Ep.12 シナリオの力

 ドーンっと派手な音を立てて落ちてきたその少女は、結果的に彼女を抱き止めた形となったリヒトを巻き込み大理石の床へ勢いよく倒れ込んだ。


「おい、一体何事だ!?」


「よくわからないが、階段から足を踏み外した女子生徒が恐れ多くもリヒト殿下の上に落下したらしいぞ」


「まぁなんてこと!!いくら事故とは言え不敬ではなくて?その女子生徒はただでは済みませんわね」


「ーっ!(しまった、よりによって会場のど真ん中に居たせいで異様に目立ってしまってるわ。すぐに対処して余計な火種は鎮火しないと……!)」


 一瞬呆けてしまったが、周りがざわつきだしたことでハッとした。すぐに倒れている二人に駆け寄り声をかける。


「リヒト様、大丈夫ですか!?頭を打たれたのでは……っ」


「いや、受け身は取ったよ、大丈夫。それよりそちらの子は大丈夫かい?先程から動かないけれど……」


「ーっ!そうですわね。貴方、しっかりなさって!大丈夫?痛いところはない?」


「だ、大丈夫ですぅ……」


「……っ!」


「あれ?君は……」


 助け起こしたその少女の顔を見てカナリアは硬直し、リヒトは驚いたように少しだけ目を見開いた。


 透き通る雪のような白銀の髪、アメジストを閉じ込めたような薄紫の瞳をした、妖精のように儚く愛らしいその顔。ヒロインのメリア・シルフィードだ。見ず知らずの女子にのし掛かられながら怒りの欠片も見せないリヒトの反応からしても、間違いない。


「た、助けていただいてありがとうございました!私、急遽特別な魔力があるってこね学校にいれてもらうことになったんですが舞踏会なんてはじめてで、パートナーも居ないし勝手がわからなくて……!と、とにかく迷惑をおかけしてすみませ……きゃうっ!!」


「だ、大丈夫ですか!?とりあえず落ち着いて!」


 カナリアに助け起こされたメリアは慌ててリヒトの上から立ち上がろうとしたが、階段から落ちたばかりのせいかふらついてしまった。その反動で倒れたグラスに入っていた果実水が、バシャリとカナリアのドレスに染みを作る。感じた冷たさに、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。


「きゃっ!(わぁ、これ新しいのに……。帰ったらまたマーガレットに怒られちゃうわね)」 


「あっ!ご、ごめ、ごめんさいぃぃ……!」


 サァァァァッと目に見えて青ざめたメリアの瞳がうるうる潤み出したのに気づいてカナリアは慌てた。

 別に怒ったつもりも、自分がそこまで悪人面しているつもりも無いのだが。ハムスターがごとき美少女にそんな涙目でプルプル震えられてしまっては、まるでこっちが苛めているみたいじゃないか。


「……っ!」


 どうしたものかと辺りを見回した時、こちらに来ようと人波を掻き分けているイグニスに気づいた。ホールでの騒ぎの渦中に居るのがリヒトとカナリアだと気づいたのだろう。こちらに来ようとしている彼と視線が重なると、カナリアはふるふると首を横に振った。


 巻き込まれるから、来ては駄目だと。


 その意図はきちんと伝わったのだろう。イグニスが歯噛みしつつも足を止め、集まっている野次馬達を上手く誘導してくれるよう兵士達に指示を出し始める。これで少しは人目も減るだろうと安堵しつつ、改めてヒロインに向き直った。

 が、メリアは両手で頭を抱えたままカナリアを見上げてまだまだ泣いている。


(困ったわ……。このままメリアさんに泣かれてたらゲーム通り私が苛めてることになっちゃう!どうしよう……!)


 怒ってないよー、怖くないよーと伝えようとメリアの顔を覗き込もうとしたが、逆に彼女はさらに萎縮してしまった。


「まぁまぁ、そんな顔をしないで。メリア嬢。聖女に涙は似合わないよ」


「きゃ……っ!え、あ、あの、王子様……?」


 カナリアがほとほと困り果てたその時、リヒトがそう笑っていきなりメリアをふわりと抱き上げた。突然のことに、息を飲んでこちらを伺っていた辺りもざわつく。

 カナリア自身、メリアを姫抱きにして微笑む婚約者の姿にぽかんとしてしまった。


「カナリア、紹介が遅れたけれど、彼女が今朝話した“聖女候補”だよ。手続きが急だったから、クラス分けには名前が入れられなかったみたいだけれど」


 知ってます、とは言えなかった。曖昧に笑うしか出来ないカナリアの前で、リヒトは腕の中で顔を赤くしているヒロインに向かい優しく微笑みかける。


「僕は昨日、彼女に傷を治してもらった恩義がある。王子として、男として。女性から受けた恩はきちんと返さないといけないよね。だから……」


「……っ!」


 そのリヒトの台詞に、はっとした。これは、ゲームと同じ展開だ。

 冷や汗をかくカナリアには気づかず、リヒトがヒロインの手を取る。


「パートナーが居なくて困っていると言うのなら、本日だけは僕が君の相手役を務めよう」


「いっ、いいんですか!?あ、でも、王子様には婚約者さんが……」


 ぱあっと一回嬉しそうな顔になってからわざとらしい程にしゅんとなって、メリアがカナリアをチラ見する。

 『わかってんなら断らんかい』と突っ込みたい気持ちをぐーっと堪えた。ここで下手に彼女にキツイ言葉を浴びせるのはリスクが高すぎる。例えそれが、正論であったとしても。


 ましてやリヒトに、『君ならわかってくれるだろう?』と言わんばかりの眼差しを向けられては、カナリアに“否”はなかった。



(でも私、リヒト様にあんな風に抱き抱えてもらったこと、一度もないー……)


 その虚しさを噛み殺すように扇の下で息をついて、淑女の笑みを浮かべる。


「リヒト様の恩人であれば、わたくしにとっても恩人です。礼を尽くさねばなりませんわね」


 そう答えれば、リヒトは『君ならわかってくれると思っていたよ』と笑ってメリアを連れ、ダンスホールへと歩いていった。


 そしてそのまま、たどたどしいメリアを優雅に優しくリヒトがリードして踊り出す二人。


(ここに至るまでの経緯はさておき、何てスチル通りの光景なのかしら)


 ざわつく野次馬達さえ言葉を失くすほどに似合いなメインヒーローとヒロインの初ダンスに、言い様のない抗えない力を感じて……少しだけ嫌な予感がする。


 その“嫌な予感”を肯定するように、国の伝承にも残る“聖女”の筆頭候補として、ヒロインがリヒト、カナリア、イグニスと同じ学年でもトップの人間達があつまるクラスに特待生として入るのだと大々的に発表されたのは、その僅か一時間後のことだった。

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