第73話 カラオケバー「愛」
そう言って電話を切った。
「どうした?」
安が前を見て運転をしながら訊ねてきた。
「西崎社長が、自宅兼事務所から出られなくなっているそうだ」
「阪神高速の事件からか?」
「ああ。松川によると全ての仕事をキャンセルしているとの事だ」
「弱った話になって来たな」
安がそう言って、こちらをチラッと見た。カラオケバーの近くまで来ると、車をコインパーキングの駐車場に停めた。店のあった住所に向かうとそこには既に店はなかった。代わりに白い鉄製の塀で囲まれた工事現場になっていた。
「店が取り壊しになっているんだな」
安が工事現場を見上げながら呟いた。工事現場の入口で日焼けした警備員が水撒きをしながらチラッとこちらを見ると、また下を向いてホースの水で泥とかの汚れを落としていた。鉄製の塀に貼られた建築許可票を見る。そこには、商号や名称、代表者の名前が入っていた。名称「仮名称星里ホテル」となっていた。
「殺人現場からホテルに建て替わるようだな」
そう言った後、驚いて安と目と目を合わせた。そこには建設業者が、「成型開発グループ代表者山中渓一」と書いてあったからだ。
ハッタリマッタリーに、何らかの理由で株価が下がると知り空売りを仕掛けたのが、成型開発グループの副社長の韓文宏。その社長の山中渓一が、九龍団に襲われ女店主が殺されたカラオケバーを買い取ったのか、取り壊してホテルを建設している。
「偶然にしては、最近何やらよく名前を聞く会社名だな」
安が呟いた。
「まさか西成の開発に関わっていたとはな。では、近くのカラオケバーに行くか」
「おいおい、どうしたんだ?カラオケでも歌いたくなったのか?」
安がそう眉を顰めて訊ねて来た。
「まさか。聞き込みだよ。こういう時に役に立つのが名刺だ」
こういう時のために、「私立探偵」という名刺以外に数種類のフェイク名刺を作っていた。数件先にあったカラオケバー「愛」に入る。
そこもやはり中国人が経営しているのだろうか。店の中に吊るし飾りや、「福」と書かれた赤地の物が壁の角に飾ってあった。
「いらっしゃいませ」
カウンターの内側にいた女性が、そう声をかけて来た。微妙にイントネーションがなまっていた。まだ店には客がおらず、退屈そうにしていた。
「セット大丈夫?」
時間ごとのセット料金が貼ってあった。頷くと、安と横並びでカウンターの椅子に座った。
「ママは、中国の人?」
「そうよ。福建省出身よ。ビール?」
「瓶ビールしかないよ」
その声に頷くと、安は運転手なので、ウーロン茶を頼んだ。
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