第3話
プロローグ3
全裸での身体検査が始まっていく。
こっちにこいといわれて、そのまま付いていきパテーションの無いところへと誘導されていく。
やっぱりなんというか、そこは講堂というか、体育館というか、そんな施設だった。
いくつかの長テーブルと何人かこの検査を担当する兵隊さんがそこにいて、僕等を見ていた。
その僕たちの検査を担当する兵隊さんなんだが、みんなけっこう年齢がいってる。
年配のいかにも、陸軍の古株だという兵士たち、たぶん入隊したらこんな人たちにしごかれるだろうなと思える雰囲気だった。
その兵士たちの表情がなんとも・・・・・・。
まあ、なんというか、かったらるそうな顔と言ったらわかってくれるよね。
そんな表情でじろじろ見られながら、身体検査が始まっていく。
ひとりの兵隊さんが前に出てて来て、じろりと僕たちをみていく。
たぶん、古株の衛生兵だろうなと思う。だからと言うか、高圧的な態度で指図してくる。
最初に号令がかかる。
「・・・ 注目 ・・・ 。
こっちを見ろ。
横一列にならべ。
もう少し、間隔をあけろ。
いいか、手足の動きを確認する。
俺の通りに手足を動かせ」と指示が飛んでくる。
その人が両手を上げていく。
もちろん、僕も両の手を上げる。次は右足を前に一歩前へと体操めいたことをしていく。
僕たちはそれを見て、同じように手足を動かすだけ。
早い話が身体機能確認というやつだ。手足がちゃんと動くかを検査していく。
いちに いちに いちに ・・・・・・・
右手を上げる。
左手を上げる。
右手を下げる。
左手を下げる。
右足を一歩前へ。
右足を戻す。
左足を一歩前へ。
左足を戻す。
あぁぁ、ハダカ踊りの練習だね。
股間のいちもつがぴょんぴょん跳ねて、右・左。
まぬけだわ。
いい年をした男がハダカ踊りと言う感じ、それも自分で踊るわけでもなく、糸繰にんぎょうのように、いちにいちに・・・・・・
たぶん、パテーションの影で、誰か僕らのことを笑っているような気がする。
僕だったら、間違いなくクスクス笑うよね。
全裸でいちにいちにと手を上げ、足を上げ ・・・・・ まぬけな雰囲気 ・・・・・
正直ね、また、笑いそうになった。
あの2番の人だ。
一生懸命に手を上げ足を上げやっている。
でもね。
2番の人、太っているからか、妙にオカシイ。間違いなく、本人は必死でやっていると思う。
でも、でも、 ・・・・・・・ ごめんね。
笑いそうになる。
もちろん、笑うわけもいけないから、歯を食いしばってガマンだよ。
必死になって、歯を食いしばった。
僕の大学の体育館で、これをやったら・・・・・・、たぶん、僕は大笑いしている。
そんなこんなで、まず最初に検査されるのが、身体機能確認だった。
手足がちゃんと動くかの確認をハダカでするわけ。
動かないならば、機能障害なのか、単なる骨折なんかの一時的なモノなのかの確認をとるらしい。
歯を食いしばりながらハダカ踊りの検査が終わったら、その次は別の担当の人が、バインダーに挟み込んだ用紙に、いろいろとチェックしながら僕の体をくまなくジロジロとみていく。
身体特徴確認という検査だった。肌に入れ墨とか、生まれつきの痣とか、確認する。もちろん、髪の色も、瞳の色も確認されていく。
幸い僕の体には痣も入れ墨もないし、特に目だつような火傷の跡とか、大きなケガの傷跡もない。
一番最後に来た人、3番の人が、なんか声を掛けられていた。
「おい、この傷はなんだ。
手術痕か」
