第5話

プロローグ5


緊張しながら室内に入る。


「座りたまえ」


僕に声が掛かる。

声の主を見たら、うおっ、朝にお世話になったあの大佐だった。


「よろしくお願いします」


そう答えて、大佐が座れと言ったイスに座る。

どうもここは大佐の執務室らしい。

簡素だが、がっしりとした両袖机がどんと置かれた部屋だった。

壁にはいくつかの地図とが貼り付けられていた。

鍵付きの脇机が壁側に5台ほど置かれていて、いかにも重要な書類を入れていますよと言う雰囲気を出していた。

大佐は両袖机を背中にもたれるようにして、僕を見ている。


いや、ちがうな。

見ているではなくて、観ていると表現した方がいい。

大佐の視線が、僕を裸にしていくような感覚にさらされていく。

まあ、身体検査で本当にハダカになっていたから、大佐の視線にそんな感じを持ったけど、視線そのものはまるっきり苦にならなかった。

ただ、やっぱり緊張はする。

朝の大佐の雰囲気は親切な兵隊さんというか、やさしい大佐殿という感じのレベルだった。

だけど今の大佐は全然違う雰囲気を身に纏っていた。

高位軍人としての威厳と言うのだろうか。

それは大佐の身体から放射されているというか、じんわりと湧き出しているというか、大佐のその雰囲気が僕の緊張を、だんだんと強めていく。


おちつけ。

おちつくんだ、おれ。


「実は君の面接の時間を多くとりたいために最後にしたんだ。

朝、君の出頭命令書をみて面接を楽しみにしていたんだよ。

やっぱり、陸軍・海軍どちらでもいいのだね」


うわっ、面食らう内容のはなしだよ。

朝、出頭命令書を見せろと言われたから見せただけなのに。

まさか、面接でこの人に出会うなんて思いもしなかった。


「はい、海軍でも陸軍でもどちらでもいいです。

自分の適性に合ったモノと言いますか、方向と言いますか、能力を発揮できる方向に進みたいです」


「ちなみに今の生活はどうしてる、どこに住んでいるのかい?」


「はい、第三大学学府内学生寮に住んでいます。まあ、11か月軍事教練になりますから、そこからは出ないといけません。近々退寮することになります」


「つまり、親元を離れて学生寮で一人で自活しているわけだね」


「はい、そうです」


「君は大学ではどんな勉強をしているのかい」


「1回生をほぼ終わったばかりですので、いわゆる教養課程だけしか講義をうけていません。

ですので、基礎の物しか勉強していません」


「それは大学の専門課程はまだ決めていないということかい」


「はい、まだ専門課程を選んでいません。1回生が完全に終わったわけじゃないですから。

実は今回、参軍募集に応じたのは軍で見聞を広げて、それから今後の進む方向をしっかり考えてもいいだろうと思いがありました。

特に軍において材料素材の研究、冶金学や推進機関の基礎研究もなされていると小耳に挟みました。

冶金学の成果はそのまま軍に反映されるとも聞いています。

そんな研究の成果に直結する現場そのものを見てみたいという考えがありました。

だからと言って、教練の現場でそれらのことでうんぬんかんぬんと言うつもりはありませんが、自分の視野を広くするという意味でも応募にいたりました」


大佐は僕の答えに満足したかのように頷いている。


でも・・・・

でも・・・・いつから僕はこんなウソをすらすらと言えるようになったんだ。

応募の理由はめんどくせーことは早く終わらせる、ただそれだけだよな。

うん、間違いなくそれだけだよ。

それをまあ、さも真面目に視野を広げるって ・・・・・

まあ、いいや。


でも、でも ・・・・・・ 

軍隊の生活、その体験は良し悪しは別にして、やっぱり、貴重なものになる。


 その思いは僕のこころに確信と言っていいほど、強固に存在していた。

 なぜだ、なぜそんな確信があるなんて。

 

自分でも、自分の中に、そんな思いがドンとあるなんて解かっていなかった。


 あのな。

 経験値を高める。

 それはこれからの僕の人生にプラスになる。

 

