第7話 木屋町 フルタヌキ
「ああっ、木屋町のクラブでね。あそこはいつも激アツなんだよ。毎週イベントをやって頑張ってやっている。大阪からも、京都で撮影に来ている芸能人たちも来るくらいだしね」
そう言って眠そうに右目を擦ると、近くあった空いている椅子に座った。側で身体をくねらせている女の子も、崩れるかのようにして隣りの空いている椅子に座った。
「今日の学校はどうなってるの?」
小さな子供に訊ねるように西崎美咲が言った。
「休むよ。もう午前の授業はどうせ間に合わないし。それに出席日数は足りてるからいいんだよ。それより、今は学生の間しか出来ない事をしなくちゃ」
「ヒロ君、エナジーハンパ無いもんね。グラブでならオール2日連続でも大丈夫でしょう?」
「ナナミも、遊びならタフだよな」
そう3の段の九九が出来なそうな女の子に話しかけた。女の子は、自分がわかっている2の段が出てきたかのように顔を輝かせて「うんうん」と頷いた。
弘宗が、首を横に振るたびに、両耳にしたピアスに付いたダイヤモンドがキラキラと光った。
「昨晩は、弾けたからね」
「うん。あんなに飲んで、また飲ませるから」
「ダメか?俺は、飲まない奴は信じられないね」
そう女の子に言うとケラケラと笑った。
やっとこちらの存在に気付いたのか、前のめりになりながらこちらを凝視してポツリと呟いた。
「誰?」
思わず目と目が合ったまま苦笑いした。母親はGoogleの口コミサイトで誹謗中傷されているというのに、余りにもノーテンキぶりではないか?
「こちらの方は、私立探偵の蛇喰さんよ。今日から私のボディガードに付いてもらう事になったの」
美咲からそのように紹介されたため、席から立ち上がり会釈した。我ながら大人になったものだと思った。貧しくとも民間人になるというのは、人間として成長させてくれるものらしい。以前なら、こんなクソガキはゴミ箱の中に放り込んでいただろう。
「ママの事、よろしく。俺はずうっといて守ってあげられないんでね」
思わず右の眉が上がった。アンガーマネージメントだ。いいか、蛇喰!6秒考えろ。冷静になれ。思わず自分に言い聞かせる。弘宗は、椅子に座りながら3の段の九九が出来ない女と瞬間接着剤でくっつけられたかのように密着したままだった。
「ヒロ君、あなたはハンナリマッタリーの常務でもあるし、役員の1人なのよ。そして、あなたは会社の経営をいずれ継がなきゃならないのよ。次にまた留年なんて絶対に許さないわよ」
その言葉を聞いた途端、弘宗は自分の顔を西崎から受け取った封筒を持ちながらパシャリと右手のひらで自分の額を叩いた。
「参った!そうだよね。留年は何度も出来ないさ」
そう言うと、女の子に立つように促し、部屋を出て行こうと立ち上がった。
「まだお酒が残っているんでしょ?車は乗らないでね」
背中越しに言うと、弘宗が後ろを振り向かずに封筒を持った手を挙げた。
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