「はい、子供のころ、自動車事故に遭い、そこの部分を複雑骨折しました。
その手術の痕です」
どうやら、右足のひざ下に手術痕があるみたい。それについていろいろと聞かれていたね。
「右足首に影響はあるか」
「いえ、無いです」
「よし、屈伸運動しろ」
「よし、右足首をまわせ、よし、異状はないな」
その人だけ、屈伸運動と足首が正常に動くかの確認をさせられている。
痣とかキズとかの目視検査が終わると、次には掌紋や指紋の採取だった。
軍隊では兵士の身体特徴を徹底して調べるものなんだと思ったね。
特に身体特徴確認はさっきも書いたように、痣や刺青、髪の色、瞳の色、当然、指欠損の確認、手術痕の確認と手の指10本それぞれの指紋採取、それに掌紋、足紋まで採取されていく。
長テーブルの上に大型のインクスタンプがあり、それに手を当てて掌紋を採取していく、そのまま、次は指紋を別に採取。
もちろん、右手の指全部、左手の指全部、それが終わるとインククリーナーでインクを拭っていく。
それが終わると足紋採取、床に足紋を採るインクパッドがあり、「軽くだぞ、軽く踏めよ。強く踏んだらインクを取るとき苦労するぞ」そう警告を受けてインクパッドを踏んでいく。
そうやって、それぞれの体の特徴をキメ細かく記録されていく。
早い話、死んだときにこいつは誰かと確認する為の物だそうだ。
戦闘中に死亡するのだから、砲弾にあたってグチャグチャになる遺体が当然出てくる。
誰の手足かわからない。それを避けるために事前に細かく調べ上げるそうだ。
たとえ体の一部でも、それがあれば、荼毘に付してくれる。
従軍司祭の弔いが終わると、骨壺に入って家に帰ることになる。
それが陸軍の伝統だそうだ。
もっとも海軍の場合は遺体の回収なんて無理。
海戦での戦死なんて、艦とともに運命を共にすることになる。
事前に髪の毛を提出して、戦死が確認されたら、それが遺体代わりになり、遺族に送られるそうだ。
ハダカ踊りとジロジロ見られ検査が終わると普通の身体検査になっていく。
ただ、体重測定にしても身長測定にしてもぱーぺきに命令口調での実施。
それは別にいいのだけどね、ここには書かないが、その古株の兵隊さんの横柄な態度、鬱陶しいこと限りない。
まあ、軍隊って命令されて動く組織だから、仕方ないといえば仕方ないよな。
ましてや、これから軍に入ろうというまったく新人だから、何も言えない。
身長や体重なんかを測る普通の身体検査はすぐに終わってしまう。
そのころになると、いくら春になるといってもだだっ広い体育館というか、講堂というか、その中でパテーションで区切られているだけ。
さむいわ、普通に寒い。
真っ裸での視力検査なんかも寒かった。
視力検査ので使うあの矢印の表があり、そこの床には白線が横に引いてあって、ここに立てという意味の足型が描いてある。
はい、わかりましたとばかりに僕はその上に立った。足の裏が冷たくてたまらないのよ。
段々と寒さで、たまらなくなってくる。
検査の担当の年配の兵隊さんが、僕たちが寒さで震え始めているのを見て、ほれほれ寒いだろとばかりに薄笑いを浮かべている。
文句言っても仕方ないから、とっとと終わりたいとばかりに素早く行動していく。
たぶん、その辺を狙っていると思う。
次は軍医さんによる診察が始まる。
その軍医さんはやっぱり年配の軍医さんだった。
診察なんだけど、文字通り検査だね。
なんというか、率直に言うと、僕らは動物扱いだった。
喋れる動物だな、うん?
