明けるもの

 目覚めてすぐルイナがしたのは、チビたちの無事の確認だった。あれだけ気を張ってた子なら、そうだろうな。みんな彼女の横に寝かせておいて正解だった。

 四人が丸まって寝ているのを確かめた後で、彼女はあたしを見た。警戒はしているものの、身構えるまでに間があった。混乱しているのもあるが、身体もまだ戦闘状態に入るほど回復していない。


「ルイナちゃん、起きたの?」


 火の気が隠せる場所で調理をしてくれてたミュニオが寸胴鍋を持って戻ってきた。


「……ッ!」

「まだ魔力が完全には回復してないから、魔法はやめた方が良いの」


 ミュニオの忠告を無視して攻撃魔法でも使おうとしたのか、後ろ手で何かを探る。すぐ横に置いてあったんだけど、ちょびっと惜しい感じで手が触れてない。


「はい」


 見かねたジュニパーから自分の魔術短杖ワンドを手渡されて、ルイナは面食らった顔で固まった。


「よく頑張ったね。小さい子たちは、ルイナちゃんのお陰で無事に生き延びられたんだよ」

「え、あの」


 人懐っこい笑顔でいわれた人狼少女は動揺して周囲を見渡す。火の気を隠せるように岩場の陰ではあるが、敵の接近を把握しやすいように視界も確保されている。逃げようとすれば簡単だ。

 ルイナの場合は、小さい子を置いて逃げられないからあまり意味がないだろうけど。自分があたしたちに捕まったんじゃないことくらいは理解できたようだ。


「訊きたいことあったら何でも教えるから、まずは温かいご飯食べよう。ね?」


 寸胴鍋の蓋を開けると、朝飯の匂いに釣られてチビたちも起きてくる。こちらは、もうあまり警戒していない。むしろ食べ物のことしか見えてない。

 その横でポカーンとしているルイナが目に入るまで少しだけ間があった。ひでえ。


「「るいな!」」

「るいな、おきた♪」

「あなたたち、変なことされてない?」


 うん。気持ちはわかるけどな。本人たちの前でいうなよ、それ。


「だいじょぶ」

「ごはん、くれた」

「おにく、おいしいの」

「……そう。……でもあなたたち、なんでこんなに……フワフワなの?」


 ルイナが毛並みに触れて怪訝そうな顔になる。そういう彼女自身もフワフワなんだけどな。


「これ、みゅにお、ふぁーって」

「……ふぁ?」

「あと、じゅにぱ、おうまさん、びよーんて!」

「????」


 さすがにその説明では、ルイナに理解できんと思うぞ。

 お腹いっぱいになって眠くなった小人狼たちに、ミュニオが浄化と安息の魔法を掛けてくれたのだ。みんな汚れてゴワゴワだった毛並みが、それで艶々になってる。

 そして眠るのを不安がる彼らに、水棲馬ケルピー姿になったジュニパーが必ず守ってあげると約束した。

 まさか銃の威力を見せてやるわけにもいかんし、ミュニオの力はもっと無理だしな。今回もジュニパーのコミュ力と包容力に助けられた。水棲馬の巨体に安心したのか、寄り添った途端にコテンと寝てしまった。


「あたしがシェーナ、こっちがミュニオと、ジュニパーだ」

「何があったか知らないけど、困ってるなら手を貸すよ」


 ジュニパーが笑顔でいうと、ルイナもようやく警戒を解いた。

 子供たちに懐かれまとわりつかれているのを見て、少なくともジュニパーは悪い奴ではないと判断したのだろう。あたしとミュニオに関しては判断保留といったところか。


「エルフの兵隊が、村を襲ってきたの。わたしは村長から、子供たちを連れて、逃げろって」


 その村の位置を訊くが、ずっと逃げ隠れし続けてきたために距離まではわからないという。


「港の、西にある山の、麓」

「それなら大丈夫なの。わたしたちも、そこに行く途中なの」


 ミュニオが静かに話すと、ルイナの表情が再び固くなった。ミュニオは傷付いた顔こそしないけど、その訳を理解している。自分にはそれを受け止める義務と責任があるとか考えてるんだろうけどな。そんなもん、ミュニオにはねえよ。


「あたしたちは、偽物の王を殺すために来た。たぶん、お前たちの村を襲った奴らの、親分だ」

「……このひとは、エルフなのに?」

「ルイナだって、エルフがみんな同じと思ってはいないだろ」

「それは……わかってる、けど」


 頭では理解してても、気持ちがついてこないんだろうな。そこまで責める気はない。故郷を奪われた少女に、道理を解くのも酷な話だしな。


「できる限りのことはする。少し待ってくれたら、安全な場所まで送っても良い。お前が、どうしたいか教えてくれ」

「村に帰りたい」


 ルイナはあたしの耳元で、囁くようにいった。


「でも、それが無理なことくらい、わかってる」


 張り詰めた表情が少しだけ歪んだ。泣きそうになったのをこらえたのは多分、子供たちの前で不安な顔や悲しい顔を見せてはいけないという責任感からだ。ずっとそうしてきたんだろうな、この子。

 エルフの兵隊とやらがどのくらい襲ってきて、その後がどうなったのかはわかんない。でも、ルイナたちがすんなり戻れる状況にはなさそうだ。


「どうするかな」


 あたしの言葉に、ミュニオとジュニパーは頷き少しだけ考える。やるかやらないかではない。やることは決まってるし、それは伝わってる。問題は、だ。

 ジュニパーが顔を上げて、海岸線を北方向に指で示した。


「いっそのこと、海から行くのはどうかな?」

「それな。あたしも思った」


 いま乗ってるパトロールボートはエンジン音も図体もデカい。海から近付けばムチャクチャ目立つ。

 敵から発見されないように陸路から侵入して情報収集を、とか最初は考えていたけど。敵味方の識別と選別が必要な状況となれば話は別だ。


「白昼堂々と、正面から入江に入ろうか。派手に目立てば、偽王ミキマフの犬がどれかわかりやすいだろ」

「うん。ぼくも、そこである程度、敵の数を減らした方が上陸後の行動が楽になると思う。どう、ミュニオ?」


 あたしとジュニパーの提案を聞いて、ミュニオはルイナを見る。もちろんルイナは話を理解できず、不安そうに目を泳がせるだけだ。


「賛成、だけど理由はもうひとつあるの」


 ソルベシア王家の末裔は、あたしたちを振り返る。


「この子たちの不安を、少しは拭えないかと思ったの」

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