ある砂漠の真ん中にて
霧切舞
町と町との真ん中で
今にも焼けそうな空の下で、仮初の大地はさらに僕らを苦しめる――
「なんて言葉を考えてみたんだけど、どう?」
『そうですね、現在の天候による状況を、マスターの文章はとてもそれを良く表現していると思います』
「うん、ありがとう」
周りを見渡しても、どこまでも見えるのは砂色と蒼い青空のみ。そんな無限に続きそうな砂漠の中を、一台の大型多脚戦車が進んでいた。
空に雲はなく、真上まで上った太陽は燦々と砂漠を照らし、生物たちの体力を奪う。
多脚戦車は無機質な白で塗り固められており、凹凸も最低限のものだけになって、歪な箱のような姿をしている。
砲口は二つに根元から分かれ、平行に並んでいる。
車体には六本の脚。横につくように生えているそれの先には、砂に沈まないようにするための、かんじきのようなものを装備している。
後ろに後から付け足したような荷台には、バッテリー、食料、寝袋が括り付けられてある。
そして、荷台の上には若い青年が一人。
直射日光を避けるためか、荷台に取り付けられた屋根で作られた影の下で、戦車のガシャガシャと動く機動音を聞きながら、揺られている。
無限に湧き出てくる汗をぬぐいながら、若い青年はどこからか発せられた女性が発したようで、しかし何か、人間の声からほど遠いような無機質な声に返答した。
「それにしても……かなりの気温だと思うけど、シキの演算処理装置やら記録装置やらは大丈夫なの?」
青年が戦車に向かって語りかける。
『問題ありません。冷却ファンを稼働しています。全力稼働中なので電力消費が通常と比べ著しいですが。バッテリー交換か、充電を所望します』
声は戦車のスピーカーのようなものから発せられていた。
「冷房ガンガンなのかあ……いいなあ」
返答中でも、彼女……シキは、ガシャガシャと戦車の脚を動かす。
脚の先には沈みにくくなるよう板のような物が取り付けられている。しかし脚は一歩一歩ごとに少し沈み、苦戦している。
青年はその様子をしばらく見てから、荷台から砂漠へと飛び降りる。砂が跳ね上がり、舞う。
『極端な重量変動――マスターの体重と確認。転落とみなし、自動走行を停止します――』
「自分で降りただけだから大丈夫だよシキ。しばらく歩きたい気分なんだ」
『――わかりました、マスターを踏みつぶさないよう気を付けながら走行をします。マスターも油断しないでくださいね』
「了解」
青年が返事をし、多脚戦車の走行速度は直ぐにまた元の速度へと戻る。先ほどからマスターと呼ばれている青年は多脚戦車が作り出す影の中へと入り、そのまま歩を進める。
「次の町には夜までにつきたいけれど……この天候じゃあまり無理はできないなあ。シキも大変そうだし……」
男がため息をつく。
*
橙色に染まった空と、橙色に染まった砂漠の大地の間に、太陽が沈んでいく。辺りは少しずつ闇に包まれていく。その中を多脚戦車と男は進んでいく。
やがて、西の空から漏れていた光も無くなり、辺りは完全な闇に包まれる。
突然、多脚戦車がきしむ音を出しながら停止する。
『止まってくださいマスター。地下に多数の敵性反応を検知しました、それ以上進めば、包囲されます』
マスターと言われた男もそれに合わせて停止する。
「いつもより早いな……まだ完全に暗くなってないのに……」
『奴らも学ぶということでしょうか……? しかし……』
それは多少困惑しているような声色だった。
「今は考察なんていいから! 来るよ!」
前方からはロボット兵たちが砂を押しのけながら地上に這い出て来ている。
数は、小さいものが10体ほど。しかし奥には他のロボット兵よりも二回りも巨大なものがいた。多脚戦車よりも多少大きく4m程だ。
「……シキ、剣頂戴。僕は近くの小さいやつをやるから、シキは奥のやつをお願い」
『了解しましたマスター。そして、種類は?』
「いつもので」
『
「わかってきたじゃない」
『私は学習できるAIですので、理解までに時間はかかりましたが。格納庫から出すのでちゃんとキャッチしてくださいね』
車体の下がウィーンと開き、白い箱のようなものが中から出てくる。それを男は抱え込むように摑まえる。
彼がその手に持ったものは……大型光粒子剣 通称フォトンブレード。
