4.魁たる光の神

「国が滅ぶ? 世迷い言を。お前は無実だ。謂れなき罪を負う必要はない」


「いえ、私にも罪はあります。それは公衆の面前でこの国の王子である殿下に恥をかかせたという罪。私は甘んじて国外追放をお受けします」


 その恥がまずいのである。

 その恥をなかったことにしたいのである。


 側近も慌てた様子でストルンドを急かす。


「王子、取り消すのです。これは、あまりにも王子のお立場が──」


「駄目です! 殿下は【魁たる光の神】の神名に誓ったのです。この言葉をひるがえすことはできません。王族がそれをなせば、この国は破滅します」


「なにを大げさな」


 神の名に誓うなど、単なる形式にしか過ぎない。そこには何の重みもない。

 そうストルンドは考えていた。


 しかし、リュシアーナはそれを否定する。


なげかわしいことです、殿下。この国はすっかり信仰心を失ってしまった。最初は【魁たる光の神】が中央神殿から軽んじられたことへの反発だった。そのために神殿を軽んじた。神殿を否定するために、恩寵を否定し、やがて神も否定した。いつしか、氏神うじがみである【魁たる光の神】すら軽んじてしまった。本末転倒もはなはだしいことに」


「何を言う。魔術師であるお前が? 理論を重んじるお前が、神を信ずると?」


 ストルンドの中のリュシアーナは、理論を重んじ、理性を重んじ、みだりに神を信じるような女性ではなかった。


「無論、私は神を信じております。いえ、この度、神を信じるに至りました。先程言ったではありませんか。恩寵は真に神の御業であると。神の御業の存在を肯定して、なにゆえに神の存在を否定できましょう? それこそ、理に反します」


 恩寵は魔術では説明できない奇跡である、とリュシアーナは言う。

 ならば、何を根拠に神を否定するのか、ストルンドには思いつかない。


「……もし、私が言葉を翻せば、どうなると?」


「この国は【魁たる光の神】に見捨てられるでしょう。ただでさえ国民の信仰心が失われつつある今、氏神を祀るべき王族までもが神をないがしろにしたとなれば、もはや神の加護は得られません。そうなれば、おそらく、この国の主要産業である海運業と漁業が滅びます」


「なにゆえ?」


「【魁たる光の神】、それは、あの星です」


 リュシアーナが天を指差す。

 そこには、まだ日没には早いというのに、薄暮の中で光り輝く星があった。


「明星? 極星?」


「はい。ザルクヴァリス家は、もともと、この国の王家をこの地へと導いた一族です。ですから、伝承が残っておりました。神のお告げに従い、あの星を目印に、南の海を渡って王族をこの地へ導いたと。あれは、船のりが道しるべとする星です。あの星こそが、我らが神、【魁たる光の神】です。あの星の加護がなければ、すべての船は海の迷子となりましょう」


「あれが、我らが神?」


 呆然とするストルンドに、シャラスフェリアが語りかける。


「ご存知ですか、ストルンド様。この国以外では、あの星を道しるべとする習慣はないのです。なぜなら、あの星は小さく、見つけづらい。しかし、この国の民は、容易にあの星を指差すのです。今も、この国の者ではない私には、あの星ははかなすぎてよく見えません。あなた方が『明星』と呼ぶ星であるのに」


 シャラスフェリアの言葉に、リュシアーナが静かにうなずく。


「それこそが、神の御加護であると私は考えます。あの星がなければ、この国は存在しませんでした。そして、これからもあの星なくして、存在することはできません。中央神殿がなんといおうと、あの星が数多あまたの星の一つに過ぎないとしても」


「……誰に何といわれようと、我らは我らの信ずるものを信ずるべきであったと?」


 その言葉を口にしたとき、ストルンドはなぜか深い後悔を感じた。


 自分は何を信ずるべきだった?

 何を信じなかったばかりに、リュシアーナを失おうとしている?


「王族である殿下が、神の名に誓ったことを、けして曲げてはなりません。ゆえに、私の国外追放はくつがえせません。殿下の恥と私の罪もまた、消すことはできません。これを教訓として、殿下がこの国を良き方向へと導いて下さることを、心よりお祈り申し上げます。では、ごきげんよう」


 呆けたままのストルンドを残して、リュシアーナは会場をあとにした。

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