Ep.23 修羅場と主役と悪役と
「この度は、とんだ醜態を晒してしまい申し訳ございませんでした!!!」
「おいっ、馬鹿、止せ!淑女が土下座なんてするんじゃない!!!」
数日後、精密検査も終え久方ぶりに学園のいつもの勝負部屋で顔を合わすなり頭を下げたカナリアをイグニスは慌てて立ち上がらせた。
「調査の結果、倒れた件はお前に比がなかった事は証明されたろ。いつもの勝ち気な完璧令嬢はどうした?らしくもない。俺の前で泣いたのがそんなに恥ずかしかったか?」
「きゃぁぁぁぁぁっ!そこに触れないで頂戴!」
からかうようなイグニスの言葉に顔を赤くしたカナリアが飛びかかって彼の口を塞ぐ。
「ぷはっ!動揺し過ぎだろ……」
「当たり前じゃない!涙なんて10歳を過ぎてから家族はもちろんリヒト様にだって見られた事無いのよ!!?」
「……っ!」
顔を真っ赤にして揺さぶってくるカナリアの言葉に一瞬湧いた優越感を、イグニスは頭を振って振り払う。
「はいはい、わかったわかった。あの夜の事は事故だ、もう忘れたしリヒトには言わねぇよ」
「本当ね!?約束だからね!」
「だーからわかったっての。それより、今日は久しぶりにリヒトと二人きりで出かけるんだろう。約束してやるから早く行け」
呆れ顔のイグニスが手をヒラヒラ揺らしてカナリアを部屋から送り出す。
「……今日向かうのは市街でも評判のスイーツ店だから、この間のお礼にお土産なにがいいか聞こうと思ったのにな」
バタンと閉じられた扉の前で呟くが、約束の時間まであとわずかだ。ノックしてみても返事はない、早く行けと言う事だろう。
(仕方ない、季節のお勧めでも買ってきてあげよう)
そう一人呟いて、待ち合わせ場所に向かうカナリア。
それを物陰から睨み付けている人物が居ることには、気づかなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日の外出は、過労で倒れてしまい舞台に立つことが出来なかったカナリアにリヒトが『気晴らしと静養を兼ねて遠出でもしないか』と申し出があったからである。
何でも、あの日カナリアが倒れる直前会いに来たにも関わらず倒れる程疲弊していた事にも気づけずすまなかったと、カナリアが休んでいた数日間リヒトは酷く気落ちしていたのだと他の生徒達が教えてくれた。ヒロインであるメリアとも、距離を置いている様子だと。
「私が勝手に無理しただけなのに、まさかリヒト様からお出かけのお誘いを頂けるなんて……ふふ」
実は、王太子とその婚約者と言う高すぎる身分の事もあり、カナリアは今までリヒトから城の外への外出に誘われた事がなかった。だから今日の誘いに関して、かなり朝から浮き足立っている。
お忍びの為に豪奢なドレスは着られないが、代わりに街娘の間で人気だと言うシフォンとフリルがふんだんにあしらわれたレースのワンピースを用意した。これくらいなら、裕福な商人の娘に見えるだろう。髪もマーガレットに結い上げて貰い待ち合わせ場所に向かうと、既に待っていたリヒトが振り向いた。
「やぁカナリア、具合はどうだい?」
「お陰様ですっかり回復致しましたわ、ありがとうございます」
差し出された小さな花束を受け取ってはにかみながらカナリアが答えると、リヒトが安心したように目を細めた。
「それはなによりだ。じゃあ、今日は思う存分ケーキを食べる事が出来るね?」
「まぁ、リヒト様ったら。わたくしそんなに食い意地は張っておりませんことよ」
リヒトの軽口にクスクスと笑いながらも、然り気無く手を引かれて馬車に乗り込んだ。今日向かうのは今城下で一番人気のスイーツ店。こちらの世界では初であろう、ケーキバイキングを取り入れた店舗である。
店先でパアッと顔を明るくさせたカナリアに、リヒトは彼女には気づかれないようこっそり口角をあげていた。
「僕はこう言う様式の店には初めて来たけれど……カナリアはずいぶんとこなれて居るね?」
格子状に区切られた専用皿に綺麗にケーキを乗せて席に戻るとリヒトにそう言われた。そんな彼の前には、ビターなチョコレートケーキがひとつとコーヒーのみ。確かに、普通の王族・貴族に好きな料理を自由に取れるバイキングは馴染みが無いのかも知れない。カナリアは、前世の日本で馴染みがあったから料理を取る列の流れや一度に持ってくる量の感覚に馴染みがあっただけだ。
だから正直、この問い掛けは予想がついていた事である。一度ナプキンで唇を拭い、淑女らしく優雅に微笑んだ。
「えぇ。リヒト様はあまりご利用になられないでしょうけれど、学園の食堂もこう言った形式ですし。それに、市民の流行りと言うものは斬新で学べる事も多いですから、定期的に情報は仕入れておりましたの」
あらかじめ用意していたその言い訳をリヒトは『君は相変わらず勉強熱心だね』と疑い無く聞き入れてくれた。ちょっと罪悪感があるが、嘘は言っていない。ただ、本当の事も言えないが。
「確かに市民の思考と言うのは新鮮だよね。実はこの店も、メリア嬢が勧めてくれたんだ」
「ーっ!?ま、まぁ、そう、でしたの……」
今日は朝から一度も見かけていないからすっかり油断していたのに、まさかのタイミングで出てきたヒロインの名前に過剰に反応してしまった。
どうかしたのかとリヒトに聞かれ、穏やかに微笑んで頭を振る。リヒトは一瞬首を傾いだが、飲み物のおかわりを取りに席を立っていった。
(せっかくのデートなのに、なんだろう。この虚しさは……)
遠ざかっていく彼の背中に、一瞬浮かんだその気持ちを慌てて振り払う。王太子として忙しい中、わざわざリヒトが自分の為に時間を割いてくれたのだ。楽しまなくては失礼だ。
「私もおかわりを頂きに……っ!」
「貴女、人の婚約者と堂々と二人で、しかもこんな学園外の店でお食事だなんて、本当に常識がございませんわね!!!」
「そっ、そんな!違いますっ、私はただお店の紹介の為に……っ」
「お黙りなさいっ、この聖女気取りの泥棒猫が!」
突如、少し離れた角のテーブル席から激しい落下音がしたかと思えば、店内に響き渡る甲高い女の声。どうやら、店内に乗り込んできた女が角席に居たカップルに詰めより、怒り任せにテーブルクロスを引き抜いたようだ。
(それにしても今の会話、なんだかとっても聞き覚えがあるような……)
そう、ゲームのリヒトルート。場所はスイーツ店ではなく、学園の食堂であったけれど。一度学食を使ってみたいと言うリヒトと食堂で連れ添っていたヒロインに、
物凄く嫌な予感がして、ゆっくり騒ぎの中心に振り返る。そこでは、真っ赤なドレスの令嬢に詰め寄られたヒロインが、大きな瞳に涙を溜めて小動物がごとく震えているのだった。
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