花咲く森の道

「ミキマフの城って、あの左に三つ並んだ山のどれ?」

「右のは山じゃなくて、大木のこずえだね。真ん中のは、かなり奥にある山」

「左にある尖ったのが、山城なの」


 小高い丘の上で停車したランドクルーザーに給油しながら、あたしたちは行先を検討していた。

 というよりも、ジュニパーとミュニオから解説を受けていた。あたしの視力じゃ、みんな山にしか見えんが。


「その城までの距離は?」

「直線で、四キロ強二哩半くらいなの」


 なるほど。それじゃ、道なりに行けば五、六キロってとこか。道といっても、ここから先は森のなかの小道だ。丘を降る前に、ジュニパーと運転を代わる。水棲馬ケルピー形態のジュニパーに騎乗して強引に突破する手も考えたけど。ミュニオによれば、待ち伏せしているエルフの気配はないようだ。


「いや、おかしくないか? 自分が立て篭もる城の前だぞ? なんで待ち構えてないんだよ」


 なんか別の策とか罠とか、遠雷砲やらいう射程八百メートル半哩のビリビリで長距離攻撃でも企んでいるのかと、疑心暗鬼になる。

 自動式散弾銃オート5大粒の鹿用散弾バックショットをフル装填して、あたしは荷台に上がった。バックアップ用の大型リボルバーレッドホークにも、八連発の357マグナム弾を込めてある。


「ぼくの予想だとミキマフって、もう手持ちの兵力がないと思うよ。分散して阻止線を張るくらいなら、城で待ち構えるんじゃないのかな」

「そうか? だって、ここまで来る間ずーっと、あいつら戦力をあちこちに散らばせてただろ?」


 敵が来るかどうかもハッキリしない海岸線までの街道に小規模な砦をいくつも置いていたり、中途半端な徒党を組んでヤダルさんたちの隠れ家を襲ったり。無駄とまではいわないものの、手駒の使い方が効率的じゃない。

 あたしがそう話すとジュニパーは頷き、ミュニオは少し考えるような顔をした。


「それは、同じことじゃないかな? ここに来るまで、あちこちに兵を分散したのも、ここに来て城に立て篭るのも……」

「……そうなの。味方を、信じられないからなの」


 ジュニパーの推測に、ミュニオは城を見据えたまま同意する。愚かな偽王を責めるでも貶すでもなく、自省を込めるような顔で。


「配下を信用できたら。それか、頼れる将や参謀がいたら。たとえ少数でも、もっと集中して使えたの」


 運用や配置の不自然さと非効率さの理由が、なんとなく腑に落ちた。

 小規模な砦を分散していたのは、敵襲よりも民を管理し、兵の叛乱を阻止するための配置だ。ヤダルさんたち叛乱勢力の制圧に躍起だったのは、自分の軍事的・政治的基盤が脆弱なのを理解しているからだろう。


「……ミキマフの王朝って、もう終わってるんだな」

「きっと本人も、それを理解してるの」

「わずかな兵力も戦意も、ぼくたちがゴッソリ削っちゃったしね。もう残ってるのは、ホントに身近な手勢だけだと思うよ」


 それでも投げ出せないのは、いまさら後戻りもできないから。そして、逃げる先がないからなんじゃないかと思う。王座に就いたこともなければ王政についての知識もないあたしからすると、なんでまた好きこのんで死に急ぐような真似をするかな、とは思う。他に選択肢はなかったのかなと。

 なかったんだろうな。

 この世界の常識も、この世界の人間の生き様も知らない。でも、前いた世界での経験だけでもわかる。

 正しくあろうとするのも、そうあることができるのも。しょせん“持てる者”だけなんだって。


「それじゃ、行こうか」

「おっけー」


 ジュニパーがランクルを始動させ、ゆっくりと坂を降り始める。森で待ち伏せているエルフがいないとしても、城で待ち構えていることは確実なのだ。こちらの接近を察知してないなんてことはないだろうし、真王ミュニオがソルベシアの奪還を果たそうとしていることも当然わかっているはずだ。

 それなのに、釈然としないものは残る。最初から最後まで、胸の内で違和感が燻ったままだ。


「なーんか、顔が見えないんだよな」

「ミキマフの?」

「うん。偽物でも王を名乗るくらいなら、やりたいことがあるわけだよな? 善政にしろ悪政にしろ……いや悪政なら尚更さ、もうチョイ主張が感じられるもんなんじゃないのか?」


 ランクルの荷台で揺られながら、あたしたちは自覚もないまま気が緩んでいたのだろう。敵の本拠地までまだ数キロ先だという油断もあった。

 森の気配が変わったことに気付いたとき、何か巨大なものが目前まで迫っていた。


「シェ……ッ!」

「な⁉︎」


 バゴンと凄まじい勢いでぶつかってきた何かに、ランクルの車体が呆気なく跳ね上げられる。対処する間もなく、あたしとミュニオは荷台から放り出されて道の脇にある茂みに突っ込んだ。


「……シェーナ!」

「だい、じょぶ。ゲホッ」


 背中から落ちて息は詰まったが、大した怪我はない。自分たちの安全を確認した後でジュニパーはと振り返れば、ひっくり返った車の運転席から這い出してくるところだった。


「こっち!」


 隠れながら手を振ると、あたしたちのいる木陰に転がり込む。泡食ってはいるものの、見たところ怪我はしていないようだ。


「ちょ、な……なん、あれ⁉︎」

「落ち着けジュニパー。あたしにもサッパリ……どわぁッ⁉︎」


 ぞろりと湿った音を立てながら現れたのは、なんとも形容し難い代物だった。高さは五、六メートル。人型のようではあるけれども、手足を引き摺りながら動くその姿は、見るからに生き物ではない。

 物知り博士のジュニパーにわからないものが、あたしにわかるわけもない。


「……ゴーレム」


 ミュニオが、ぽそりといった。

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