ファントム・ジャンケット
「……どこだ、ここ」
第一印象では遺跡のようだと思ったが、フロアのあちこちに残った丁度品の残骸を見る限り、それほど古くはない。単に、ボロいだけだ。
苔むした石造りの壁は大きく崩れて、床もところどころ抜け落ちてる。壁や床の隙間から入り込んだツタが這って、これはもう完全な廃墟だ。
「ソルベシアの王城……玉座の間」
意外なことに、応えたのはミキマフだった。
あたしの質問に返答したというよりも、単に感極まって口走ったといった方が正しいか。こちらには目もくれず、片隅に置かれた石造りの椅子目掛けて駆け寄ってゆく。
玉座なんだろう、きっと。
あの老害は勘違いしてないか? そこに座ったから王になれるってわけじゃない。そこに座るべきものが王ってだけだ。そして、あの男はしょせん、偽者だ。
「ああ、ああ……」
椅子にすがりついたミキマフは、頬擦りするみたいに玉座を撫でさする。殺すと決めてきたのに、相手の反応が予想外すぎて放置してしまった。
あたしが銃を向けようとしたところで、ミュニオが振り返った。ハッとした顔になって、周囲を見渡す。
「だめ」
「……ん? 殺しちゃダメなのか?」
「違うの。
いつの間にか王様モードから、いつものミュニオな口調に戻っていた。彼女の警告を裏付けるように、緑色の光が部屋のあちこちで瞬く。それは、ミュニオから発せられたものではない。
「この森、まだ生きてるの」
「あぁッ⁉︎」
玉座に覆い被さっていたミキマフが、悲鳴のような嬌声のような甲高い声を上げる。
うわキモッ、なんだあいつ。一瞬そう思ったあたしは、自分が見ているものを理解したとたん、背筋に冷たいものが走った。
ミキマフの足元が、ツタに絡め取られていた。巻き付いたんじゃない。皮膚を破り肉を貫いて、ゆっくりと入り込んでゆく。寄生虫に入り込まれた宿主みたいに。ツタの先端に貫かれながら、偽王の驚いたような顔は、なぜか恍惚の表情に変わる。
「……我は……」
偽王は、うっとりした顔でこちらを振り返る。周囲を這い回るツタが次々と近付き、ずぶずぶとその体内にめり込んでゆく。いままで見た“恵みの通貨”とは、どこか違う。弾けて緑に変わったりしない。
「ああ……いま、……我は、……ソルベシア、そのものに、……なる」
いってることがわからん。何がしたいのもわからん。さっさと殺して終わりにしようと思うのだが、もうこいつは死んでいるとしか思えん。むしろ植物の先端で滅多刺しにされながら、なんで生きているんだろう。
とどめを刺すならミュニオだろうと目配せすると、短い頷きが返ってきた。彼女が振り上げた指先をミキマフに向けると、老害の全身がバラバラに斬り飛ばされる。
呆気ない幕切れだ。
「あいつは、死なないの……」
平坦な声で、ミュニオがつぶやく。
四肢を喪い胴体も腰から上下に分断されたミキマフは、それでもニタニタと締まりのない笑みを浮かべたままこちらを見ていた。
「……おい、なんでだよ」
「王の血を引くエルフなら、“恵みの通貨”には呑まれない、とか?」
ジュニパーの疑問に、ミュニオは首を振る。
「そんな話は、聞いたことがないの。昔、海に逃げようとした王族が船ごと森に変えられたって話は、伝わってるの」
「じゃあ……」
じゃあ、こいつは何なんだ。それ以前に、あたしたちもミュニオも、ここにいたら危ないのか。
ミキマフの服が剥ぎ取られて、上半身が露わになる。そこには刺青のように刻み込まれた魔法陣が光を放っていた。
「……贄の、呪符」
おぞましいものを見るような顔でミュニオが呟く。
詳しい話はもちろん知らない。それでも要点は理解できた。ミキマフは自分を祭壇に捧げたんだ。何かの願いを叶えるために。