ちょっと違うか、言うなれば喋れる家畜だね、僕たちは。
それぐらい、僕たちはそんな扱いだった。
何回も何回も、高圧的な態度で指図されていく。不愉快そのもの。
まあ、軍隊だから仕方ないか。
軍隊ってそんなもの。
そう割り切ったら、うん、腹も立たなくなる。
ましてや、軍医ってお医者さんだから、まだマシだろうと思っていた。
じろりと陰険な顔で「肺病に罹ったことはあるか」と質問される。
当然、そんな病気に罹患したことないので「いえ、無いです」と答えると、胡散臭そうな表情で僕の胸を聴診器で胸のチェックしていく。
「次は背中だ」
背中を向けてまたチェック。
「大きく息を吸え」
「ゆっくりと、息を吐け、ゆっくりだ」
「あほう、もっとゆっくりだ」
見ず知らずの人にあほうと罵倒されるのは初めての経験。しかも相手はお医者様。
へぇー、軍隊のお医者さんって、こんな感じで業務をするんだと妙な感心してしまう。
なるほどな、軍隊の雰囲気そのままなんだ。
普通の病院でお医者さんが患者にあほうなんて言葉使うなんて考えられないね。
お医者さんと軍医って別の物って初めて理解できた。やっぱり、軍隊ってとんでもない所だ。
だから、僕は軍医の機嫌を損なわないように、ゆっくり息を吐く。
「ゆっくりだ、もう一度、ゆっくりと息を吸え」
「よし、異常はない」
呼吸音と心音のチェックは別に異常はないとありがたい言葉をいただく。
胸部のチェックが終わると、軍医はアゴでそこへ移れとばかり指図してくる。
鬱陶しい検査があった。
痔瘻検査。
痔瘻検査が一番不愉快になる。
板に手と足を置く手形足型が描かれている。
軍医の顔が早くしろと言う顔になっている。
わかったよ。
くそ。
みせてやるよ。
つまり、四つん這いになって、ケツの穴さらけ出すわけ。
四つん這いになって、軍医殿、さあ、目視検査してくださいとやるわけなんよ、目視チェックされるわけ。
ひどい扱いだな。
まあ、しかたねーと諦めるしかない。
昔はもっとえげつないものだったという話、触診されたそうだ。
ゾッとするね。
今はその検査はない。
だけど、四つん這いで尻を見られるだけでも相当嫌なもんだよ。
僕が四つん這いになったら、あの2番3番の人たちが僕を見ていた。
2番の人の顔は引きつっていた。
3番の人はすんげーと言う顔になっていた。
僕は見たけりゃみせてやるよと開き直った。
うん。
それしかないよ。
最後は採血と採尿でおわり。
別の軍医と思われる人が、真っ裸の僕たちをめんどくさそうに採血していくのだが、それが、まぁなんというか無言で顎でそこに座れと・・・・・・
そして、「動くなよ」一言喋って止血のゴムチューブを巻いて、僕の血管に針を突き刺していく。
そのなんというか、無機質な処理。
まあ、しかたねー。
採血が終わると採尿。
採尿はたまらなく寒かった。真っ裸でトイレへ行き、採尿缶に尿を入れる訳だが、トイレではとにかく寒かった。
そのころにガチガチと歯が鳴るぐらい寒かった。
まあ、軍隊なんて不合理な処に決まっている。だから、軍事教練なんてものはさっさと済ませた方がいいに決まっている。
その思いが増々強くなるだけだった。
身体検査が終われば、木箱の所まで戻って服が着れる。あーひどい扱いだよと思いながら、封印を破って服を着ていく。
こんな封印なんて、意味あるのかよ。その思いは2番の人も同じ見たい。
チラッと2番の人を見たら、憎々し気に封印を破っている。なんか、ものすごく怒っているように見える。
僕たち3人が服を着終わるのを見て、あの案内をしてくれていた兵隊さんがまた声を掛ける。
「服を着終わったら、また移動です。
いいですか、カギは箱の上に置いてください。
見えるように置いてください。
はい、置きましたね。
ではね、付いてきてください」
てくてくと案内役の兵隊さんのあとをついていく。さむいなぁ、早く終わらせようと思いながらね。
今度は長テーブルが用意されている所に誘導されていく。
「今日は人数が少ないですから、みなさん、離れて座ってください」
だから、適当に座った。
「みなさんの適性に関する質問票です。
質問に対して、最も近いものにチェックを入れてください」
用紙が5枚とペンも手渡される。パッと一瞥すると質問の量がたっぷりとある。
「では、始めてください」
イチバン最初の質問はこうだった。
[ 感情をすぐ顔に出してしまう方だ ]
