Ep.24 完璧悪役令嬢、駄目ヒロインを再教育する

 麗らかな午後のスイーツ店で、突然発生した貴族令嬢と(元)庶民の修羅場に騒然となる店内。震えるヒロインを今にもひっぱたきそうな赤ドレスの令嬢にも見覚えがあった。


(侯爵家のアンナ嬢じゃないの。あの方気位が高い上に傲慢で人の話は聞かないし昔から苦手なのよね……)


 以前は皆の羨望の的であるリヒトの婚約者の座を妬まれてよく嫌がらせや毒舌を吐かれた物だが最近は来ないなと思えばそうか、ヒロインの方に突っかかりに行っていたのかと納得する反面。散々『自分より身分も能力も低い地味な婚約者は嫌!私のような価値のある女性はリヒト殿下のような華やかな男性と結ばれるべきよ!』と豪語し婚約者の男性をぞんざいにしていた癖に、いざ自分が同じ扱いをされるのは怒るのか、呆れる気持ちと二人の修羅場に怯え硬直している男性への同情が湧いた。


 ため息をひとつ溢し、アンナ嬢とヒロインには気づかれぬよう扇で顔を隠しながら辺りを伺う。店の出入り口には侯爵家の小飼であろう護衛が二人、店からの他の客の出入りを阻止している。営業妨害もいい所だ。店内の客も困惑し、とてもティータイムを楽しめる様子ではない。何より、騒ぎの中心が貴族令嬢であるせいで彼女の機嫌を損ねることを恐れて、店のスタッフが戸惑うばかりで騒ぎの収束に動けずにいる。本当に、とんだ営業妨害だ。


(……これ以上お店や無関係のお客様達にに迷惑をかけるのは申し訳ないわね)


 何より、アンナ嬢の方はともかくヒロインのメリアとアンナ嬢の婚約者の男性は学園の制服を着ている。由緒ある貴族学園の生徒が市街で痴情のもつれから揉め事を起こすなどとんだ醜聞である。


 どんな事情があるにせよ、ここは一旦場を納めなければ。嫌われているとは言えどカナリアは未来の王妃。アンナ嬢も最低限の忠告くらいは聞いてくれる筈だ。


 そう腹を括り立ち上がったのと同時に、騒ぎの渦中から悲鳴が上がった。


「あっ、アンナ様が自分に冷たいのはバルド様の力が及ばないせいだって落ち込まれていたから元気付けにお茶にお誘いしただけです!そんなに怒る位なら最初からもっと歩み寄れば良かっただけではないですか!!こんな街中まで押し掛けてきて、非常識ですよ!」


 なんと、立ち上がったメリアがアンナ嬢に反論したのだ。まぁ、主張はわからないでもないが、間女と言われてもおかしくはない立場の彼女がそこを指摘するのは明らかに地雷である。

 ほらみろ、キィィィィっと癇癪を起こしたアンナ嬢が右手を振り上げたではないか。


「(まさかこの場でひっぱたくつもり!?)お止めなさ……っ」


「一体何の騒ぎだ、騒々しい!!」


 焦ったカナリアが止めに入るより先に、鋭い声が店内に響いた。

 アンナ嬢の張り手を軽々防いだリヒトが、王子らしく堂々とした態度でメリアを庇うように立ちふさがる。ズキッと一瞬胸が痛んだが、彼の王子と言う立場を考えれば今のは止めに入らない方がおかしい。

 下手に拗れるのを防ぐ為、今はリヒトに任せて静観することにした。


「アンナ嬢、これは一体何の真似だい?」


「りっ、リヒト様っ、ですが彼女がわたくしの婚約者を誑かしたのです!婚約者のいる男性を二人きりで外出に誘うなど淑女としてあってはならないこと!にも関わらず、彼女はバルドだけでなく学内の婚約者がいらっしゃる多数の殿方とも懇意にしていると言うではたありませんか!とても許せませんわ!!」


 声が甲高く早口で捲し立てているせいで心証はよくないが、アンナ嬢の言い分もまぁ間違ってはいない。メリアが婚約者持ちに関わらず多数の男にすり寄り軒並み骨抜きにしている事は、学内中の女生徒のもっぱらの噂だし、実際既に『自分は未来の聖女たるメリアに一生を捧げる』と婚約を破棄してしまった男も居る。今のこの修羅場は、遅かれ早かれどこかで発生していた問題だろう。