もう一人の僕が、そう囁いていた。

なるほど、確かにそうだよな。

その意味で軍隊の体験は僕の視野を拡げてくれる。

それは間違いない。



「ご両親は何をしている?」


「農民です。大麦や米なんか作っています」


「ではご両親から毎月なり仕送りがあるわけだね」


「はい、おかげさまで国立大学に受かりましたから、学費はものすごく安いので助かっています。

学生課で紹介してくれる短期アルバイトで生活費稼いで、両親からは小遣い程度送ってもらっています」


大佐は僕の回答に満足げに頷いている。


「教練についてはどのようにおっしゃっているのかな、ご両親は」


「はい、軍事教練は国民の義務だから、早めに義務履行して自由になった方がいいと常々言っておりました。

ちょっと言いにくいのですが、まあ、ぶっちゃけて言いますと面倒なことは早く済ませた方があとが楽だよと、それは父も母も同じもの言いです」


「なるほど」


大佐のなるほどの言葉には多少の苦笑というか、そんなものが混じっていた。


「それで君に聞きたいのだが趣味はなにかな」


「趣味ですか、趣味というほどでもないですが低山登山とでも言うものです。

まあ、低山登山という言葉は僕が勝手に言っているわけですが、いわゆるハイキングコースを2泊3泊と時間をかけてするのが好きです」


「ほう、日帰りのコースを2・3泊かけてするという事かい」


「はい、そういうことです」


「キャンピング用品はどのくらい用意するかい」


「ごく普通の物を僕は利用しています。キャンピンクザックに入るものばかりです。

ツェルト、寝袋、雨具、あとはコッヘルに固形アルコールとその折畳コンロと水筒ですかね。

冬はやりません。低山といえども危険性が高くなりますから」


「陸軍の行軍では通常装備なら45モル***作者注意 作中世界の重量単位約33kg***程度になる。

完全装備ならばさらに増えて、52モル、君のその趣味ならばどのくらいの重さかな」


「その半分もないですね、18モル程度でしょうか」


大佐はふむと頷き、一息あけてから、僕の顔をじっと観た。


「ちょっと聞きたいけど、ちなみに円周率はいくらだい」


 一瞬、えっと思ったけど、次の瞬間すらすらと答えることができた。


「3.1415926 ・・・・・・ そこまでしか覚えていません」


「よろしい、ではもう一つ質問なんだが、荘園の経済活動支えていた基礎制度がある。

まあ、我が国の制度だけでいいが、それはどんな制度かね。

その制度により、何がどうなったか。

我が帝国の歴史に鑑み、君の思うところを聞かせてくれ」


うおっっ、     ・・・・・・・ 。

歴史の問題か   ・・・・・・・ 。

えっと ・・・・・・・・・・・ 。


うん、たぶん、これだ。


「はい、帝歴652年に公布されたマール大公の帝国検地令がそれにあたると思います。

マール大公は税のより公正な収受に苦心されました。

農作物の取れ高により税を決めていましたが、荘園ごとのばらつきが多いこと、それは農地田地のきっちりとした地権の確認と面積の確定がなされていないこと。

それが原因で大型荘園であるにもかかわらず、税が低かったり、逆に小さな荘園にもかわらず税が高くなるケースがあり、それが結局、農夫農奴の生活を圧迫していきます。

農夫や農奴の日常的な困窮は、災害時に流民発生の直接的原因となっていました。

流民はそのまま荘園の経済基盤の脆弱さを生み、それは帝国全体の税収の低下を招きます。

 特にマール大公は流民の発生に心を痛めていました。彼らの生活の悲惨さを幼少の頃、自らの眼で知っていたからです。

それゆえにたとえ強権を用いて荘園主の反発があっても、徹底した検地をすることによって税収入の公正を確立し、荘園の税負担の公正を図り、税を上げることができるところは上げて、税を下げるところは下げました。

そして、新規農地開拓の資金の貸し付けを行い、有力荘園の新しい農地開拓に協力していきます。新規に開拓された農地にも正確な検地を実施し、さらに税の取り立ての公正を図りました。

