくる。

 僕は僕の耳を検出器にするスイッチを入れる、そう、心の中で決めた。


「いいか、このびーと言う音とさっきのエンジン音が入る」


 びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび

 ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


「この音の中からA音を聞けたら報告してくれ。

 方向と強さだ、いくぞ」

「はい、おねがいします」


 集中した。


 びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび

 ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


 僕は両耳に神経を集中した。


 イヤな音の連続・・・・・・

 あんまりこの音を聞き続けると、たぶん、耳が痺れる気がする。


 ふう ・・・・・・  。


 無意識に深呼吸をする僕だった。



 ・・・・・・・・・しゆるしゆるしゆるしゆる・・・・・・・・・・・

 いた。


「A音2時の方向 感3」

 咄嗟に報告していた。イヤな雑音の中からA音はひっよこりと顔を出していた。

 音は小さい、感3と言ったけど2かもしれない。

 2だな、音か小さくなっている。

「A音2時の方向 感2」

 小さくなっていく。聞きづらい。

「A音2時の方向 感1」


 うん?聞こえない・・・・・・。

「A音聞こえません」


 軍曹からは何の指示もなかった。


 びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび

 ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


 エンジン音が両の耳にガリガリと飛び込んでくるばかりだった。


 何の指示もないから、テストは続いているという事だよな。


 僕は集中した。


 ・・・・・・・・・・しゆるしゆるしゆるしゆる・・・・・・・・・・・

 いた。


 後ろだった。

「A音7時の方向 感1」

 いる。

 間違いなくいる。

 ゆっくり移動始めていた。

「A音7時の方向から6時へ 感1」

 イヤなエンジン音に隠れるようにA音は移動している。

 とぎれとぎれにA音が動いている。

「A音6時の方向 感1からゼロ 今感1です」

「よし、いいぞ、君の耳はなかなかの性能だ。

 その状態は感知限界と言う。

 初めて耳で感じたならば、感有りと表現する。

 まったく聞こえなくなったら、消失と言いたまえ」

 軍曹が誉めてくれる。

 うん、なんとなく気分がイイ。


 うん? 消えた・・・・?

「A音、消失」


 うん? ・・・・・・・ 何かいる。

 あれ?

 違う・・・・・・・・音だよな。

 うん、間違いなく違うよな。


「A音と違うスルスルと言う音がきこえるのですけど・・・・・・」

「聞こえるならば、ちゃんと識別して報告しろ」

 ええ、素人の僕に軍隊的に報告しろって・・・・・・。

 少しだけ、ムカッとするけど仕方ない。

「新しい音源6時の方向 感1で補足中」

「識別名をつけろ。適当でいいと言ったろ。

 ちゃんと区別して第三者がしっかり認識できるように報告しろ。

 なんか聞こえるていどじゃイカンし、それなりに認識できているならば、名称を付与して識別しろ。

 いいか、そして識別とは、感知認識できた事象を分別数値化相対化して初めて識別したといえる。

 わかったな、以上を踏まえてちゃんと報告しろ」


 ムカッとする。


 初めてのテストで、素人の僕にそれを言いますかっていうの。

 わかりましたよ、てきとーに名前をつけますよ。

 ちゃんと識別しますよ。

 分別して、数値化して、相対化しますよ。

「ただ今捕捉中の音源、おねーちゃんFrauと呼称します。

 おねーちゃんFrau、6時の方向 感1で補足中」


 びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび

 ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

 ・・・・・・・・・・ スルスルスルスルスル ・・・・・・・・・・・


 真後ろだ。

 僕の背中の後方にいる。


 鬱陶しいエンジン音の中から、ひょっこりと顔を出すように、

 おねーちゃんFrauが僕の真後ろにいる。

 段々と音が大きくなっていく。

 それはまるで僕の後ろから、ゆっくりと近づいてくる、そんな感じだった。

おねーちゃんFrau、6時の方向 感2で補足中」


おねーちゃんFrau、6時の方向 感3で補足中」


 びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび

 ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

 スルスルスルスルスルスルスルスルスルスルスルスル


 うん まちがいなく近づいてきた。


おねーちゃんFrau、6時の方向 感5で補足中」

 来る

 すぐ後ろにいる。

 来た 来た 来た 来た 。


 びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび

 ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

 スルスルスルスルスルスルスルスルスルスルスルスル


おねーちゃんFrau、方向は中央 感5で補足中」

 そのまま、おねーちゃんFrauは前へ抜けようとしている。

おねーちゃんFrau、さらに移動 12時の方向 感5で補足中」

 そのまま、おねーちゃんFrauは僕の前方を進んでいく。


おねーちゃんFrau、さらに移動 12時の方向 感4で補足中」


おねーちゃんFrau、さらに移動 12時の方向 感3で補足中」


おねーちゃんFrau、さらに移動 12時の方向 感2で補足中」


 段々と離れていく。僕の前を駆け抜けていく感じになっていた。


おねーちゃんFrau、さらに移動 12時の方向 感1で補足中」


おねーちゃんFrau、さらに移動 12時の方向 感知限界 消失」


 びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび

 ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


 あの鬱陶しいエンジン音しか聞こえない。


 突然、プツンとそのエンジン音も無くなる。

「テスト終了だ」

 軍曹が教えてくれる。

 聴力検査の終わりか、あの鬱陶しいエンジン音が耳にこびり付いている感じがする。

 テストの成績はどうなんだろ。

 まあ、それなりに応答できたから悪くはないと思うけど実際の所は判らない。

 深く考えても仕方ないね、それよりも暗所検査の方が気になるよ。

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