第9話 安正男
「いつも西崎社長は、あんな感じなんですか?」
そう訊ねると、一瞬ピンク色の部屋の上角を見た。
「そうですね。あんな感じでしょうか。エネルギッシュな方なので、私たちもついつい振り回される事があります。彼女の頭の中で同時発生的に色々な事が起こるのでしょう」
藤澤は、副社長として西崎の立場を把握し状況を理解しながら、サポートしようとしているように思えた。
「西崎は、決断はかなり早いです。それを常に習慣づけているようです。1人息子をシングルマザーとして育て上げ、ハンナリマッタリーをここまで大きな会社にした。犠牲にする物も大きかったかもしれない。しかし、それなのに売り上げが落ちている。今は、社長にとっても、我々にとっても恐怖しかないでしょうね」
そう言うと藤澤が、両手を広げると手の平を上に向けた。
「しかし、急に今からボディーガードをつけて欲しいと言われたものの正直戸惑いもある。少なくても、交代要員も含めて新たなメンバーが、3人は必要となってくる。その事に対して西崎社長は、一応は理解してもらえたようだが、適切な人物であと3人必要となると実際にはかなり難しい」
「ボディガード業務について、我々は素人なのでよくわからないんですね。どうぞ、その辺は蛇喰さんにとってやりやすいように上手くやってくださればいいですよ。我々といたしましては、蛇喰様のようなプロの方にただただお任せすることしかないのでね」
「プロと言われても、こちらも浮気調査はしませんが、ボディガードのようは仕事はなかなか一般的な探偵事務所では引き受けないと思いますよ。元刑事というだけで、身体警護を専門としている探偵事務所ではないんですよ」
藤澤が、少し笑った。
「しかし、蛇喰さん。浮気調査をしないという時点で、一般的な探偵事務所とは言えませんよ」
「浮気調査に付随する男女のもつれが、こちらにしたら不得意分野だったのでね。引退した歌手の安室奈美恵が、苦手なMCをコンサートでやらずに、得意な歌とダンスでライブを通すようなものです。あえて苦手な物には手を出さない。付け焼き刃なことはしないと決めたんです」
安室奈美恵を引き合いに出してわかりやすく説明したつもりだったが、藤澤は、軽く頷きながらそれ以上の事は言わずに唇の両端に笑みを浮かべ黙っていた。何の笑いだろう?安室奈美恵との比較が上手くいったのか、まずかったのかはよくわからない。また心の中の何処かでは『どうせ、こいつらは断らない』とでも思っているのだろうか?
「3人のメンバー集めが大変なんですよ。ボディガードの体制作りには、少し時間がかかるかもしれない。出来るだけ穴を開けないようにはしますが、何ぶん急なお話だったため対応が難しいんです。そこはご理解していただきたいのですが‥‥」
藤澤が頷いた。
「契約の話をする前に、1本電話をしてもいいですか?」
またもや藤澤が頷いた。
スマホを取り出し、登録した住所欄から1人を選んだ。こういう時に電話が出来る人間は、アンジョンナムしかいなかった。日本名は、安正男。在日韓国人三世だ。電話の呼び出し音が5回鳴った時に彼が出た。
「安か?」
「蛇喰さんか?久しぶりだな」
「5年ぶりかな?」
「いや6年と85日ぶりだ」
「よく覚えているな」
当然だろうという口調でこう言った。
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