新規農地については、その農地が本当に期待される農作物の取れ高になるかを吟味して、農地としてその立ち上がりの不安定期において税負担の割引を実施しました。

それが多くの荘園主の信頼を勝ち取り、荘園そのものの収入の向上へと繋がっていきます。

荘園主の信頼を集めると、末端の農夫たちの負担を下げる方向で税の取り立ての調整するべく荘園主を説得して、彼ら農民農奴の生活安定を図りました。

さらにマール大公は検地令の成功のあと、荘園の経済的基盤が従来に比べてしっかりした時点で、災害時の荘園互助システムである『 ほどこし組 』を組織していきます。

帝国全土と各植民地の荘園に普及するべく邁進されました。

余剰物品を備蓄して、災害時に互いに救護するべく融通しました。

 その結果は災害復旧の大幅な時間短縮になり、大公が意図した税収の増加と流民発生がなくなる効果を生みます。

それらはすべて検地令がうまく導入されたゆえの効果と言えます。

もし、検地令が導入されていないならば、マール大公の御代では税収入の安定化は望み薄かったと思われます。


 結論として、検地令の実施は帝国国力の基盤の安定と帝国臣民の民生の安寧をもたらし、帝国にさらなる発展をもたらしました。


だいたいこんなところでしょうか」


「よろしい。

上出来の答えだね。

なかなか君みたいな解答をよこすものは少ない。

軍曹、何分かね」

「はい、全反応時間は3分48秒です。

初期反応時間は5秒です」

「うん、実によろしい」


振り返って軍曹を見たら、手にストップウォッチを持っていた。


うわっ、反応時間って、ぱーぺきにテストか。


他の人の面接と僕の面接はまるっきり違うってことだよね。

大佐が言った「君の面接の時間を多くとりたいために最後にした」というはこういうことか。


僕がびっくりしていると、大佐はまるで小学生がイタズラに成功した時の笑いのようなニタッとして僕に声を掛けていく。


「さて、本題に入ろう。

さっきの一連の適性分析質問での結果はもう出ている。

今回の心理分析から、君の心理傾向はある程度掴むことができている。

その結果から軍としては、より深く君の心理的な傾向を検査分析する必要があると判断した。

それでちょっとした検査を実施したい。

それには多少の時間が掛かる。

二日の時間が予定されている。

なに、何も心配しなくてもいい。ちょっとしたこづかい稼ぎができると考えてくれたまえ。

説明しよう。

つまり、日当が出る。

予備検査で日当が出るなんてふつうは無い。

だが、君の適性を調べるために、たとえ日当をだしても、君に対して、より深い検査分析が必要と軍は判断している。

ただし、それは任意だ。

君にはそれを拒否して通常通りの参軍予備検査を要求する権利がある。

何を言っているかというと、二つの選択がある。

これで予備検査を通常終了するか、さらなる検査を受けるか。

つまり、帰宅するか、陸軍特別考査という名の検査を受けるかだ。

君は参軍募集に応じているわけだから、これから陸軍なり海軍なりに配属されて11か月の軍事訓練を受ける訳だ。

当然、給与の支給がある。まあ、軍事教練の給与は安い。

日割りして、日当にしたらわずか400ディール***作者注意 作中世界の貨幣単位約800円***だ。

 今回、君の適性を調べるため二日間という時間を必要とする。

もちろん二日間タダ働きなんてことは言わない、軍は太っ腹だ。君に日当を支給して検査する。

それは陸軍特別考査と呼ばれている。考査といっても実質それは検査になっている。

それで肝心の金額なんだが、1日当たり6000ディール***作者注意 作中世界の貨幣単位約1万2千円***の日当を支給する予定になっている。

だから、軍内での酒保つまり売店だ、そこで使える軍票としての金額、それだけの金額が君の口座に振り込まれる。

参軍募集に応じた者には軍務信用金庫に新たに口座を作る。君の口座だ。

まあ、すぐにシャバでは使えない、これは規則なんで仕方ない。

どうだね、二日で12000ディール稼げる。

わるくないだろう。

一応、確認するが寮は何日間か空けても大丈夫だね。

何か特別な予定が、ここ4・5日間にあるかい。

事前に連絡を入れる必要はあるかい」


「寮に関しては、一か月以上留守にするときは届けが必要となります。

今は特別なにも予定はいれていません。

みんなと一緒にキャンプするときなんかは5日間ぐらい普通に空けていますから、それは大丈夫です」


二日で12000ディールか。

二日でそれだけ稼げるなんて、確かに悪くはない。

でもどんな検査なんだ。

その内容を聞かなくて、はいとは言えないよ。


「でも、実際どんな検査なんですか」


「簡単な検査だ。聴音検査と呼ばれている検査の一つだ。

実際どうするかというと、まず暗ーくて、狭ーくて、戦闘車両を模した部屋の中で聴音検査だ。

まあ、冗談だよ。戦闘車両を模したという本当だ。ただ薄暗い、そんな条件で聴覚検査を行う。

それは30分程度ですぐに終わる。

 肝心の長くかかる検査は心理適応検査と呼ばれている検査だ。

