目指すべきもの

「なあ、村の裏切り者ふたりは、どこにいる?」

「あそこ」


 ルイナが指差したのは、山に向かう小道の途中。小さな土饅頭と石の板が並んでいる。この村のお墓だろう。その隅に、ボロ切れで包まれた死体がふたつ転がっていた。

 あたしたちが来る前、彼らは“馬に乗ったエルフ”に殺されたそうな。


「あの自称王子か。なんで殺されたん?」

「誰も知らないって」


 いきなり怒鳴り声が聞こえて、首を刎ね飛ばされた。本人たちが死んだいまとなっては、推測するしかない。何か無作法を働いたか分不相応な報酬を要求したかで、怒りを買った“らしい”としか。

 うん。実にクズらしい死に方だ。


「シェーナ!」


 坂道を下ると、ランクルの前でミュニオ姐さんが手を振っていた。人狼のチビたちに囲まれた彼女は、いつもよりずっとお姉さんらしく見える。

 坂の下り口に頭の砕けたエルフの死体がふたつ転がっていた。


「おう……さすがだな」

「ミュニオだもんね」


 たしかに。距離は二百メートルそこそこ。万能砲台の姐さんにとっては楽な的だ。少しくらい機敏に動いたくらいでは外しようもない。

 いまそのミュニオは、モフモフしたチビ人狼を両手で愛でているところだった。


「そちらに、問題はなかったの?」

「ああ。村は解放して、村のひとたちも助けた。あのふたり、人狼の村長を連れて来てなかった?」

「あそこにいるの」


 ミュニオの指す遥か後方で、ハーシェルの死体を見下ろしている人狼の姿があった。


「ルイナに謝りたいって、いってたの」

「……謝られたくない。わたしは、ただ憎しみで殺したんだから」


 憎まれるのも面倒だけど、謝られるのも、たしかに鬱陶しい。

 とはいえ逃げるわけにもいかず。足を引きずりながら歩いてきた村長が、ルイナの前で頭を下げた。


「すまない」

「……子供たちは、守った」


 人狼少女は謝罪を無視して、結果だけをボソッと伝える。そこに敵意や悪意はないけど。共感や理解もない。


「ああ。よくやってくれた。お前を無理にでも村の外に出したのは正しかった」

「そのせいで村の戦士が七人死んだ」

「それは……でも残っていたら、お前も」

「わたしも戦士の末裔。怖れているのは死ぬことじゃない」

「ああ、わかっている」

「怖れるのは、一族の誇りを汚すこと。……“魔女”の名を汚すこと」

「そうだ。お前は、魔女の教えを守った。生き延び、護り、報復を果たした」

「違う」


 ルイナは吐き捨てるように言うと、あたしたちを振り返った。


「あの三人がいなければ、死んでた。わたしも、子供たちも。村のみんなも、……あなたも」

「……わかっている。あなたがたには感謝している」


 村長は、あたしたちに頭を下げる。


「差し出せるものがあるならば、なんでも」

「要らない。あたしたち、ただ自分の都合でやっただけのことだ。礼を言う必要はない」


 このひとたちは大した人格者だ、みたいな顔で見るけれども。彼らはエルフの争いことに巻き込まれた被害者だ。それがミュニオの責任かどうかはともかく、助けたからって報酬をもらうのは筋違いな気がする。


「そんじゃ、またな」

「ルイナ、元気でね」


 ルイナとチビ人狼に別れを告げて、あたしたちはランクルに乗り込む。

 もう、やれることはやった。これ以上、人狼の村に関わろうとは思わない。彼らの問題に口を挟む気もない。

 しばらく聞こえていたチビたちの遠吠えみたいな声も、ランクルが泥沼を掻き回す音で掻き消されていった。


「街道まで出たら、左だね」


 あたしたちの進むべき目的地は、もうルイナから聞いた。だいたい百キロ弱六十哩くらいのところに、ミキマフの城がある。


「いよいよ、だね」

「ああ」


 ジュニパーの静かな声に、あたしたちは頷く。

 いよいよ、終わらせるときがきたんた。

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