Ep.14 それぞれの思惑

「えっ?あ、これは……国立魔術演劇場で三年に一度行われる国際演劇の公演の宣伝ね?」


「そうだ。この公演には毎回国王夫妻、国内外の高位貴族が多数観劇に訪れる。皆の前で実力を知らしめるにはまたとない舞台だろう」


 確かにそうかも知れない。この日は市街でバザーや曲芸なども行われて王都全体がお祭り騒ぎになるくらいだから、劇に訪れる観客数も馬鹿にならないだろう。次期公爵となるカナリアの兄も一度見に行ったことがあるそうだが、現実離れした幻想的で素晴らしい舞台だったと誉めそやしていた。


 何より、ゲームでは他ならぬヒロインがリヒトの指名によりこの劇の名誉ある主演に選ばれていた筈だ。


(現状はゲームの流れとはまるで違うけど、行事自体はきちんと起きるのね……当たり前か)


 これは国の代表的な行事のひとつだ。ゲームのシナリオ云々で中止になるわけはないだろう。

 取り出された羊皮紙をまじまじと眺めるカナリアに、更にイグニスが言う。


「そしてこの劇の主演は毎回、この学園の生徒の中から有志による投票で選ばれる。しかも、主演に選ばれた女性にはある特権が与えられるそうだ」


「特権?」


 それは聞いたことがない、と首を傾いだカナリアの前で、イグニスが男女が抱き合っているシルエットが描かれた劇場の羊皮紙をヒラヒラと揺らした。


「演目は必ず恋愛を主軸にしたものに統一されているからな。主演となった女性は相手役の男を指名できる。相手がどんな身分であろうとな」


「ーっ!」


 その言葉に、目を見開いた。つまり、カナリアが主演を勝ち取れば……


「リヒト様と二人で舞台に立てる!!」


 最近はなかなかゆっくり会う時間も持てず、リヒトの真意を聞こうにも話すことすらままならなかった。これはまたとない好機だ。

 パァッと表情を明るくさせ立ち上がったカナリアにイグニスが頬杖をつきながら笑う。


「まぁそう言うことだ。最も、あくまでお前が自力で主演の座を掴み取れればの話だが?」

 

「あら、誰に口を聞いているの?その主演の座、必ずや勝ち取ってやるわ!!!」


 からからうように笑っているイグニスに、カナリアは高らかに笑いながらそう宣言してやった。


「あ、でもあの聖女候補に勝とうが負けようが俺はお前を義妹とは認めんからな」


「貴方、本当にそこだけはブレないわね……!」












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 善は急げと言うことで。イグニスと話した翌日、演劇祭の件を伝えるべくカナリアは早速リヒトに会いに行くことにした。

 向かうのは、男子生徒のみで行われる剣術指南の鍛練場だ。婚約者の男が居ない令嬢は入ることが出来ないここならばヒロインも近づけないため、邪魔も入らないと思ったのだ。


 授業中のわりにはずいぶんと騒がしい闘技場をひょいと覗き込むと、どうやら今日は魔術と剣術を掛け合わせた模擬試合をしているようだった。

 そして、リヒトは闘技場のど真ん中に立っていた。丁度試合中らしい。相手はなんと、イグニスだった。


 終わるまでは暇なので壁際に控えて待っていると、既に試合を終えて脇に下がっている男子生徒達の話し声が耳に入ってきた。


「またあのお二人かぁ、よくやるよなイグニス様。確かにイグニス様もお強いけど、毎回叩きのめされてるのに。風と火じゃ相性だって悪いしなぁ。俺だったら真似出来ないよ」


「全くだ、リヒト様の魔術は迫力が違うもんな。一度喰らったらもう思い出したくもない……!よく諦めずに立ち向かえたもんだぜ」


 彼等もリヒトと戦ったことがあるのだろうか。身を寄せあってガタガタ震えている哀れみを誘う姿に苦笑したカナリアの背後を、リヒトの風の魔術に吹き飛ばされたイグニスが盛大に吹っ飛んでいった。


「今日も僕の圧勝だね、お兄様」


 壁に叩きつけられ床に倒れ込んだイグニスだが、すぐに立ち上がり真っ直ぐにリヒトを見据えていた。


「まだまだだ!今日が駄目なら明日、明日が駄目ならまた次だ!いつか必ず負かしてやるから見てろよ!」


「やれやれ、諦めが悪いな……。あれ?カナリア?」


 イグニスの宣言にため息を溢したリヒトがこちらに気づいた。イグニスも振り返り、二人してこちらに歩いてくる。

 人目もあるしと、カナリアは優雅に笑んで膝を折った。


「ごきげんようリヒト様、イグニス様。模擬試合、お疲れ様でした。先触れもなくお伺いして申し訳ございません」


「ありがとう。別に構わないけれど、何か用事かい?」


「えぇ。リヒト様にお話したいことがありまして」


 そう答えると、リヒトは不思議そうに首を傾げ、イグニスはあぁと納得したように頷いた。


「わかった。じゃあ久しぶりに二人で昼食でも摂りながら聞こうか」


「ーっ!ありがとうございます」


 話をしにきただけなのに、嬉しい誤算だ。

 しかし、ごく自然に差し出されたリヒトの手を取り歩き出そうとした時。リヒトと繋いだ手と反対の手首をパシッと掴まれた。


「えっ?」


「……っ!」


 驚いて振り返ると、カナリアの手首を掴んだまま困惑の表情を浮かべているイグニスと目があった。

 きょとんとしているカナリアの前に、リヒトが身体を滑らせる。


「兄上、カナリアは今から僕と“二人だけで”話がありますので、今日は貴方のお相手は出来ませんよ。ですから、その手を離していただけますね?」


「あ、いや……」


「は・な・し・て・い・た・だ・け・ま・す・ね?」


 ゆっくりと、穏やかに、だが言い様のない圧の籠ったその言葉に、イグニスがすっとカナリアの手首を解放した。


「わかっていただければ良いのです。さぁ、行こうか?カナリア」


「え、えぇ。ではイグニス様、また次の勝負の日に……!」







 満足げに笑ったリヒトが、イグニスの様子を不思議そうに見ているカナリアの手を引いて歩き出す。

 最近はメリアをリヒトに推す声もあるが、あぁして立ち並ぶ二人の姿は絵画のように美しく、そして、お似合いだった。


 離れていく弟とカナリアの姿を見送り、イグニスは空になった自分の手を見つめる。


「何だったんださっきの、手が勝手に…………」


 リヒトに連れられ彼女が自分に背を向けた瞬間、何故自分がカナリアの手を掴んでしまったのかはわからない。

 ただ、空になったその手が酷く冷たく感じて、思わずぐっと拳を握りしめた。

 心に穴が空いているようなこの感情がなんなのか、イグニスにはまだ、わからなかった。


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