縦に長い分厚い六角形のような形をしており、片方には持ち手がついている。
持ち手の中には引き金のようなスイッチがあり、これを引くと光粒子の刃が出て来る仕組みだ。
青年は引き金を何度か引く。問題なく淡い赤色の刃が出てくることを確認する。
『では、私は砲撃の準備を行います。マスターは近くのロボット兵を倒し、砲撃までの安全確保をお願いします』
「了解」
剣を構え、ロボット兵たちが居る方向を見る。白く、歪な箱のような形をしたロボット兵たちは砂を押しのけながらぞくぞくと地上に出てきている。
青年は、近くにいるロボット兵に向かって駆け出す。
まずはまだ頭しか出せていないロボットから狙った。
ロボット兵に近づき、上に剣の持ち手を振り下ろし突き立てる
剣の引き金を引き、直接中に刃を展開させる。あらゆる回路を焼き切っていく。
『ギギギ……』とロボット兵がうめく。
青年は繰り返し引き金を引く。何度も何度も回路は焼き切られ、ロボット兵は停止する。
青年には休息の時間はなかった。すぐさま離れたところにいるロボット兵へとターゲットを切り替える。
体を半分ほど地上に出すことができたロボットは、人工的な長いマニピュレーターを青年に向かい伸ばす。
ロボット兵が何本かまたマニピュレーターを伸ばして来るが、光粒子の刃の前に全て切り捨てられる。そのまま接近し本体も一刀両断。切り口が赤く光り、火花が散る。
右斜め後ろから、直径5㎝程の小さな砲口をこちらに向けたロボット兵が何度か光の粒子を撃ってくる――射線上に剣を横に構え、刃の部分で防御。
次の砲撃が来る前に、接近し、砲台よりも本体の近くである死角に潜り込む。砲台を回してぶつけようとしてくるが、これをしゃがみ込んで回避し、人の顎に拳銃の銃口を突き付けるように、剣先突き付け、そのまま押し込む。
ロボット兵はガクン、と機動を停止する。
多脚戦車の付近にいるロボット兵たちのほとんどは機能を停止した。
『見事な手際ですね……では、こちらも』
多脚戦車に取り付けられた、砲身が光る。
青年は多脚戦車から離れ、剣先を砂漠の地面に突き立てる。
『砲台機構――起動 ターゲット入力』
凛とした無機質な声が、砂漠に響く。
『――弾丸装填 直流電源入力開始』
砲身の光が加速し、根元から先端へと進み、また前に進み、それを繰り返す。
加速した光が刹那の間に何度も何度もそれを繰り返すようになったその時――
『――
砂漠の闇に閃光が走る。砂が舞う。戦車を中心に風が強く荒れ狂う。
閃光は大型のロボット兵へと着き――小さな小さな火の花が、そこらかしこに飛び散る。それはロボット兵の心臓部を貫き……絶命させる。
大型ロボット兵の中心に出来上がった虚空は、わずかな間赤く光り……黒ずんだ。
周りのロボット兵たちが、同時に機能を停止する。
青年は突き立てていた剣先を解除し、シキの元に戻る。
「……ふぅ、ありがとうシキ。お陰で今夜も乗り切れたよ」
『どういたしまして、マスター』
「それじゃ、ロボットの部品を回収してくるね」
『わかりました。ではマスターが帰還するまで電磁投射砲のメンテナンス作業を行います』
「了解」
青年が戦車の上に登り、荷台から畳まれた人でも牽引出来るサイズの荷車を取り出す。下に放り投げ、青年も下に降り、組み立てる。
「それじゃ、いってくるね」
「いってらっしゃいませ、マスター」
青年が多脚戦車より離れ、ロボット兵の残骸群へと向かう。
「うー寒っ……、もっと冷える前に使えそうなもの回収しないと……」
まず最初に、大型のロボット兵を撃破したことで停止した、ダメージの無い小型ロボット兵の元へと向かった。
先ほど使用した光粒子剣を使い、装甲板を剥がす。四角形の部分の装甲板の四辺を焼き切った。装甲板の一面が剥がれ、中のメカメカしい複雑な部分部分が見えた。
発射装置、冷却装置、バッテリー、マニピュレーター、コード、演算処理装置。
それらのパーツや、他にも売れそうなものを回収し、リヤカーに積み込んでいく。
小型兵のパーツのほとんどを回収したところで、最後に大型のロボット兵の残骸へと向かう。
真ん中には穴がぽっかりと空いているが、まだ無事なところもある。
青年は狙いをつけ、小型のロボット兵よりも一回り大きい装甲板の辺を焼き切り、一面を剥がす。
