Ep.11 ヒロインは降ってくるのがお約束らしい
翌日。つまりは高等科入学式当日。
リヒトがすでにヒロインに出会ってしまったと言う事実にどんよりしながら高等科へたどり着いたカナリアは 、クラス分けを見るべく成績発表をかねた掲示板の前にやって来ていた。そして、自分の名前の配置に驚く。
「私が一位……!?」
そう。順位表の一番上。いつもならリヒトの名前が独占しているそこに自分の名前があったのだ。ちなみにリヒトは二位。たった3点の差だが、カナリアが彼の点を上回ったらしい。
信じられなくてポカンとしていると、後ろからポンと頭を叩かれた。
「主席入学おめでとう、カナリア嬢?」
「イグニス……っ様、ごきげんよう」
流石に人目がある前で素で接するわけにはいかない。慌てて礼を取り繕ったカナリアにだけわかるように面白そうな顔をしたイグニスが囁く。
「俺とずっと切磋琢磨していた勝負期間が苦手分野の向上に繋がったらしいな。あのリヒトに学問だけとはいえ勝つなんて、やるじゃないか」
「あ、ありがとうございます……っ!」
お礼の途中で、くしゃっとイグニスの手に頭を撫でられた。伺うようにこちらを見ていた野次馬たちからきゃーっと黄色い声が上がる。リヒト程ではないが、皆の前では上手く残念な中身を隠しているイグニスも実は結構お嬢様方から人気があるのだ。
驚いて固まってしまったカナリアに、イグニスが囁く。
「何を気にしているのか知らないが、凹んでいるなんてらしくないぞ。高等科入学試験で一位なんて素晴らしいことだ、だから」
『元気出せ』、と、そう言われて、ようやく彼が自分の異変に気づいて励ましに声をかけてきたことを知った。
お礼を言おうとしたが、その前にイグニスはヒラヒラと手を振って去っていってしまう。
少し耳が赤くなったその後ろ姿を見送りながら、カナリアはくすりと笑った。
(不器用なくせに優しいじゃない、……ありがとう)
「あれがもう一人の王子様かぁ……、あっちは硬派な感じでいいじゃない。リヒト様ほど素敵じゃないけど、落としがいがありそう」
柱の陰からこちらを見ていた人影の企みには、まだ気づかないまま。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「主席おめでとう、カナリア。負けた事は少し驚いたけれど、君の実力を改めて皆に知ってもらうことが出来て僕も鼻が高いよ」
「ありがとうございます、ですがたまたまですわ。あまり煽てないで下さいませ」
「そう、たまたま……ね。謙虚だなぁ、君は」
一瞬鋭く目を細めたリヒトと腕を組みながら片手で口元を覆って恥じらうように笑うカナリアは、『何リヒトの前では猫被ってるんだ』と言いたげにこちらを遠目で見ていたイグニスを一瞬睨み付け、きらびやかな会場に目を配った。
(うーん、見当たらないなぁ、ヒロインのメリアさん。クラス分けにも名前無かったし、まさか入学しなかったとか……?いや、でもヒロインが“聖女”候補として学院に入ったと発表されるのはこの舞踏会の最後。まだ気は抜けないわね)
入学式もつつがなく済めば、後に控えるのは一年同士の交流会と言う名の舞踏会である。
式が終わり制服からドレスに着替えた後、いつもの通りに迎えに来てくれたリヒトの姿にカナリアは心底、安堵した。
ゲームのシナリオ通りなら、リヒトは悪役令嬢カナリアを迎えに来る前の道でドレスもない上に迷子になっていたヒロインと再会。そして、先日傷を治してもらった礼だと彼女にドレスを贈り、エスコート役を買って出るのだ。婚約者であるカナリアとの約束を、『君は実のお兄様と出るといい』と言伝だけですっぽかして。
そして、“婚約者にエスコートしてもらえない”と言う屈辱的な形で舞踏会に出たカナリアは、リヒトの隣に立つヒロインの姿に怒り狂い、彼女が一人になった隙を狙って攻撃する……と言う、第一の悪役令嬢カナリアによるいじめイベントが起きるのもこの舞踏会な訳である。
そう、あくまで“シナリオ通り”ならば。
(でも、現在リヒト様は私の隣にいてエスコートをしてくれているし、このまま意外と何事もなく済むかも?)
ヒロインこそ見つけられていないが、リヒト、イグニスの二人の王子をはじめとした攻略対象の姿はすでに全員把握済みだ。そして、その側にヒロインらしき人影はない。皆友人や自分の婚約者と談笑し、食事や飲み物を楽しんでいる。
その至って平和な光景を観察していると、目の前にすっと白い手袋で覆われた手が現れる。リヒトがカナリアに向かい右手を差し出したのだ。
同時に響きだしたワルツの前奏に、ダンスタイムが始まったことを知る。
「高等科に上がって最初の夜会だ、お相手いただけますか?カナリア・バーナード公爵令嬢」
周りから注目されている中で、シャンデリアのきらめきすら霞みそうな眩しい笑みを浮かべたリヒトがそうカナリアを促す。
この世界では、舞踏会の最初の一曲目は婚約者か配偶者と踊るのが習わしだ。もちろん、カナリアは毎回夜会に出る度にこうしてリヒトと踊っている。
彼の足を踏まない為にと二人の兄にダンスの練習に付き合ってもらったお陰で手にいれた、実に優雅なステップがカナリアの密かな自慢でもあるのだ。(そのレベルにたどり着くまでに、何度兄達の足を踏みつけたかは最早数えたくもないのだが。)
だから今回も、当然の如く差し出されたリヒトの手に自分の手を重ねようとした。
しかし、その時。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「えっ!?」
ダンスホール手前の階段から突如甲高い悲鳴が響いた。反射的に振り返ると、誰かが螺旋階段から落下してくるのが見える。
突然のことに動けずに居るカナリアに向かって悲鳴の主がまっ逆さまに落ちてくる姿がやけにゆっくりに見える中、動いたのはリヒトだった。
「危ない!!」
そう叫ぶが早いか、リヒトが落下してくる少とカナリアの間に自らの身体を滑り込ませる。
そして階段から落ちてきた一人の少女は、そのままリヒトの腕の中に飛び込む形で彼と一緒に大理石の床へと倒れ込んだのだった。
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