傀儡の拡散

 河は対岸まで十メートルちょっと。濁って深さはわからないが、あまり流れがない。スクリューの立てる波が響かず静かに呑み込まれる感じからして、そこそこ深さはあるようだ。


「あたしはシェーナ。こっちがミュニオと、ジュニパーだ」


 凪いだ河面を走る船の上で、あたしはふたりの女に自己紹介してみた。


「……ミーニャ」


 バイクの女が、無表情のままでボソッと答える。

 なんだその塩対応。その後は岸辺を警戒しながら、こちらに横顔を向けたままだ。


「こら、ミーニャ?」


 船尾で操舵を行っていた美女が、呆れた顔で嗜めた。ミーニャというらしいバイクの女は気にした様子もなく、ずっと岸を向いている。

 まあ、いいけどさ。


「わたしはオーウェ。よろしくね」


 笑顔で話すオーウェさんは美形なだけでなく、どことなく人妻っぽいというか、妙な色気と母性を感じさせるタイプだ。少し癖のある黒のショートヘアで、スラッとした体型はモデルっぽい。

 なんでかケープを掛けた登山用リュックみたいのを背負ってる。魔王のお仲間チームで、後方支援を行う役割なのかも。


「ふたりは、ヤダルさんの仲間?」


 ジュニパーの問いに、オーウェさんはパァッと明るい笑みを浮かべた。


「あら、やっぱりヤダルとは会ってるのね」

「うん。ミスネルさんとかビオーさんとか」


 南に下ったひとたちとの連絡はタイムラグがあったらしく、みんなが元気でやってると聞いて美形のお姉さんは母性愛に満ちた微笑みを見せる。なんかこう、同性ながらもドキドキするんですが、これは何。


「ミーニャが無愛想なのは気にしないでね。誰にでも、そんな感じなの」

「わかってる。あたしも、似たようなもんだし」

「……え? そんな風には見えないわ。シェーナちゃん、すごく人当たりが良いし」


 美女に褒められて戸惑ったあたしは、救いを求めてジュニパーとミュニオを見る。

 ふたりの生温かい微笑みにちょっとイラッとしたが、彼らが言わんとしていることもまた事実なんだろう。


「こいつらに影響されただけだよ。ほんのちょっと前まで、こんな性格じゃなかった」

「しッ」


 ミーニャが手を上げて、こちらを黙らせる。彼女は河岸に続いている森を見たまま、オーウェさんに何か指示を出して自分は船首に向かった。また緑のミキマフ巨人が襲ってくるんだろうか。


「ミーニャ、あたしたちにできることは」

「大丈夫。伏せてて」


 彼女が持ってきたのは、おかしな部品がくっついた自動運転掃除機ルンバみたいな円盤がふたつ。

 何をするのかと見ていると、彼女はそれをオーウェさんに渡して自分が船の操縦を代わる。岸に着けるのかと思ったら、ミーニャは船外機のアクセルを全開にし始めた。

 船体はぐんぐん加速してゆくものの、何がしたいのかわからん。それで解決するなら、なぜ謎武器を持ってきた?


「逃げるのか?」

「戦う。それには風が必要」

「「????」」


 あたしたちは揃って疑問符しか浮かんでこないけれども、手を貸せる状況じゃなさそうなので大人しく船底に避けておく。

 操縦を代わって船首に向かいながら、オーウェさんがケープを外して背中のリュックみたいのを

 七部丈のタイトなパンツにチューブトップを身に着けただけの、スレンダーボディが現れた。その背中に畳まれている白い羽根に思わず息を呑む。


「……オーウェさんって、もしかして天使?」

「あら、ありがとう。でも、有翼族っていう鳥の獣人よ。もしかして、見るのは初めて?」


 うそやん。有翼族こんな美女じゃなかったし。あたしは首を振るが、説明に困る。代わりにジュニパーが首を傾げながら答えてくれた。


「ぼくらが会った有翼族は、ちっこい子たちだったから」

「もしかして、大きくなったらオーウェさんみたいになるのか?」

「ううん、その子たちは同じ有翼族でも、身体の小さな羽ばたき型フラッターね。わたしたちは、身体も翼も大きな帆翔型ソアラー


 そういって、オーウェさんは大きな翼を広げる。端から端までは二メートル以上ある。サイズもそうだけど、翼の形状もチビっ子有翼族とは違ってる気がする。あっちがスズメで、こっちはワシとか白鳥みたいな。