これって心理分析のパターンだよね。
間違いない、心理傾向を探る為の質問票だった。
質問の量がたっぷりあるから、たぶん、精密心理傾向分析と呼ばれるモノ、それをやらされている。
まあ、質問に従って、①強く思う②そう思う③思う④やや思う⑤思わない⑥まあ思わない⑦全然思わない⑧絶対思わない。
そう、答えを選択するタイプの質問がたーんとある。一枚に100問もあった。それが5枚もある。
これで僕の適性が測られるわけだ。
質問に対する回答で、どんな心理的特徴を示すか、それが軍の求めているモノ。
それでこれからの僕の人生が変わる。
でも、その時はただ単に質問をこなして早く済ませたいだけだった。
今、人生の分岐点に立っているなんて、これぽっちも思わなかった。
ざっと質問を眺めてから、一気呵成にチェックしていく。こんなものは気合いだね、全部チェックするのに20分ちょっと掛かっていると思う。
①から⑧の番号を選んで塗りつぶすだけだけど、一応念のため、間違いはないか確認・・・・・・といってもそれもあっという間に終わってしまう。
質問の回答が終わったら、用紙を裏返しにしてペンを置く。それをあの兵隊さんが回収していき、別の用紙を裏返して置いていく。
チラッと見えたのはどうやら算数か、4桁の足し算引き算の問題がその時に見えた。
はあはあ、こんどは数学のテストだね、数学の知識の確認と思われるモノが出されてくる。
「数学の素養を確認します。わかる問題だけで結構です。できなくても構いません。全然問題ないです。
それで今後の不当な扱いを受けることないですから」
ものすごくしたり顔で説明している。
それから、僕達3人の顔をひとりひとり確認するかのように見ていく。
でも、その説明って、正直、ほんとかよと思ってしまう。
適性と言う言葉でひっくくって、算数ができない者はそれなりの部門へ配属されるよな。
まあ、良いとか悪いとか、それは別問題だというのは、確かにその通りだけどね。
とにかく用紙をめくって、問題をざっと見ていく。
その用紙に記されていた数学の問題は、簡単な四則計算からそれは始まり、分数の計算、代数基礎、指数対数、幾何基礎、三角関数、確率、二次方程式となっていき、最後は微分積分とだんだん難しくなっていく。
まあ、これでも一応国立大学の学生だからね、全て解答することはできた。
最後の微分積分といっても高校の教科書に出ているような基本の問題だったから、普通に微積分を勉強していたら誰でも解ける基礎的なモノ。
問題そのものが、数学の基礎を学んだら解答できる基礎の問題、そういう問題がそこに記されていた。
数学の素養を確認しますって、言っていたけど確かに、こいつはどの程度、数学を知っているかの確認するためのモノみたい。
だから僕が受験した国立大学の入試なんかに比べたら、はるかに簡単なのは間違いない。
でもね、義務教育しか出ていない人は習わないから、できないかもしれないというか、まぁ、できないよな。
バカにするつもりは全然ないけど、知らないことは答えようがないし、それに実生活に微積分なんて必要ないもんな。
まあね、仮に学習したとしてもそれが身に付いていないと、たぶんね、解けない。
その意味で基礎を確かめて、それが理解できているかを判定する、それがこのペーパーテストの意味するところだと思う。
つい最近まで、数学の講義を受けていたから、僕は有利な立場なのは間違いないよね。
大学の最初は教養課程で、微分方程式の基礎を習ったけど、アレってクイズみたいなもんだよ。
知的興味がなければまったくもって無意味だと思う。
まあ、講師の先生は学問のツールとしてそれが必要になると力説していたけど、正直あんまりピンと来なかった。
そんなことを思い出しながら、最後の微積分の解答を書き込んだ。
僕が最後まで解答を書き込むのを待っていたみたい。
終わったとたん、あの兵隊さんがすぐに解答用紙を回収に来た。他の二人はとうに書き込みを止めていたようだ。
これでほぼテストらしいテストというか、検査というか、それは終わりのようだ。
「はい、いいですか。
場所がまた変わります」
案内の兵隊さんが声を張って伝えてくる。
どうやら、この数学のテストが終わった時点でまた場所の移動になるそうだ。
最後は面接だった。
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