ジェイル&フラジャイル

“右、問題なし”

“左、問題なし”

“おっけ、前進!”


 身振りでの合図を決めて担当を分け、あたしたちは城の内部を進んでゆく。狭い階段を上がって折り返し、無言で安全確認をしながらの遅々とした動きだ。

 問題なしのサインは、わかりやすくサムズアップにした。軍隊やら本職のサインなんて知らんし興味もない。


 ミキマフの権勢が失われつつあるせいか、城内はひっそりと静まり返って廃墟みたいな雰囲気だ。放り出された丁度品やら家具やらがゴチャッとして、あちこちに遮蔽と影を作っている。

 こんな環境では広範囲に弾を送り込める散弾銃に頼りたいところだけど。フルサイズの長い自動式散弾銃オート5では取り回しで反応に半秒近くもロスが出る。広い場所に出るまで、紅の大型リボルバーレッドホークに持ち替えることにした。ジュニパーも銀のレッドホークで前衛に立ち、あたしが中衛、万能砲台のミュニオ先生はカービン銃マーリン後衛バックアップだ。

 彼女は長く重い銃でも苦にならないどころか、絶大な信頼の証として他の武器をあまり使いたがらない。


“止まって”


 最上階の手前、四階まで上がったところで前衛のジュニパーが静止のサインを送ってきた。


“右奥に、何かいる”


 敵の場合は平手パーを上げることになってたけど、挙げられた手は敵意が確認されない場合の握り拳グーだ。

 右手の銃を下ろしているところからみて、エルフではないようだ。


「たぶん、獣人と、ドワーフ」


 ジュニパーは鼻を指して、あたしたちに囁く。匂いで判断したようだ。

 あたしが救出で、ジュニパーが周囲の警戒。ミュニオには階段近くに残ってもらって、万が一の場合の援護を頼む。我らがスナイパーは指示を理解して穏やかな表情のまま静かに頷く。


「……ッ」


 薄暗がりを進んで行ったあたしは、目の前に現れたものに思わず臓腑ハラワタが煮え繰り返った。

 瀕死のように見える獣人とドワーフが、十数名。みんな拘禁枷シャックルを掛けられ、鎖付きの首輪を填められて檻に繋がれていた。魔導師に操られて向かってきた八人より、状態はずっとひどい。一部は放置されて長いのか、糞尿も垂れ流しで干からびた顔をしている。


「くそッ、ミュニオ頼む!」


 音を立てないようにしていたのを無視して、あたしは小声で叫ぶ。すぐにミュニオが持ち場を離れて駆けてくる気配があった。

 檻の鍵を壊そうとしたけど、面倒臭くなって扉ごと収納で剥ぎ取る。あたしがなかに入ると数人が辛うじて反応を示したが、それも精気のない目で見上げるだけだ。何人かは、死んだようにピクリとも動かない。


「ああ、くそッ! 急いでくれ、ミュニオ!」

「シェーナ」


 苛々していたあたしの背に、ジュニパーが手を当ててくる。焦りと憎しみで冷静さを欠いている自覚はあった。

 それでも。


「わかっ、てる! こんなことしてる、場合じゃないって! でも、こいつらが……!」

「違うよ。落ち着いて。大丈夫、ミュニオが、きっと助けてくれる。ぼくは、向こうで見張りを変わるから。ね?」


 そのまま励ますように背中を撫でて、ジュニパーは階段近くの援護位置に向かう。

 そうだ。弱者を見捨てろなんて、ジュニパーがいうわけない。そんなこと、当たり前なのに。むしろミキマフの方が、あたしたちにとってはどうでもいいことなのだ。

 ただ、最後に殺すことが確定事項なだけで。


「……シェーナ」


 惨状を見てすぐ理解したミュニオは、あたしの判断を尊重するというような顔で頷く。


「悪い」

「謝らないで。気持ちは、一緒なの。ジュニパーも、わたしも。ありがとう、シェーナ」

「礼なんて」


 おかしな話だけど、それで急に気持ちが楽になった。焦っていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。ジュニパーの方を見ると、階段の脇で小さくハンドサインを振るのが見えた。

 “サムズアップ大丈夫”って。


「任せて、必ず助けるの」


 お姉さんみたいな表情でふわりと笑ったミュニオは、片端から治癒回復魔法を掛けてゆく。

 青白い光とそよ風みたいな揺らぎが通り過ぎた後、汚物と異臭で下水道みたいだった檻のなかは殺風景ながら清潔な石の床だけが残った。


「怪我は」

「ほとんどないの。きっと、魔力を奪うために連れてこられたひとたちなの。魔力と体力が枯渇してかれて、動けなくなってたの」


 どうやらミュニオは自分の魔力もいくらか受け渡したようだ。死にかけていた獣人たちからは呻き声が消え、ホッとしたような顔で眠り始める。

 体力差なのか魔力差なのか、ドワーフの何人かは目を覚まして起き上がろうとしていた。


「……なに、……もんじゃ」

「通りすがりの、ならず者だよ。爺さんたち、悪いけど後で手を貸してくんないか」

「?」

「あたしたち、ちょっと用を済ませたら戻ってくるから、そしたらみんなで逃げようぜ」


 老若男女十二人、全員の拘禁枷と首輪を収納で剥ぎ取り、ミネラルウォーターのペットボトルと袋入りのドライフルーツを渡す。ついでに、あちこちで拾って持て余していた武器をひと山、彼らの前に置いた。

 状況が理解できていないらしく、楽になった首回りを撫でながらドワーフたちはポカーンと口を開ける。


「できれば、ここで待ってて。みんなが動けるようなら、いちばん下の階まで降りててよ。そこに、獣人が八人いるからさ」

「……カサフも、生きとるのか。……人狼の」

「名前は聞いてない。でも、やたら強そうな人狼はいたな。なんにしろ八人とも生きてるよ。怪我は、彼女が治した」


 ミュニオを指して答えると、ドワーフたちは小さく喜びの声を上げた。

 ホッとしたのか、手渡した水を美味そうに貪り飲む。ヒゲモジャでシワシワの顔だったから高齢かと思ったけど、もしかしたら想像より若いのかも知らん。


「そんじゃ、すぐ戻るから。それ食べて待ってて。もし戻らなかったら、みんなで逃げてよ」


 ジュニパーの待つ階段に向かおうとしたあたしの背に、ドワーフの爺さんが声を掛けてきた。


「……おぬしらは、逃げんのか」

「うん」

「なぜ」


 なんでかな。答えはいくつもある。きっと。どれも正しくて、どれも正しくない。

 あたしは爺さんを振り返って、答えを意識しないまま口を開いた。自然と言葉が出る。傍らに寄り添うミュニオと、声を揃えて。それは、きっとあたしの。ジュニパーも含めた、あたしたちの素直な気持ちだった。


「「そう、決めたから」」

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