第4話

プロローグ4


「では最後の個別面接になります。

面接が終われば、きょうはそれで終わりです。

そのまま帰宅してください。

お昼近くになりますので、駐屯地内の食堂が利用できます。

皆さんは無料で利用できます。

食堂の受付で今持っている出頭命令書案内を見せてください。

それで無料チケットをもらえます。あとは食堂の指示に従って食事をしてください。

1週間以内に再度出頭命令が来ます。命令書に従って行動してください。

もし、出頭命令が来ない場合は駐屯地に問合せしてください。

よろしいですか、陸軍からの正式な命令書です。軍務郵便という表記ですべて郵送記録郵便で送達されます。

いいですか。

よって、郵送事故で届かないということはあり得ません。

ですので、必ず問合せしてください。

では面接を行う部屋へ案内しますので、また私の後に付いてきてください」


素気のない機械的な説明だった。


案内の兵隊さんがこっちにこいとばかりに歩いていく。

言われたとおりに後を付いていく。


講堂が体育館かよくわからないけど、いまいましい身体検査の会場を出る。

こんな扱いが11か月間続くのかなと思う。

それを思ったら、少々げんなりとするな。

たまに新聞で見かけるというか、報道されている事件がある。


脱柵。


軍から逃げる連中の事件だ。

定期的に新聞紙上に現れて、いろいろと書かれている。

全国で脱柵する連中は、軍全体から言えば、ほんの僅かだけど、でも、間違いなくそんな奴らはいる。

何々駐屯地から脱柵した初年兵の何某が、某所にて盗みを働いている所を警官と憲兵に取り押さえられたなんて記事になっている。


 いろんな軋轢があって逃げるのだろうな。

そのまま逃げたら金なんか無い、だから、盗みか、強盗か、何にしても不法な事で金を手に入れることになるよな。

身体検査でさえ、あんなイヤな思いする。訓練ならもっとキツイこともやらされるのは目に見えているよな。


ああ、ちょっとへこんでしまう。


この案内の兵隊さんは、毎日、どんな思いで軍隊生活しているのだろう。

案内の兵隊さんの背中を眺めつつ、駐屯地の中を歩いていく。

駐屯地の出入り口である門から続く中央通路というか、道路というか、そこまで出て、それに沿って駐屯地の奥へと進んでいく。


やっぱり駐屯地は広い。

てくてく歩く。

身体検査の会場から出て10分も、てくてくと歩いていく。


面接の会場となる建物へと僕たちは案内役の兵隊さんの後に付いていくのだが、これって、牧童に誘導されていく羊とおんなじだな。

そう思いつつ、やっぱり僕たちは家畜とおんなじ扱いなんだという思いがモクモク涌いてくる。


逃げたい。


そう思ったけど、僕はあほうと僕を叱咤した。

何をいまさら逃げるなんて。

そんなことはできない。

もうひとりの僕が目の色を変えて逃げるなと叫んでいた。

おまえは男だろ。

そう言って、僕を睨んでいた。

ンな事、言ってもよ、これからものすごくつれーよ、しんどいよ、やめたくなるよ。

別の僕がまたプーたれている。

うるせーよ。

だから、鬱陶しい事はさっさとやってしまって、あと楽しようという為に来ている。

ここでやめたら、そう、ここでやめてしまったら、また、めんどーそのものになる。

おまえはトラブルメーカーになりたいのか。

だから、何が何でも11か月の間は身体を動かして過ごせばイイ。

たった11か月だよ。

2年も5年もいる訳じゃないよ。

1年もいない、11か月だ。

できるよ。

できるし、やるんだよ。


それに、それは ・・・・・・・・

義務だ。


義務を果たせ。

それ以上でも、それ以下でもない。


僕は僕を説得した。


どうやら、納得したらしい。

僕に文句を垂れる僕も、逃げたいと言っていた僕も、じっとだまっていた。


そして、連れられてきた建物、そこの看板が【 陸軍第403駐屯地司令部 】となっていた。

そこが面接の会場らしい。


 はぁ、ここが司令部というところか。

なんというか、ものすごく地味な建物だね。

司令部って、もっと違ったイメージをもっていた。

だけど、その建物は思いの外小さい建物だった。

2階建てだけど窓が小さい、その分だからか、なんだか頑強に作られている感じがする。

駐屯地司令部と看板のある出入口はドアなんかは無く、通路になっていて、そのままズンズンと奥へと誘導と言うか、案内と言うか、面接のするところへと僕たちは導かれていく。