「シェーナ!」
ジュニパーの声に振り返ると、あたしたちの背後からツタがこちらに向かってくるのが見えた。ショットガンで弾き飛ばすものの、解決にはならない。先端を失ったところで動きは止まらないし、周囲を取り巻いたツタは無数にあるのだ。見渡す限りの植物が動き出し、床や壁を擦るぞるぞるという音が響いている。
これは無理だ。
「ミキマフを!」
ミュニオの声に銃口を振って、老害の頭をニヤニヤ笑いごと吹き飛ばす。追撃の風魔法が上半身を切り刻んで、微塵切りの肉片に変えた。分断された魔法陣が光を失い、ツタの動きがわずかに鈍くなる。肉片となったミキマフは、今度こそ緑の粒子に変わって玉座の上に薄黄色のしょぼくれた花を咲かせた。
「……たぶん、これで終わったの」
まだだ。植物の動きは完全に止まったわけじゃない。
それどころか、ミキマフを呑み込んで勢いを取り戻した気がする。このままだと、次に養分にされるのはあたしたちだろう。
「ふたりとも逃げるよ、乗って!」
「いいぞ!」
部屋を飛び出したジュニパーは迫ってくるツタを躱しながら薄暗い廊下を疾走する。途中の崩落した床を飛び越えて、速度を上げながら走り続ける。左右からも背後からも、ぞるぞると床を這う音が響いていた。
廊下の端で吹き抜けに出るが、階段は崩れて無くなっている。その後に出入りしていた奴がいるのか、端に縄梯子が掛かっているのが見えた。
地上階までの十数メートルをひとっ飛びで着地すると、ジュニパーはその先にある開口部に向けて走り出した。
「ミュニオ! ここ……王城があるのって、どこかわかる?」
「滅びたソルベシア王国の、王都なの」
飛び出した外は明るい日の光に溢れているが、周囲は鬱蒼とした森に覆われてひとの気配はない。
これが、王都? いや、王城があるなら王都なんだろうとは思うけどさ。
「滅びたって……この“恵みの通貨”に呑まれたからか?」
「違うの。最初に滅ぼしたのは帝国だけど……それはこの森に呑まれたの」
そういや、そんなことを前に聞いた気はする。そこでエルフの楽園に変わったって話だったようだけど。
ジュニパーは森に突っ込むと木々の間を駆け抜け、さらに先へと向かう。ときおり向かってくるツタを躱しながら、凄まじい勢いで疾走する。それなのに、どこまで走っても密林が続くばかりで拓かれた場所も人工物もひとの姿も、それどころか生き物の気配すらない。
「ミスネルさんが会ったっていう正統後継者、ハイダル王子は、王位継承を拒んだの。この地に王は不要だって」
残されたソルベシアの民は、この森に置き去りにされたんだっけか。その結果がいまのゴチャゴチャした縄張り争いだとしたら、そんなもんは自業自得だ。自分の足で立てない無力さを他人のせいにするのは筋違いだとは思う。
それでも、もう少しどうにかならなかったのか。ソルベシアの民も、王も、もちろん偽王も、その周りにいた者たちも、偽王に抵抗しようと立ち上がった者たちも。
「バカばっかりだ」
あたしが思わず漏らした声に、ミュニオが少し俯く。バカどもが起こした騒動の一端が自分にもあるのだと感じたのなら、悪いとは思うけど。
上手く使えば本当にエルフの楽園を作れるはずの“恵みの通貨”。でも、その巨大過ぎる力は莫大な命を呑み込んでおきながら誰も幸せにせず、守るべき故郷の地を広大な墓所に変えてしまった。
他人事ながら、やりきれない。
視界がわずかに開ける。ジュニパーが速度を落として、こちらに警告を発した。
「気を付けて、誰かいるよ」
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