Ep.32 押しかけ親友

 次代の王室は誠に安泰だと、きっと歴代の中でも素晴らしき国になると、貴族達はおろか民にさえ評判であった王太子リヒトと、バーナード公爵家令嬢カナリアが、星祭りの夜に婚約を白紙に戻した。


 国内でも特に馴染み深い晴レノ日に起きた大事件は瞬く間に広まり、今やどこもかしこもその話題で持ち切りである。


「カナリア様!本日こそはどういうことか説明して頂けますわね!?」


 これで通算5日、毎日欠かさずにカナリアのクラスまでお仕掛けては婚約破棄の詳細を訪ねてくるアンナに、カナリアも流石に困り果てていた。


「アンナ様、昨日も申し上げましたが、わたくしとリヒト様の婚約につきましては国王陛下からもご許可を頂き、穏便に行った次第です。とは言え、暫くは影響で政にも支障がありましょう。さらなる混乱を招かないためにも、今わたくしの口から多くをお話することは出来ないのです。お分かりいただけますわね?」 


 出来る限りにこやかに、便という単語を強調しつつも淡々と告げるカナリアに、遠巻きに二人の様子を伺っていた周囲の生徒たちから囁き声が漏れる。


「カナリア様、なんて気丈に振る舞われているのかしら。やはり、噂は本当だったのだわ」


「えぇ!カナリア様は、あの方々に見切りをつけられたのよ」


「大きな声では言えないが、正直当然の結果じゃないか?いくら“聖女”と言えど、メリア嬢にカナリア様の代理は務まらないだろう。あのまま婚約を続けていたら、カナリア様は飼い殺しにされたに違いない」


「馬鹿っ!口を慎め、王太子派に聞かれたら何をされるかわからないぞ……!」


(そう思うのならば、せめて当事者の居ない所で話してはくれないかしら)


 自分への悪口では無いとは言え、やはり噂の的とはあまり気分の良い物ではない。あの夜会以降、リヒトは“カナリアとの婚約解消による各地への影響”を見るためと学園を休んでおり、メリアも王宮にて匿われて同様に休み中の為に余計にカナリアにばかり注目が集まってしまっているようだ。


(陛下の許可だって半分騙し討みたいな形で勝ち取った訳だし、あんな大舞台で王太子に恥をかかせたのだから抗議文のひとつも来るかと身構えていたのに。静かすぎて却って不気味だわ……)


「カナリア様!わたくしの声がお耳に届いておりませんの!?」


「ーっ!これは失礼致しました。やはりまだ少々、気疲れしているのかも知れませんわ」


 そう儚げに微笑むと、クラス内でも高位貴族に当たる家の者たちが何名かカナリアの席に集まってきてしまった。


「今のカナリア嬢の立場では無理もないでしょう。どうです?宜しければ次の休暇は気晴らしに観劇でも……」


「いや、気疲れならば人混みより自然に触れるのがいい。中庭のバラ園が丁度見頃なんだ。今日の放課後、行ってみないかい?」


 他にも我先にと遠乗りやら、天体観測やら音楽会やらと口々に誘ってくる彼等は皆、嫡男ではなく家名を継げない者達だ。カナリア自身に関心があるというよりは、突然降って湧いた“完璧令嬢の婚約者”という金色の椅子に沸き立っているのだろう。


「(あぁもう!悪いけど正直今はほっといて欲しいわ!)お気持ちはありがたいのですが……」


「貴方達!傷心の女性に対してどこまでも無神経ですわね!思いやりのない殿方はどこに行っても大成しなくてよ!!」


「なんだと……?アンナ嬢、自分が婚約者に見限られたからと言ってカナリア様の人気をやっかむなんて、貴女こそ性格に難があるのでは?」


「なっ……!このっ」


 『無礼者!』と、声を上げて振り上げられたアンナの手首を押さえ、カナリアが立ち上がる。


「お言葉ですけどわたくし、如何なる理由があろうとも人様の人格にケチを付けるような小さい殿方に興味はございませんの。アンナ様の仰るとおり、正直今は皆様にも静かに見守って頂きたいわ」


 そう告げて俯いたカナリアの目尻に光る雫を見つけて、周囲がにわかにざわつく。まぁ、これは嘘泣きなのだが。


(こんな程度で泣く弱い女に認定されるのは癪だけれど、涙一滴でこの場が丸く収まるなら安いわ)


「かっ、カナリア嬢、我々は……っ」


「皆様がご厚意で仰っていることはわかっています。ですが、今やわたくしは傷物です。リヒト様との婚約を白紙に戻した時点で、生涯ひとりで身を立てていく覚悟を致しました。お気遣いは結構ですわ」


 にこっと笑い膝を折ると、カナリアはさり気なくアンナを促し教室を後にする。

 流石にきっぱり拒絶され追いかけられない男達に向かい、扉のところでカナリアが振り返った。


「それから、アンナ様とバルド様の婚約破棄につきましてはバルド様の有責で決着がついた事……。詳しくもない他家の痴情に口を挟むのは、あまりお行儀が良いとは言えませんわね」 


 再三アンナから迷惑を被ってきた筈のカナリアからそう叱責され、アンナを揶揄した侯爵家の三男はそれ以上何も言えなかった。













「さてと、ここまで来れば充分でしょう。アンナ様、本日の事でおわかりになったでしょう。今のわたくしに関わるとろくなことになりません。どうか明日からは、もう教室にはお越しにならないようお願い申し上げます」


「……ったら、…が……なさいよ」


「えっ?」


「だったら!貴女がわたくしの教室に迎えに来なさいと言ったのです!!」


「あ、あの、アンナ様?仰ってる意味がよくわからないのですが……」


「〜〜っ、ですから!明日からはわたくしと一緒にランチを致しませんこと!?」


 顔を真っ赤にしたアンナの言葉に、カナリアはきょとんとしてしまった。そんな彼女を他所に、アンナが捲し立てる。


「そもそもバルド様との婚約破棄でわたくしが優位に立てたのは貴女が聖女と彼の逢瀬の記録や証言を下さったからですし、あのスイーツ店で痴態を諌めてくださった件は一応感謝しておりましてよ!そしてわたくしは、受けた恩はきっちり返したい質ですの!!」


「は、はぁ……。ですが、アンナ様のご実家は王太子派です。今のわたくしと懇意にするのはお父様が良い顔をなさらないのでは?」


「このわたくしを、家の力に流され友人を呆気なく切り捨てるような不届き者達と一緒にしないで下さいませ!」


 ついこの間までカナリアの周囲を固めていた令嬢の大半が、リヒトとの婚約破棄を知り彼女と仲良くできなくなった。実家が王太子につくならば、不興を買ったバーナード家と親しくは出来ないのだ。

 逆に、今カナリアを案じてくれている令嬢達は

伯爵家、子爵家などの立ち回りがより難しい子たちばかりで、大っぴらに彼女と食事を共にしたりはし辛い。

 故にずっとひとりで昼食を取っているカナリアを、実はアンナは案じていた。


「我が家は侯爵家。貴女と友として並ぼうと見劣りはいたしませんでしょう?それに、父は正直今の王太子殿下にはほとほと呆れておいでですの!」


「そう、ですね……?」


「わかっていただければ宜しいのです。では、ただ今この瞬間よりわたくしは貴女のお友達……いえ、親友ですわ!!」


「はい!!?」


 どうしてこうなったかさっぱりわからないが、こうしてアンナと奇妙な縁が繋がったカナリアだった。





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