 そういえば、その理不尽な婚約破棄にあった女性のひとりはアンナ嬢の友人ではなかったか。よく、彼女と一緒にカナリアをいじめに来ていた気がする。恐らく友人の悲しみも、アンナ嬢のメリアへの怒りを増長させているんだろう。



 そう客観的に判断すれば、アンナ嬢にも同情する面はある。ここは両成敗にして互いに謝罪させ、アンナ嬢と婚約者の今後の関係性をハッキリさせるのが一番だと思ったのだが、リヒトはそうはしなかった。


「話はわかったが、君は誤解をしているね。メリアはこの国で唯一癒しの魔力を持ち、国に繁栄をもたらす聖女。まだその立場についていないとは言え、婚約者の有無や性別を問わず、彼女を丁重に扱うのは国民の当然の義務だ。そこの彼や学内でメリアに尽くしている生徒達はその義務をしっかり果たしているだけだよ。責められる云われはない、寧ろ讃えられるべきだ」


「でっ、ですが、それで自分の婚約者を蔑ろにするのは違うでしょう!?聖女は本来王族の方以外とは結婚も出来ないのですから、不用意に他の殿方を誑かすべきではありません!その女の態度は明らかにフシダラですわ!!」


「聖女たるメリアに先ほどから君はなんて態度を取るんだ!」


 珍しく声を荒げたリヒトにアンナ嬢がビクッと肩を縮めた。王子にああ言われてしまってはなにも言えないだろうが、納得はいかないだろう。


(リヒト様……どうしてしまったの?)


 前はもっと冷静で、公明正大で、思いやりのある人だったのに。俯いて涙ぐんだアンナ嬢も、本来一緒にこの店に来た筈のカナリアも無視して『もう大丈夫だからね』とメリアに優しく微笑むその姿は、まるで別人のようだ。

 そしてメリアも、自分が誘ったというアンナ嬢の婚約者の男性など見えていないようにうっとりした表情でリヒトの手を取る。これはなんて茶番だ。


 心臓の痛みは最高点に達し、ドロドロとした感情が胸を支配する。


(馬鹿馬鹿しい……、いっそこのままこっそり帰ってしまおうかしら)


 リヒトの心はもう、メリアに傾き始めている。演劇祭の時からまさかと感じていたが今の茶番で、確信してしまった。


「まして、学外で聖女に言いがかりをつけ暴言を浴びせた罪は重い。君の本日の振る舞いは僕からご実家に連絡させて貰うよ。君の実家とバルドの実家の婚約についても、白紙に戻した方が良さそうだ」


「そんな……っ!」


「……っ!」


 突然飛躍した婚約破棄の話に、耐えきれなくなったアンナ嬢の瞳から雫が落ちて、床で弾ける。

 その途端、パシンッとわざと大きな音を立てカナリアが立ち上がった。


 しん、と静まり返った店内の視線が、優雅に立ち上がったカナリアに集中した。


 散々嫌がらせをされてきた。だから、正直アンナ嬢のことは嫌いだ。だけど。


(……今の彼女の姿は、ゲーム通りの未来で婚約破棄されるカナリア《私》と同じだ)


 とても、見捨てるなんて出来ない。


「ずいぶんとおかしなお話をされておりますわね?わたくしも混ぜて頂けないかしら」


「カナリア、ひとりにしてすまない。埋め合わせはまた後日……」


「いいえ、構いませんわ。その代わりと言っては何ですが……ひとつ頼みごとがございますの」


 わざとらしくにこやかに、カナリアがリヒトの背にしがみついて隠れてにやついているメリアを見据える。


 リヒトが怪訝そうに眉を寄せ、メリアがあからさまに青ざめる。まさかの助け船にキョトンとしたアンナ嬢とただただ唖然とするバルドの眼差しを一心に受けながら、カナリアは実に悪役令嬢らしく優雅に扇を翻した。


「わたくしを、メリア様の淑女教育の講師として認めて頂けませんでしょうか?どんなご令嬢にも劣らない、素晴らしい女性に育ててご覧にいれますわ」

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