始まりと終わりと

 ナパーム投下を終えたオーウェさんが戻ってきて、ミーニャとボートの操縦を代わった。ミキマフを殺し損ねたというけど、いまのところ追ってくる気配はない。

 そのままボートは進み、ぐねぐねと蛇行した河を上ってゆく。ミーニャは船に括り付けたバイクのところで、何やら整備を始めた。揺れる船上で、よくそんなことができるもんだと感心する。

 かなりのペースで走り続け、二時間ほど。少し川幅が広くなってきたところで、オーウェさんが河岸に密生した森の奥深くを指し示す。


「あそこの、ものすごく大きい樹があるでしょ?」 

「うん」

「あれが、新生ソルベシアの“始まりの樹”なんだって」


 何のことかと思えば、かつて不毛の砂漠だったソルベシアを王子ハイダルが再生した記念碑的な場所なのだとか。

 再生と言っても、あれだ。“恵みの通貨”で作ったもの。そのとなったのは当時この地を支配していた帝国軍とその占領地軍、総勢四万だかの命だ。無論それを責める気は毛頭ないが、緑あふれる豊かな森もあたしにはどこか近付き難いものに思えてくる。


「それを支え助けたのが、北の大陸にあるわたしたちの故郷ケースマイアンの魔王陛下と、魔王妃陛下だったの」

「「へえ……」」


 オーウェさん、あたしたちの観光ガイドみたいになってるな。

 魔王って、例のヨシュアとかいう日本人か。名前だけで面識もないし、どんな人間なのかも知らんけど……えらい手広く活動してたようだ。

 いや、それはともかく、ちょっと待てよ?


「あそこが起点、てことは……」

「どしたの、シェーナ?」

「この河、おかしなカーブを描いてるし、岸が妙に切り立ってる。これ分断用に造成したんじゃないのか?」


 ミーニャがチラッとこちらを見る。思ったよりバカじゃないんだな、みたいな顔が少しムカつく。

 そのままバイクの整備に戻ったので、代わりにオーウェさんが解説してくれた。


「シェーナの言う通りよ。何年も掛けて、南側との切り離しに成功したの。河幅を広げて、水深を上げてね。こういう囲い込み用の河や渓谷が何箇所かあるの」


 ソルベシアを再生した“恵みの通貨”だけれども、生存域を確保するためには、それを止めなくてはいけないのだ。

 部分的にはファンタジーな世界なのに現実は案外、世知辛い。


「でもミキマフがこの河を越えたら、それも無駄になるんだよね」


 ジュニパーの声に、オーウェさんが頷く。

 いま彼女たちが急いでる理由は、それか。あの緑の化け物が越えられそうな場所はどのくらいあるのかを確認する。空から観察したオーウェさんの推測によれば、あのデカブツに歩いて河を越える力はない。でも身体が樹木だけに浮かぶだろうし、南側に流れ着いたら同じことだ。

 対処するなら“魔王の物資集積所デポ”にいる本隊と合流した上で、ミキマフの南下を防ぐため阻止線を設定するしかない。


「いま考えている場所は二箇所。ひとつは南東側の山中に掛かっている古い吊り橋。最悪、そこは落とすしかないわね」

「もうひとつは?」

「あれよ」


 オーウェさんが船首方向を指す。河幅いっぱいに掛かった、大きな橋が見える。全長はたぶん、二十メートル近い。元いた世界の近代建築っぽいシルエットは、どっかで見覚えがある。


「……レインボーブリッジ?」


◇ ◇


 案の定、橋は魔王の提案で設計されたものだった。もちろん規模も環境も違うから、お台場のそれとはサイズやバランスが大きく変えられていたが。

 二十メートル近い河幅を越えられて、重量十数トンの車輌が通過可能で、水害対策のため水中に橋脚を立てない工法。その条件に合わせて考えた結果だそうな。


「あの橋の先、丘の陰になったところがわたしたちの拠点よ」


 オーウェさんが橋の袂にある船着場にボートを着けると、ミーニャは報告のためバイクを下ろして先に出発した。あたしたちはボートを岸まで引き上げるのを手伝った後、ランクルを出して後を追う。


「これは、“はんびー”の親戚ね?」


 ランドクルーザーを見たオーウェさんが嬉しそうに笑う。


「そうみたいだね。ヤダルさんとミスネルさんたちも、同じようなこと言ってたな。」


 どんな車か、あたしにはピンときてないけど。

 ちなみにミーニャの乗ってたバイクが、前に名前の出た“えくさーる”だ。正確には、ホンダ製のXR。燃料タンクに書いてあった。


「あれ?」

「非常事態を知らせる鐘よ。ミーニャの報告を聞いたのね」


 車に乗り込みエンジンを掛けたところで、ジュニパーとオーウェさんが話すのが聞こえた。あたしの耳には、まだ鐘の音はしない。

 走り出してすぐ、橋からつながる道に出る。そのまま道なりに上ってゆくと、固められた道路が丘を巻くように続いていた。意図的にそうしたのか、丘に草木は生えていない。

 そこでようやく、あたしの耳にも鐘の音が届くようになる。あまり耳障りではないので、警報というより学校で時間を知らせる鐘みたいだ。

 途中に鉄製のゲートがあって、守衛みたいなひとが立っていた。たぶんドワーフの、小柄な男性。円盤状の弾倉をつけた妙な銃を肩から掛けている。


「話は聞いてる。そのまま入ってくれ」


 ランクルは開かれたゲートを通過して、さらに進む。丘の裏手に駐車場みたいな広い平地があって、その中心に真っ白な建物があった。なんと表現して良いやら、リアクションに困る。


「……サバ缶ふたつに挟まれた、コンビーフ缶……」

「ん? シェーナ、なんかいった?」

「なんでもない。ただ、変わった建物だなって」


 物資集積所というから、もうちょっと殺風景な建造物だと思ってた。ヤダルさんによれば、“コンクリで固めた、アホみたいに頑丈な建物”だって話だったしな。実際、頑丈ではあるんだろうけど。

 建物の横に車を停めると、入り口から出てきた。


「待ってたわ、シェーナ」


 しばらくぶりに再会したのは、緊迫した表情のミスネルさんだった。

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