第8話 副社長藤澤毅
弘宗が女の子に何か言うと、「もう!」と女の子が、肩を抱かれたままドシンと弘宗に体をぶつける。2人が戯れあいながら部屋を出て行くので見届けると、西崎がこちらを振り返り訊ねて来た。
「甘やかし過ぎたかしら?」
それは疑問文のようでもあり、それ以上には、蛇喰に大目に見て欲しいということの意味のようにも聞こえた。彼女は元の席に座ると、「後の詳しい話は、当社の藤澤に任せるわ」と言った。頷きながら、こちらも席に座った。彼女は、コードレスのピンクの受話器を持つと指示を出した。
「藤澤さん?ええ。後の事はあなたに任せるわ。今からボディガードとして来てもらう事になったの。申し訳ないけど、こちらに来てくれるかしら」
そう言うと、受話器を置いた。彼女は息子の事で気まずかったのか、こちらと目線を合わせようとはしなかった。まるで何か余計な事を言われると困ると言った様子だった。
インカムから「ポン」と音が鳴った。西崎が「はい?」と答えると、「藤澤です」と返事があった。
「どうぞ」
そう答えると、西崎の後ろのドアが開いた。
「失礼します」
そう言って、光沢のあるグレーのスーツの上下を着ていた。スラリと身長も高く、ダンディに見える。歳の頃は40歳半ばだろうか。白のカッターにワインカラー色のネクタイに、金のカラーピンをしていた。頭髪はデップでしっかり固められ、何かの型から作られたマネキンのように見えた。両眼の横側に出来る笑い皺が唯一人間らしさを感じられた。何処かの売れない俳優のような端正な顔立ちをしていた。端正な特徴の無い顔故に売れない俳優といったような存在の人物だった。エースのジョーで名前を売った俳優宍戸錠が、わざわさわ両頬に豊頬手術をして、アクの強い悪役に転身した気持ちが理解出来る。藤澤も両頬にシリコンを入れた方がいいのだろうか?
しかし、この藤澤の紹介のおかげで、仕事を得る事が出来たのだ。藤澤は、自分の頭をどちらの方角で寝るのだろうか?後で、足を向けて寝ないように確認しておかなくてはならない。藤澤の大阪府警の知り合いとは、誰のことなのだろう?少し気になった。
「うちの会社の副社長の藤澤毅です」
西崎が立ち上がり、そう言って紹介した。
「あなたが蛇喰さんを推薦してくれたわよね。以前から知ってらして?」
「いえ。私は、大阪府警の知り合いの刑事に訊ねたところ、蛇喰探偵事務所はどうかと推薦されたのを社長にご紹介しただけですから」
「では初対面なのね。こちらは、蛇喰探偵事務所の蛇喰誠治さん。Googleの口コミの評価を誰が書いているのかとか、今日からボディーガードとしてお願いする事にしたわ。契約金は月300万。後の契約書の事など後の事はお任せします」
藤澤が、内ポケットから茶色のレザーの名刺入れを取り出した。こちらも名刺を準備し交換した。
西崎は「ではお願いします」と言うと、引き出しの鍵を掛け部屋から出て行った。藤澤が、西崎の後ろ姿を見送ると、先程彼女が座っていた席に腰掛けた。
藤澤は今の状況がよくわかっているのだろうか。こちらの雰囲気を察してか、藤澤が低音ボイスで訊ねて来た。
「元大阪府警の刑事で随分ご活躍されたんですよね」
なかなか難しい質問だった。何をもってして活躍というのだろうか。こちらを推薦してくれた人物にお中元として、三輪素麺か、カルピスを送るべきだろうか。誰が推薦してくれたのか名前を聞いておく必要がある。
「それはどうもありがたいですね。藤澤副社長は、誰と知り合いなのですか?」
「白石刑事部長です」
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