第74話 ルポライター

上手いビールなど期待はしていなかった。

「カラオケ、歌う?」

「いや、いい。少し話を聞かせて欲しいんだが」

「何の話?」

そう答えると、カウンター内を動き回っていたママがその動きを止めた。名刺入れから1枚引っ張り出し女性に渡した。

「ルポライターをしている蛇喰誠治といいます」

「ルポ?」

名刺を受け取りカウンターの上に置いた。「ルポ」の言葉の意味がわからないのか、そう繰り返したので言い直す事にした。

「小説、わかりますか?そんな感じの物を書く人」

そう答えると、俄然目が輝き出した。

「小説書くのか。何?質問は」

「3年前のこの近くで起こった殺人事件について聞きたい」

「今更、もういいよ」

「それについてルポを書こうとしている。つまり、小説ね」

「今、ホテル建ってるよ」

「建設中っていう意味だろう?」

安が確認のために念押しをした。


「九龍団が、関わっていたらしいな?」

そう言うと、中国人女性の顔の色が変わった。

「噂はあった。でもわからない。そうでしょう?本当の事。誰もわからないようにやる。当たり前。それ九龍団。秘密ね」

「それはそうだ」

安がそう答えて笑った。


「九龍団、わからない。難しい。いいか、悪いか。ここ縄張り、守ってもらう。月、安い料金渡す。商売上手く行かない。お金、困る。貸してくれる。だけど、金利高い。簡単、貸してくれる。だけど、利息高い」

なるほど、九龍団はみかじめ料を取りながら、同胞たちを守り、また資金繰りに困れば金を簡単に貸してくれるのはいいが、高金利で取り立てもするという訳か。

「では何故、九龍団のメンバーが、カラオケバーの店主を殺したんだろう?」

「今、ここの近く、カラオケバー、一杯出来た。競争激しいよ。店、簡単じゃないね。簡単、金、貸す。金利取りたて、厳しい。借金返せない。どうするの?人売る」

「人を借金のカタに返すのか?人身売買じゃないのか?」

そう驚いて訊ねると、中国人女性はすこし悲しい顔になった。


「あなた、ここ何処?日本ね。中国人同士、やり取り、気にしない。でしょう?」

確かにそうだ。日本人が巻き込まれたら大事になるだろう。しかし、わざわざ中国人同士の揉め事に、警察が積極的に関与するとは思えない。中国人たちだけの自治が生まれるのはある意味自然な事なのかもしれない。

「3年前の殺人事件も金の貸し借りを巡って殺されたのか」

そう呟くと、中国人女性が頷いた。

「少し前、中国人、若い女、死んだ。バイク乗って」

我々が、阪神高速で襲われた時の話をしているのか?安と目と目が合った。

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