錯謬の玉座
階段脇で警戒を代わってくれてたジュニパーに歩み寄って、あたしは頭を下げる。
「ありがと。おかげで、みんな無事だった。あたし少し、おかしくなってた」
「わかるよ、大丈夫。ぼくも、同じ気持ちだったし」
「わたしも」
ミュニオが、あたしとジュニパーをまとめて抱き締める。
上階から、何人もが駆け回る音が聞こえてきた。あれだけ声を上げて、おまけに魔力まで放出したんだ。待ち構えていた敵が対処に動くのも当然だろう。
息を吐いて、気持ちを切り替える。ここから先は、割り切って考えないと怪我をする。
「さあ、始めようか」
「「うん」」
踊り場で切り返して階段の隅に身を沈め、フロアの奥を見透かす。
五階層目は最上階だった。いままでのフロアより少しだけ柱が少なく、少しだけ天井が高く、少しだけ丁度品が豪華。とはいえ城というには狭くてぞんざいな建物だ。王が暮らすような場所ではない。
せいぜいが、盗人の親玉程度か。偽王にはお似合いだとは思う。
もう狭い階段を通過することもないので、リボルバーを仕舞ってショットガンに持ち替える。火力の高いあたしも前に出て、ジュニパーとふたりで前衛だ。
「もう見付かってんなら、音を気にする必要もないな」
「うん」
いくつか遮蔽の陰で動く影も見えてる。みんな武装し待ち構えているのはわかる。それでも、その数は驚くほど少ない。全部で、せいぜい三、四十。もしかしたら、もっと下。まさか、これほどとは思ってなかった。
「ぼくは
「さんきゅ」
ジュニパーが左サイドを譲ってくれたのは、長い銃を構えたあたしが動きやすいようにとの気遣いだ。
彼女は左手奥にある不自然な配置の衝立を指す。
「三人くらい、隠れてる」
囁く声に頷き返したあたしは、衝立ごと
「おおおおおぉッ!」
「いつまでも思い通りにぺぷッ⁉︎」
褐色のエルフが次々に現れるが、みんな遮蔽から出たところで頭を吹き飛ばされ、崩れ落ちた。遠くの敵はミュニオ、近くの敵はジュニパーが順調に倒してゆく。
探りながら散弾をバラ撒くだけのあたしは、手負いばかり量産してる感じだな。治癒魔法で復帰してくる可能性があるので、青白い魔力光が瞬いているところには、追撃の銃弾を叩き込んでおく。
五、六分もすると、動く者はいなくなった。
どこか物陰で息を殺している奴はいるのかも、と思ったけど。無理だろうな。フロアの隅から隅まで、最大で二十メートルもない。万能砲台のミュニオが発砲するたびに、見えないどこかで敵が倒れる。
「出てくるが良い、ミキマフ。我が名は、ミュニオ・ソルベシア」
凛とした声が、静まり返ったフロアに響き渡る。その声に、反応する気配はある。でも姿は見えない。
「滅びたソルベシア王家の血を引く者。命の森を
あたしたちは、奥の祭壇みたいな場所に向けて進んでゆく。そこには無駄にゴテゴテした装飾の椅子が据えられていた。これが玉座、なんだろうな。それもまた、えらく寂しげな代物だった。無駄にデコラティブな椅子が据えられているから、かろうじてそう判断できただけ。
肝心の椅子は空っぽで、周囲には頭を撃ち抜かれたエルフの死体と彼らの武器が散らばっている。
なんの意味があるんだ、こんなの。こんな寂しげな山の上で、薄汚れたアジトに御大層な椅子を拵えて。そこに座ったところで、なにを得られると思ったのか。
「どうした、ミキマフ。いつまで隠れてる気だ?」
あたしの声に、反応はない。淀んだ空気と、緩んだ意識だけが伝わってくる。観客もいない動物園の、疲れ切った動物みたいな。
「いまさら保身でも考えてんのか? とっくに終わってんだろ、お前も。お前の作ろうとしたソルベシアもさ」
返答はない。聞こえてないんじゃない。もうミュニオへの執着以外に、なにも残っていないんだ。
どこかで息を潜めているミキマフは、攻撃魔法の術式を練るでも、弓を引き鏃を射るでもない。ただ、何かを待っている。
でも、何をだ?
「……“災禍の種”」
ジュニパーとあたしは銃を構えて周囲を見渡す。
ボソボソと聞こえてきた声は
「待って、いた。ずっと」
あたしの推測を裏付けるように、老いた声は笑みを含んだ声で語る。あたしたちの足元いっぱいに、青白い光が広がった。床に浮かび上がったのは、揺らいで滲んだ巨大な魔法陣。ミュニオの身体から、魔力光が床の魔法陣へと注がれてゆく。
「……
薄暗がりのなかから、男が姿を現した。痩せこけた身体に僧服みたいな白衣を纏い、薄汚れた白いケープを羽織っている。こんなのが、かつては王を名乗った男の成れの果てか。
ミュニオが溜め息を吐いた。銃を向けかけたあたしたちを振り返って、問題ないというように片手を上げる。
「お前が望んでいたのは、森に沈んだソルベシアの王都への帰還。だが資質を認められず王都に受け入れられなかったお前に作ることができたのは、この惨めな出来損ないの玉座だけだ」
「いいや。我が、望みは」
光が溢れて、目の前が真っ白になる。気付けば、周囲は遺跡のような場所に変わっていた。
「死ぬべき場所。それだけだ」
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