Ep.25 淑女教育、開始

「と言うことで、本日よりわたくしがメリア様の教育係を承ることになりましたの」


「何がどうしてそうなった!!」


 最早恒例の勝負を済ませた茶会の席で告げられた事実に、イグニスはテーブルを殴りガックリと項垂れた。


「メリア嬢の最近の学内での振る舞いは目に余るとは思ってたのよ。その上での街中でのあの騒ぎ。あの子を庇い立てているリヒト様が最近どのように揶揄されているか、イグニスだって知っているでしょう?」


「ーー……」


 しれっとティーカップをソーサーに戻しながら言うカナリアからイグニスは無言で視線を逸らした。


 メリアは実に主人公らしく振る舞い、入学から僅か半年足らずの期間で既にリヒトとイグニス以外の攻略対象7名を全員を虜にしており、他に婚約者が居る彼等が人目も憚らずにメリアの好意を求めて貢いでいる姿に関する苦情が学園にも上がってきている。

 今までは女生徒の方はリヒトが、男子生徒の方はイグニスが、それぞれメリアの“聖女”の力の国への有用性を理由に落ち着かせて来たのだが、その言い訳が既に限界に近いことは他ならぬ彼が一番よくわかっているだろう。


「メリア嬢は現状、入学前にリヒトの傷を治した件以外は一切“聖女”としての功績を示して居ない。それなのに彼女をリヒトが執拗に庇うのは、最初に傷を癒された際に既に腑抜けにされたからではないか……って話か」


 頭を抱えたイグニスの呟きにカナリアも頷き、そして物憂げに目を臥せた。


「リヒト様が自身の情にかまけて国を乱すような愚かな方だと思いたくは無いけれど……、先日の演劇祭の代役の件がその噂を後押ししてしまったわ。だから、私が責任を果たさなければならないの」


「いや、だからってなにもそんなお前直々に……っ」


「見ていらっしゃい腹黒ヒロイン!このわたくしの怒り、貴女を完璧な淑女にする事で晴らさして頂きますわ!」


「おめぇ人の話聞けよ!!!」


 カナリアが何を言っているのかさっぱりだが、とりあえず厄介な事になりそうなことだけはわかって頭を抱えるイグニスだった。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「何が淑女教育よ、馬鹿なんじゃないの!?」


 翌朝、カナリアから送られたシンプルだが上質なドレスをメリアは力一杯壁に叩きつけた。


「どうしてなの、王子様に会うまではお告げ通り全部進んでたのに、学校に入ってから全然上手く行かないじゃないの……!」


 幼いときから、メリアは未来に起こる出来事を予知する能力があった。庶民でありながら自分に癒し能力が有ることも、16歳でリヒト王子と運命の出会いを果たすことも、そして学校で他にも素敵な男性に愛され、卒業式で大々的に告白されることも。全部定められた運命なはずなのに。

 あの女の、カナリア·バーナードのせいで、どうしても今一歩上手く行かない。


『まあまあ、気をお静めください。運命の乙女よ』


「ーっ!鏡……」


 金枠に宝石がふんだんに散りばめられた豪奢な鏡のなかで、メリアと瓜二つの女が歪んだ笑みを浮かべる。


『カナリアは貴女様の恋路を邪魔する宿敵……、障害となるのは致し方無いこと。ですが安心なさいませ。あの女に奪われかけた舞台の主役の座も貴女の手に返ってきたでしょう。結局すべての王子の愛と幸せは、貴女のものとなる運命なのですよ』


「そう……、そうよね。でも私、固っ苦しい貴族のルールなんか勉強したか無いわよ!」


『ふふ……、わかっておりますとも。ですから、面倒ごとはこの私にお任せくださいませ』


「……っ!?きっ、きゃぁぁぁぁぁぁっ!」


 ぬうっっと鏡から伸びてきた白い手がメリアの首を絞め、鏡のメリアが現実のメリアの身体に入り込む。少女の悲鳴に気がつく者は、居なかった。







 軽めのノックが三回。入室時のノックの正式な回数を知っていたのねと感心しつつ、カナリアは扉の向こうに入室を許可する。


「どうぞ、お入りなさいな」


「失礼致します」


 普段の落ちつきの無さはどこへやら。淑やかに入室し膝を折ったメリアの瞳が、怪しい紫色に光った。



    ~Ep.25 淑女教育、開始~





 

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