第69話 医師からの指示

「どうしたの?」

「蛇喰さんが、退院するって聞かないんです」

「待って!ドクターの指示を仰ぐわ」

ナースコールを受けて顔を出した看護師が、慌てて病室からすぐに出て行った。安が「あんたのせいで、大騒ぎじゃないか?」とポツリと呟いた。


「全くだ。裸を見るのかい?」

そう言って看護師に病室から出て行くように促す。パジャマの上着のボタンを既に外していたため、上着を引っ張り袖を抜こうとすると、看護師が「ダメですよ。まだ着替えないでください」と両手の平を胸の前て広げて見せて制止しようとした。小さなキャビネットにしまっていた畳まれたカッターシャツを取り出し広げた。襟元が汗でコゲ茶色く汚れていた。我慢するしかない。まだパジャマ姿で出歩かないだけマシだった。その上から麻のベージュ色のジャケットに着た。医師と先程の看護師が急いで病室に飛び込んで来た。白髪混じりの医師が息を切らしながら言った。

「な、何をやってるんだね?!き、君は?」

「退院するんだ」

「あ、あ、明日まではゆっくりした方がいい」


「きっとそれが正解だろうな」

「蛇喰さん、あ、あんたは棒切れで殴られる瞬間、ほんのコンマ何秒かの間に僅かに左肩を上げたんだ。そ、そのおかげで後頭部を殴られたが、直接的な首へのダメージが軽減した。そ、それがなかったら、今頃は首の骨が折れていたかもしれないんのやぞ。肩がワンクッション置いてくれたんだ」

医者が、そう手品の種明かしをするかのように言った。

「全盛期のメジャーで活躍したイチローみたいに、瞬時に打ち方を変えるように咄嗟に左肩を上げたという事か?」

安が感心するようにそう言った。

「直接、首へのダメージを受けていれば、折れていたかもしれないと?」

看護師が驚いたような顔をして医者を見た。医者が頷く。


「安、つまりそうじゃなく神様に感謝しろという事なんだろう。何処に寄進すればいい?」

そう答えて床に立ち上がると、一瞬よろめいた。医者と看護師がこちらの体を支えようと体を低くくした。

「大丈夫だよ」

医者と看護師に向かって、軽く右手を振った。

「慎重を期して、入院していろというのはわかるが、このまま黙って寝ている訳にはいかないんだ。このままやられぱなしでは、こちらの名が廃る」


「名が廃ってもいいじゃないか。具合が悪くなったらどうする?」

パジャマのズボンを脱ごうと両手をかけ、「まだいるのか?」と言った風に医者の看護師に向けて顔を上げた。

「わ、わかった。ほ、本当に、もう後は知らないぞ。な、なんていう事を聞かない患者なんだ?!」

医者が喚くように病室を出て行った。2人の看護師がその後を追いかけて出て行った。安が冷静に言った。



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