ティピカル・ランペイジ

 仁王立ちするゴーレムの背後で、転がってひしゃげたランドクルーザーがくすぶり始めた。

 横向きになった車体から、漏れた油が焦げているようだ。映画みたいに爆発する感じじゃないけど、このままだと燃え始めるのも時間の問題だろう。


「あ、あ……」


 ジュニパーが焦りを露わにして濃くなってゆく煙を見詰める。

 けっこう大事にしてたので、あたしも勿体ないとは思う。……が、そんなこといってる場合じゃないのだ。目の前に立ち塞がるゴーレムをどうにかしない限り、こっちまでランクルの後を追うことになる。


「むぉおおあああああぁッ!」

「……って、おい待てジュニ、ぱ……⁉︎」

「ひとのクルマに、なにすんだあああぁーッ!」


 まっしぐらに飛び出して行ったジュニパーは、ゴーレム目掛けて渾身のドロップキックを喰らわす。

 ゴインと、鐘を衝くような音が上がった。驚くことに身長でジュニパーの三倍近く、体重なんて何十倍もありそうなゴーレムの巨体が、背後へと吹っ飛ばされて凄まじい地響きを立てる。


「なんじゃ、そら……」

「あああ、ランクルがぁあああ……シェーナ、みず、水ある⁉︎」

「お、おう」


 ジュニパーは手でパタパタ仰いで煙を散らそうとしているけれども、かなり熱いみたいで上手く行ってない。


「そんなんして、爆発とか、しないのか⁉︎」

「大丈夫、この臭い、たぶん燃料じゃなくて潤滑油だから!」


 だから、といわれてもイマイチわかってない。とりあえず収納を引っ掻き回して、どこで拾ったかも忘れた正体不明のボロ切れを、同じく見覚えのない木樽入りの水に突っ込む。ビチョビチョのそれを、ジュニパーが受け取って煙の出ていたところに被せる。

 あちこち見た感じ、それ以上の煙も出ていない。火が出てる様子もない。ジュニパーのいう通り、焦げてたのは燃料じゃなかったのかも。


「やった、消えたよ! さすがランクルだね!」


 あんたはトヨタの宣伝マンかと思わんでもないが、あたしも無事に済んでホッとする。サイモン爺さんの売り文句を信じるならタフさと走破性には定評あるみたいだしな。


「シェーナ! ジュニパー!」


 少し離れた位置で周囲を警戒してくれてたミュニオが、あたしたちに注意を促す。


「ゴーレムが、また動き出したの」


 森の柔らかい土に頭部からめり込んだ状態で、ジタバタともがいている。さすがの水棲馬ケルピーパワーでも、一撃で機能停止までには至らなかったか。

 寝返りのような動きを見せた後、軋みを上げて起き上がった。カービン銃マーリンから発射された357マグナム弾も、大質量の無機物を撃ち抜く力はないようだ。


「内部に動力魔珠コアがあるの。そこを射抜けば止められるの」

「場所はわかる?」

「お腹の、ちょっと上あたりなの」


 ミュニオは銃を構えたまま、左手で自分の鳩尾あたりを指す。


「わかった」

「「え」」


 スタスタとゴーレムに歩み寄るジュニパー。迷いも怯みもないどころか、次第に速度を上げて突っ込んでゆく。

 迎え撃つ格好のゴーレムは片膝立ちで、右腕を大きく振りかぶった。渾身の力で振り抜かれたゴーレムパンチを、ジュニパーは避けもせず真正面からぶつかっていった。


「ジュニパー⁉︎」

「ていッ!」


 ゴシャッと鈍い音がして、右腕を喪ったゴーレムが身体を泳がせるのが見えた。蹴り上げられた腕は空中でバラバラになり、森のあちこちで土砂崩れのような音を響かせる。

 残った左腕で攻撃しようとゴーレムが振りかぶった瞬間、無防備な腹にジュニパーが回し蹴りを叩き込んだ。動きを止めた巨体が、べショッと前のめりに崩れ落ちる。

 コアとやらを壊したのか、土下座姿勢のゴーレムは、もうピクリとも動かない。


「うっそだろオイ……すげえなジュニパー⁉︎」

「ランクルの仇だからね!」


 えへんと胸を張る爆乳ケルピーは、いそいそとクルマのところまで戻る。


「壊れちゃったの?」

「ううん、きっと大丈夫だと思う。ね? シェーナ、大丈夫だよね⁉︎」

「ごめん、あたしにはわからん」


 三人で力を合わせて、横倒しになっていた車体を元に戻す。ぶつけられた助手席側のドアがひしゃげて、窓も割れてはいるものの、見た感じ他に大きな損傷はなさそう。

 ジュニパーがキーを捻ると、驚いたことにランクルのエンジンは平然と回り始めた。


「やった♪」


 何度かアクセルを踏んだ後で、ゆっくり動かして停まる。運転に問題がないことを確認したジュニパーは、幸せそうな顔で笑った。


「大丈夫そうだよ。さあ、乗って乗って……♪」


 敵前で巨大ゴーレムが待ち構えていたって、けっこう大変な事態だと思うんだけどな。

 いつの間にか、ランクルがひっくり返ったことの方が大問題みたいな扱いになってる。


「ふふっ」


 ミュニオが、呆れたように笑った。つられてあたしとジュニパーも吹き出してしまう。ひとしきり笑った後で、ホッと息を吐く。顔を見合わせて、無言のまま頷き合う。

 これで良い。気が抜けたというよりも、おかしな緊張感が消えた。

 そうだ、あたしたちは何したいかもわからんような偽王のために、自分をげたりしない。


 森の奥に見えている城の方から、微かに鐘の音が聞こえてきた。あたしにも、それが警鐘だということはわかる。それが自分たちに対しての警戒を促すものなのだということもだ。


「ここで、いっぺん仕切り直しだね」

「ああ。そんじゃ、行こうか」


 あたしが荷台から屋根を叩くと、ジュニパーは静かに車を発進させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る