狭いトンネルの中で二日間、じっとしているというものになる。

つまり、閉所耐性検査、暗所適応検査と呼ばれる検査を受けてもらう。

そして二日後に簡単な面接で検査は終了する。

まあ、暗所恐怖症とか、閉所恐怖症というモノを持っていないかを検査するわけだね。

閉所恐怖症なぞというものを持っていると陸軍ならば戦車や装甲車の搭乗員にはできないね、間違いなく。

海軍ならば艦船は有事において、すべて隔壁閉鎖が行われて、居室は密閉されてしまう。

いざという時に恐怖症で役に立たないというのは困るわけだ。

だから閉所・暗所適応不可の者はしっかりと判別しなければならない。

彼らは別の業務というわけだ。

君は自分の適性に合った業務に付きたいということだったね。

だから軍としては、君の希望通りに君の適性に合った業務と考えている。

合理的な結論として、君の適性つまり心理的傾向をよく調べなければならない。

よって二日間という時間をかけて、軍は君に心理的適応不可の条件はないか調べようというのさ」


大佐はどうだね、理解したかいとばかりにニヤッと笑っている。

まあ、二日か。

今の僕には時間はたっぷりある、だから受けて小遣い稼ぎするべきだね。

あたまの中で、もうひとりの自分がそうささやいている気がする。


おいおい、ちょっとまて・・・・・・それ甘い話だろ。

大丈夫かよ、その話。


もうひとりの自分がビビっている。

暗いトンネルで二日間も・・・・・なにをどうして、僕を調べるのだろうか。


だから聞いてみた。


「あのう、二日間、ただじっとしているということですが、トンネルで寝るだけですか。

どんなふうにじっとしているのですか。

単純にごろんと寝ているだけなんですね」


「うん、真っ暗なトンネルの中で、横になってじっとするだけだよ。

ただね、単純にじっとはしない。そこは検査だからね。

君がどんな反応をするかチェックする。

つまりだね、時々、ブザーが鳴る。

ブザーが鳴ったら、あるボタンがあり、それを押す。

そして、時々、入り口のドアがガンガンと叩かれる。

それを聞いたら、中にハンマーが置いてある。

それで壁をガンガンと叩く。

それだけだよ。

真っ暗と言ったけど、懐中電灯は渡す。寝袋と懐中電灯とともに中に入ってもらう。

それで二日間、暗所閉所に対する心理負担がどのくらい君に影響するかを試験する。

腕時計はこちらで預かる。

つまり、時間がどれだけ経過したか、それがわからない状況での君の心理反応を見る。

人によってはまだ半日しか経過していないのに、ものすごく長く感じる場合がある、それが恐怖心に裏返る場合がある。

その反応が起きるか、どうかなんだ。

大丈夫だと解っていても、それは起こることがある。

だからね、まあ、怖くなる性質があっても仕方ない。

怖くなって、そこから出たいと思ったら外へ出たらいい。

それは恥ずかしいことでもなんでもない。

暗所閉所に対する心理的反応そのものを確認するためだから、怖いならば外に出たらいい。

さっき解いてもらった数学のテストと一緒だ」


ここまで説明をすると大佐はひと呼吸おいて、僕の顔を見た。

じっと僕の眼を観て、僕の表情を探るようにゆっくりとまた説明を始めていく。


「 できなくてもいい。

できるか、できないか、それの確認だ。

怖くなったら出してくれと叫んだらいい。

当たり前だけど、出入り口にカギはかけない。

君が外に出たら、試験はそれで終わりだし、二日過ぎたらこちらから出入り口を開けて、君を外に出して終了となる。

中にはトイレもあるし、食料もちゃんと用意する。

食料は陸軍緊急航空食なるものなるけどね。

まあ、平たく言えば非常食だ。味は悪くない、ちゃんと食える味になっている。

ドアを開けて、夕食を支給するとはいかない。あくまで密閉された暗所での心理負担を見る検査だからね。

怖ければいつでも止められるから心配はしなくてもいい。

今の説明を聞いて、あたまからこの試験そのものが怖いと思うなら、当然、拒否していい。

どうだい?試験を受けるかい」


最後の説明では、大佐はニヤニヤしながら僕に説明してくれた。

ただね、大佐のニヤニヤ顔というか、それが妙にしゃくに障るというか。

暗所恐怖症の腰抜けは不要だよと言われているような気がして、なんかね、カチンとくるというか、しゃくに障るのよ。

僕の心の中に、妙な対抗心がモクモクと湧き出てね、おい、おまえ、このままでいいのかと、もう一人の僕が睨んでいる。


[ 暗い所が怖い者なんて軍にはいらねーよ、帰れ ]と君は言われたらどうする?


 その時の僕の気分は、大佐からそう言われたのと同じと言ったらわかってくれると思う。

日当の金額がどうのこうのよりも、ただね、僕は暗所恐怖症じゃねーし、閉所恐怖症でもねーよ、何としても僕はそれを証明しなければならない。

そう思ったから「はい、わかりました。お願いします」と大佐に検査を受けることを申し出たんだよ。

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