大型のロボット兵の中にはいくつものバッテリーが密集しており、集まったコードの先には、巨大な、光粒子を使用する砲台が繋げられていた。
「うわ、早めに撃破出来て良かった……。この強さのだとシキの戦車の装甲板でも防げるかわからないや……。でも、これだけのバッテリーはありがたい。早く積み込もう」
砲台やバッテリーをさらに積み込み、多脚戦車の元へと青年は戻る。
『おかえりなさいませマスター』
「ただいま、シキ」
『待ってくださいマスター……リヤカーからの積載量の伝達を確認。これは、多すぎでは……?』
リヤカーの上には山のようにロボット兵のパーツが積みあがっている。
「今回はちょっと多かったから……つい……。でも積載量は越えてないはず!」
最後の発言はまるで駄々をこねる子供のようだ。
シキはあきれながらも応答を返す。
『あなたは私を苦労させたいのか楽させたいのかどっちなのですか……バッテリーと発射装置だけ持っていきましょう。発射装置は特に次の町では需要が高いです。抗争も中々多い街らしいので』
「そんな……もったいない……」
『使用するエネルギー量と、得られるものを天秤でかけ演算した結果です。全て持っていたほうが損失が大きいです。マスター』
「うー……わかった」
渋々と青年は積み上げていたパーツを砂漠の大地に降ろす。最終的に荷台には、砲台とバッテリーだけが残る。青年は黙々とパーツを荷台へと積み込む。
荷台へとぴったり沢山の荷物が整頓されたところで。
「終わったよー、疲れた、おやすみー」
青年が即座に寝袋に入ろうとすると
『あの、マスター……。バッテリー交換をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか』
「あ、そういえば言ってたね……」
『ハッチを開けますので、バッテリーをお願い致します』
「はーい」
寝ようとしていた体勢から起き上がり、戦車のつるつるとした外面を器用に上り戦車の上にまで辿り着く。戦車の上部には円形の切れ目があり、ほとんど分からないほどに自然に隠されている。
プシュー……という音ともに円形の切れ目が持ち上がり戦車の上に付けられた出入り口用のハッチが開く。
青年は小型のバッテリーを持ち、多脚戦車のコックピットへと飛び込む。
その先は、戦車の内部。クーラーの、ひんやりとした空気に包まれている。
「いらっしゃいませ、マスター。早速バッテリーの交換をお願い致します」
コックピットの座席と言える部分には、一人の女性のようなモノが腰かけていた。ゆっくりと青年の方を向いたその顔は、非常に美しい造形であったが非常に無機質的だった。
スレンダーな身体を持ち、極端に色白な肌を持つ彼女の、腕、脚、胴体、頭部。あらゆる部分からは節々が光る煌びやかなコードがいくつも繋がっていて、戦車内のあらゆる機械へと伸びていた。
「うん……わかった」
そばにバッテリーを一度置き、そっと、彼女の背中に手を伸ばす。触れると『ピッ』っと言う音が鳴り、彼女の背中にコ状の切れ目が走る。機械音を鳴らしながら巧妙に背中へと同化していたカバーが、手前の方へと開く。同時に、彼女は姿勢を保ちながらも、目を閉じ、コードは光を失い、一時的に活動を停止する。
中には、青年が持っているバッテリーと同じ型の円柱状のものが二つ。そっと手を伸ばし、そっと取り出す。バッテリーが抜けると同時に、彼女は動きを止める。
そばに置いておいたバッテリーを手に持ち、彼女の背中に出来たスペースへと入れ、そっとカバーを閉じる。
コードは輝きを取り戻し彼女の目が再び開く。
「終わったよ、シキ」
『はい……ありがとうございました。マスター。自分だけでバッテリー交換出来るようになればいいのですが、バッテリーを抜いた時点で強制的に省電力状態になってしまうので……』
「気にしなくていいよ、これも僕の役目だと思うから……」
次に青年は、大きくあくびをかく。
「ふぁ……もう寝るよ、おやすみ」
『了解しました。おやすみなさいマスター』
青年は外へ出る。寝袋に入り、床につく。
「寒っ……」
今にも凍り付いてしまいそうな砂漠の中で、友は彼らの温度だった。
ある砂漠の真ん中にて 霧切舞 @yuumarusirei-zzz
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