その通路を進み、ある程度の奥というか、たぶん、建物の中央部分にあたると思う。

そこまで来ると案内の兵隊さんが立ち止まる。

そして、また、僕たちに声を張って指示していく。


「はい、ここで待機です、その椅子で待っていてください」


そう言うと案内の兵隊さんは、そのまますぐ近くのドアに入ってしまう。

廊下には長椅子がいくつか置かれていて、そこに座って待つことにした。たぶん、時間にして10分ぐらい待ったと思う。


打ち合わせが終わったのか、また、さっきの案内役の兵隊さんがドアを開けて、出てくる時だった。

部屋の奥から「ちょっと待ってくれ、軍曹」と声が掛かり、ドアを開けて部屋から出ようとしていたけど、またドアを閉めて部屋に戻ってしまう。

それで案内役の兵隊さんは軍曹なんだと、僕は理解した。

その時は軍曹って解らなかった、まったくの素人が襟章や普通の階級章を見て、ああ軍曹だ、上等兵だとすべての階級を知っているわけじゃないもんね。

案内役の兵隊さんの襟章は小さい星が一つに白線が一つの襟章、今では一目で判るけど、つまり軍曹さんだね。


しばらくすると、またドアが開いて、軍曹が出てくる。

また、声を張って僕たちに説明していく。


「では面接を行います。

順番は逆になります。3番の人から入室してください。

5分から10分程度で終了する予定です。

あとは食堂へ行き昼食をとってください。

それで本日は終了です。

先ほど説明しましたが、1週間以内に再度出頭命令が来ます。

命令書に従って行動してください。

もし、出頭命令が来ない場合は駐屯地に問合せしてください。

駐屯地の電話番号は案内書にちゃんと印刷されています。

よろしいですか、もう一度言います。

陸軍からの正式な命令書です。すべて郵送記録郵便で送達されます。

よって郵送事故で命令書が届かないということはあり得ません。

ですので、一週間を過ぎても出頭命令書が届かない場合は、必ず必ず問合せしてください」


おまえら、ちゃんと理解したかという表情で軍曹の身体からはそれなりの圧が放射されていく。

ハイわかっていますとばかりに僕らは頷いた。

僕たち三人の表情を確認したら、軍曹は3番の人に入れとドアを指し示していく。

3番の人が入り、続いて軍曹が入り、その時に軍曹は確実にドアが閉まるようにバタンと閉めていく。

まるでドアが不完全に閉まって、中の音が外に漏れてしまうことの無いように、特に残った僕たちに絶対に聞こえないようにといった感じだった。


5分から10分待ち時間、なんか、面接待ちの時間って手持ち無沙汰でしっくりこない。

しかも僕の面接は最後になっている。

まあ、ジタバタしても仕方ないよな。そんなことを思っていると3番の人が出てきた。

時間にして5・6分かな。それで終了だよな。

2番の人が3番の人に「どうだっだ?」と聞いている。


「いや、特に何もないでよ。

どっちに入りたいと聞かれたから陸軍と言ったのよ。

んでね、何でと聞かれて大型免許取らせてほしいと希望を言ったのよ。

そしたら希望は大型免許だね、はいそうですで終わり、んで出てきた」


なるほど、本人の希望の聞き取りがあるのか、と言っても今の話だったら、自分から進んで希望を言っただけだよな。

理不尽な組織の代表といえる陸軍の面接で自分の希望が通るだろうか。

まあ、希望は言えるってことか、それが叶うかどうかは別問題だよね。

陸軍に入ってから何らかの免許って、11か月で軍事教練が終わる、1年未満しか軍にいないのに、そんな奴に軍は金かけて免許なんて与えるのかな。

それってそのまま軍に留まらないと無理だよな。

まあ考えても仕方ない。

僕には大型免許を取りたいなんて希望はないもんな。

トラックなんて乗りたいと思わない。わるいけど、だから何の参考にもならないとおもう。


「それじゃ」と言って3番の人が出口の方へと歩きだしていく。

「さあ、俺の番だ」2番の人がそうつぶやいて、よしとばかりに立ち上がる。


チラッと僕の方を見るから、僕も会釈する。

そしてドアの向こうへと入っていく。

すると中から声が掛かる、軍曹の声だった。


「ドアを確実に閉めるように」


ドアのノブが閉まっているのを確認するようにガチャガチャと音を立てていく。

それから音なしというか、まるまる6分程度の時間が経ってから、ドアノブがガチャと音を立てて2番の人が出てくる。


やはり面接は5・6分で終わるみたいだね。

2番の人が3番の人に声を掛けたように、こんどは僕がどうでしたと聞くと「うん、とくに何もないよ、どっちに入りたいと聞かれて、陸軍と答えたよ。

んでね、なんでとやっぱり聞かれたから、実はこんなに太っているからみんなの迷惑になりたくないから、炊事兵になりたいといったのよ。

まあ、家業が食堂なんでね、それなりに包丁は使えますとね。

それから、得意の料理はなんだとか、軍では1000人とか2000人とかの料理をする、それらの経験はとか、残飯の後始末はどうしてるとか、いろいろと料理関係のことを聞かれて、それでおわりだったよ」

はあ、そうですか、ご苦労様ですと言って、僕は2番の人を見送った。


面接では、やっぱり希望は聞いてもらえるという事かな。

最後は僕の番だね。

ドアが半開きになって、軍曹が顔を出していた。

お前の番だと目で合図してくる。

僕は黙って頷いて、面接を受ける部屋に入った。

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