3.冤罪
ストルンドがリュシアーナに国外追放を言い渡した、その直後──
「よっしゃあーーーー!!」
歓喜の雄叫びが響き渡った。澄んだ、女性らしい甲高い声で。
会場に居た全員の目が点になっていた。ただ二人を除いて。
その、おおよそ令嬢に相応しくない声を上げたのは、誰あろうリュシアーナ本人だった。
「さて、殿下。私、リュシアーナは
まるで人が変わったかのように
会場の皆も唖然としている。
リュシアーナはストルンドの返事を待たずに言葉を続ける。
「まず、第一に、シャラスフェリア様を罵倒した件。これは、気を許した同士の単なるじゃれ合いです。私も、シャラスフェリア様から、石頭だの、冷血だの、鉄面皮だのと、散々罵られております」
「あら? 私、そんなことを言いましたっけ?」
シャラスフェリアが頬に指を当てて首をかしげる。
「言ったわよ! この鳥頭!」
「ひどいです!」
シャラスフェリアが
「な、な、何なの、だ! これは!」
ストルンドは、あまりにも意外な光景に混乱する。
「だから、単なるじゃれ合いですって」
「私たち、もうすっかり仲良しですのよ?」
リュシアーナとシャラスフェリアがニッコリと微笑み合う。
「第二に、シャラスフェリア様の私物を隠した件ですが、そちらは王命です」
しれっとリュシアーナが爆弾発言をした。
「王命? ばかな! 王命で、私物を隠したというのか?」
ストルンドの側近の一人が堪らず声を上げた。確かに馬鹿げた話である。
「はい。第三に、階段から蹴落としたのも王命です」
「そうそう、蹴ることはないでしょう? 軽く押してくれればよかったのに。服が少し汚れてしまいましたわ」
シャラスフェリアが場の雰囲気を無視して
「ばかばかしい! そんな王命があるか!
ストルンドが吐き捨てるように
しかし、リュシアーナは涼しい顔をしている。
「いえ、間違いなく王命です。私はシャラスフェリア様をこの国にお迎えするに当たって、恩寵の何たるかを調べるよう、王命を受けております」
「恩寵?」
「ご存知ですよね。神が神官をとおして授けてくださる御業です」
「それは、知っているが……」
「この国では、恩寵が本当に神の奇跡なのか、疑う者も少なくありません。魔術によるごまかしではないのか、と疑っているのです。そこで、この国でもっとも魔術に精通しているザルクヴァリス家を代表して、私がその真偽を確かめる役目を国王陛下より仰せつかりました」
「それと、私物を隠したことが、どうつながる?」
「失せ物探しですね。恩寵としては基本中の基本ですわ」
ストルンドの言葉にシャラスフェリアが答えた。
リュシアーナが言葉を続ける。
「魔術では、魔力の
ストルンドとて、この神聖学院で魔術について学んでいる。
【追跡】の魔術については説明されるまでもなく知っている。
「しかし、シャラスフェリア様は私が隠した私物をことごとく発見なさりました。シャラスフェリア様のなさったことは、残念ながら魔術では説明が付きません。技術的に不可能という話ではなく、原理的に不可能なのです。私はありとあらゆる魔術を駆使して痕跡を消去しました。追跡すべき痕跡がないのに、シャラスフェリア様は迷うことなく失せ物のありかを探り当てました。もうお手上げです」
リュシアーナが両手をあげて降参の意を示す。
一方で、シャラスフェリアは胸の前で小さく拍手をして、喜びを表す。
「では……階段から突き落としたのも?」
「突き落としたのではなく、蹴り落としたのですが。それも、恩寵の効果を確かめるためです」
「一日の初めに賜ると、その日に一度だけ、大きな害意から身を守ってくださる恩寵ですわ」
シャラスフェリアがニッコリと微笑む。
「恩寵の性質上、最大級の害意を向ける必要があったため、階段から蹴り落とすという、かなり過激な手段を取らせて頂きました。私は、死角から【消音】の魔術を使って忍び寄り、シャラスフェリア様を蹴り飛ばしました。階段を転げ落ちた彼女は、しかし無傷でした。かすり傷ひとつ負ってはおりませんでした。そこに魔力の介在は一切ありませんでした」
「はい。私、ピンピンしております。三日前に階段から突き落とされたのに、怪我ひとつないことを誰か疑問に思わなかったのですか?」
シャラスフェリアが側近たちを問い正すと、皆、気まずそうにシャラスフェリアから視線をそらした。
目撃者の証言を取ることにばかり気が向いて、被害者本人の状態を誰一人確認していなかったのだ。
「さて、一体誰が、どのような手段で、彼女を怪我から守ったのでしょう。魔力を一切使わず、本人すらいつ害されるか知らないのに、そんなことが可能でしょうか? 私には、もうわけが分かりません。デタラメです。これが神の奇跡でなくて、なんでしょう? 私は結論を下しました。恩寵は真に神の御業です。それ以外に説明がつきません」
リュシアーナの話を聞く限り、確かに恩寵は神の御業なのだろう。
それはストルンドにも理解できた。
しかし、今問題なのは、そこではない。
ストルンドは、あらためてリュシアーナに問い正す。
「それで、その行為がすべて、王命だというのか?」
「はい。王命です。陛下直々に私が拝命いたしました。シャラスフェリア様にも、事前に、私物を隠したり、予告なく危害を加える
「はい。了承しました。いつでも、やっちゃって下さいと」
「そもそも、シャラスフェリア様がこの国にいらっしゃったのは、恩寵が真に神の御業であると知らしめ、神殿の威光をこの国に知らしめるためです。殿下は陛下よりお聞きになっておられなかったのですか?」
「そんな……知らぬ、聞いておらぬ……」
それが本当なら、ストルンドは王命に従っただけの伯爵令嬢を
紛れもない
それは、王子としての地位をもゆるがしかねない醜聞であった。
言葉を失ったストルンドの耳元で、側近が忠告する。
「王子、このままでは……まずいことになります」
「あ……ああ、分かっている」
このままではストルンドの面目は丸つぶれだ。
しかし、ここは公式の場ではない。
国外追放を取り消し、先の断罪についてリュシアーナ本人から許しを引き出し、ここにいる全員に口止めできれば、まだ傷は浅い。
「先の国外追放については、これを取り消──」
「なりません、殿下!」
国外追放の件を取り消そうとしたストルンドをリュシアーナが止める。
「殿下、もし、私の国外追放を取り消せば、この国が滅ぶ事になります」
そう言ったリュシアーナの表情は真剣そのものだった。
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