 風をつかんで飛び上がるために、船の加速が要るってことか。おいミーニャ、言葉足らなすぎだ。


「ちょっと待っててね。すぐ済ませるから」


 ふわりと飛び上がると、オーウェさんは何度か羽ばたいて上昇してゆく。上空に上がった後は、たしかにあまり羽を動かさずに滑空しているようだ。

 煌く陽光に白い羽を振り撒きながら優雅に空を舞う姿は、やっぱり天使っぽい。


「くる」


 ミーニャの声と同時に、河岸近くまで接近していた森が膨張して巨大な緑ミキマフが襲い掛かってきた。船を対岸近くまで寄せるものの、大きく膨れ上がった身体は水面を掻きながらこちらに向かってくる。手を伸ばそうとしたミキマフの背にルンバのひとつが落下してくるのが見えた。


「伏せて」


 フル加速を維持したまま船をコントロールして、ミーニャが自分も船尾で頭を下げる。


「え」


 ブワッとオレンジ色の光が溢れたかと思うと、視界いっぱいに赤黒い爆炎と煙が広がった。ミュニオとミーニャが魔導防壁を展開してくれたようだが、周囲にはチリチリと船体や髪が焦げる臭いが漂う。


「くッ」

「オーウェ! もう一発!」


 ミーニャの声が聞こえたのかは不明だが、オーウェさんは上空を旋回しながら投下タイミングを図っている。

 炎上し始めた傀儡のミキマフは、ブチブチとツタや木の枝を引きちぎりながら立ち上がろうともがく。飛んでいるオーウェさんを捕まえようとしているのだろう。必死にツタを伸ばすものの、速度と高度が違いすぎて威嚇にもなっていない。


 両手を広げ叫び声を上げるミキマフの口に、もうひとつのルンバが放り込まれる。一瞬、何事もなかったようにうずくまった巨体が、腹から爆発して激しく燃え始めた。

 ルンバじゃねえな、あれ。戦争映画で見たことある。ナパーム弾とかってやつか。


「「やった!」」


 喜んでいるあたしたちに反応せず、ミーニャは操船を続ける。

 ミキマフは河に飛び込んで消火しようとしているんだろうけど、なんでか炎は消える様子もない。ブスブスと炎上しながら、動きが鈍くなってゆく。四つん這いで立ち上がろうとした緑の巨人は、土下座するみたいに崩れ落ちて動かなくなった。


◇ ◇


「なあ、ミーニャ。これ、どこに向かってるんだ?」

「最初の目的地」


 ああ、五十ミレだか先だって聞いたな。そっちまで走り続けるのは無理、って判断は間違ってなかった。でも訊いてるのはそういう話じゃない。

 ミーニャの言葉が足りないところは、ちょっとだけミュニオと似てる。それにたぶん、あたしとも。


「その目的地には、何があるんだよ?」

「魔王の物資集積所デポ


 ああ、それも以前に何度か聞いてる。

 日本人の転移者が残した、サイモン爺さんとの取引物資を溜め込んでる場所だっけ。


「大陸の北端から五百キロとか聞いたぞ?」

「海からは、そのくらい」


 北の外れにあるイメージだった王城が、思ったより内陸寄りみなみだったわけか。それはともかく、船の速度をフルスピードに維持したままなのがよくわからない。ミキマフは、もう始末したはずなのに。


「急ぐ予定でもあんのか?」

「仲間に、早く報告しないと」

「ミキマフを倒したことをか?」


 ミーニャは溜め息を吐いて、船尾方向の遥か彼方に揺らめいている黒煙を指した。


「違う。ミキマフをこと。そのせいで、生活圏がかなり南まで押し戻されることを」

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