2.王子の事情
王妃である母は自らを純血種と宣っていた。生粋の南方人の血族であると。
その色の濃い肌に誇りを持っていた。
それゆえに、私の婚約者であるリュシアーナを嫌っていた。
彼女の肌は透きとおるように白い。
中央神殿から【聖女】候補の娘がやって来ると聞いて、母は私に言った。
「その娘が【聖女】となった
我が国の主神は【魁たる光の神】である。
すべての神々を従え導く、光の神であると我が国の神話では語られている。
しかし、中央神殿は【魁たる光の神】を取るに足らない神の一柱であると見なしている。
それゆえに、我が国では中央神殿に敬意を払う者は少ない。
中央神殿の権威を支える『
唯一、神聖学院だけが、中央神殿の下部組織でありながら、この国で受け入れられている。
それほどに、学園で受けられる高度な魔術の教育は実益が大きい。
しかし一部の者は、神聖学院の存在こそが、神殿がより高度な魔術を
私には真実は分からない。
しかし、神殿にも主神を巡る派閥争いくらいあるのではないか?
不用意な発言をしたら、聖女といえどもただでは済まないのでは?
「お前、その【聖女】候補を
それは命令だった。
我が母ながら、なんと下らない。
いけ好かない神殿が大切に祀り上げている娘を、自慢の息子の
それとも、私が他の娘に色目を使うさまをリュシアーナに見せつけて、彼女を苦しめたいだけなのか。
私は、その二番目の理由に思い当たって、母の口車に乗ることにした。
私が聖女候補に色目を使うようになるとすぐに、リュシアーナも聖女候補に近づくようになった。
聞けば、リュシアーナが聖女候補をなじっているらしい。
私は驚愕した。
あのリュシアーナが?
記憶の中で、私を言い負かしている幼いリュシアーナの姿がよみがえった。
王妃候補として私との顔合わせの意味もあったのだろう、幼いころから彼女は王宮に招かれることも多かった。
昔のリュシアーナが戻ってきた?
聖女候補の存在がそうさせた?
そう考えると私はひどい苛立ちを感じた。
今の彼女は、私の前ではつねに
幼いころの思い出を除けば、私は彼女が微笑むさまを間近で見た記憶がない。
しかし、魔術のこととなると彼女は目の色が変わる。神聖学院でも、魔術の授業中は瞳をキラキラと輝かせている。
さすがは魔術伯と名高いザルクヴァリス家の令嬢といったところか。
私はリュシアーナと聖女候補について、側近たちに調べさせた。
側近たちは私がリュシアーナを嫌っていることを重々承知している。
だから、リュシアーナに不利な情報を懸命に集めてくる。
集まってくる情報を見て、私は眉をひそめた。
私物を隠すなどという幼稚なまねを、あのリュシアーナがするだろうか。
もしかしたら、本当に母の考えるとおり、私と聖女候補の関係を誤解して、嫉妬しているのだろうか。
「リュシアーナの蛮行を理由に、彼女を断罪し、婚約を破棄なされてはいかがですか?」
浅黒い肌をした側近がそう進言してきた。
彼は生粋の血統主義者だ。
リュシアーナと私の婚約は父の意向に沿ったものだ。
父はザルクヴァリス家の長年の忠義に報いたいらしい。
ザルクヴァリス家は建国時の多大なる功績もかかわらず、南方人の血を引く者からは
それでも、王家に忠誠を誓ってきた家系だ。
しかし、リュシアーナと私の結婚は、けしてザルクヴァリス家の忠義に報いることにはならない。
むしろ逆効果だ。
あの母が支配する後宮で生活することになったら、リュシアーナがどれだけ苦しめられるか、父にはわからないのだろうか。
精神的に追い詰められのは間違いなく、それどころか命すら
我が父ながら、なんと愚鈍な王であることか。
私は側近たちに、リュシアーナとの婚約破棄の段取りを進めるように命令した。
さらに、リュシアーナを国外追放にするための書類も準備させる。
あと、もう一つくらい、リュシアーナが何かを仕出かしてくれればいい。
父を黙らせるに足るほどの罪を犯してくれれば、万事うまくゆく。
自分が国外追放になったと知ったとき、リュシアーナはどのような顔をするのだろう。
私の前では崩さない、あの鉄面皮が剥がれ落ちるだろうか。
私に泣いてすがるだろうか。
それとも、私に憎しみを向けるだろうか。
そのさまをぜひ見てみたいものだ。
そうだ、リュシアーナが国外追放になったあと、秘密裏に私の離宮へ幽閉しよう。
そうして、全てを失ったお前を前に、私は微笑むだろう。
ああ、愉しみだ。
待ち遠しくて仕方がない。
リュシアーナ。
お前を誰にも渡さない。
母に殺させてなるものか!
数日後、リュシアーナが聖女候補を階段から突き落としたとの報告が入った。
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