泡立つ蒼海

 近くの海上にパトロールボートを出すと、ルイナは驚きに目を見張り、子供たちは不思議そうに首を傾げる。


「あの船、帆桁は?」

「ないよ」

「もしかして、漕ぐの⁉︎」

「漕がない。というか、舷側ふちが高いから漕げない。心配すんな、お前らを扱き使う気はないから」


 岩混じりの砂浜なので、船を接岸させるのは無理だった。水棲馬の姿でジュニパーに乗せてもらって、ボートの後部デッキに乗り込む。


「さて、こっからだな。ジュニパー、エンジン始動。派手に突っ込んでやろうぜ」

「操縦は任せて!」


 轟音を上げて“ズヴェツダずべちゅだ”製のエンジンが動き出す。出力と速度も大したもんだが、この船が上げる音と水飛沫もかなり遠くから敵の気を引く。

 頼りの元帝国海軍艦艇二隻が未帰還のなかで、どれだけの反応を示してくるが見ものだな。


「ジュニパー、半島が見えたら、沖から真っ直ぐ湾内に入ろう」

「わかった! できるだけ目立たせるよ」

「な」


 後部デッキに留まっていたルイナが、青褪めた顔であたしの裾を引っ張る。何を伝えたいのかは、わかる。わざわざ敵の気を引くのは自殺行為だと、いいたいんだろう。


「大丈夫だ。何があったって、どんな敵が来たって、お前たちはあたしたちが守ってやる」

「でも」

「ああ、いってなかったな。あたしたちは、ここに来るまでずーっと帝国軍と、戦って千や二千は殺してる。ソルベシアの王を騙る阿呆の手下どももな」

「そっちは、千には届かないと思うの」


 あたしの言葉に唖然とした人狼少女は、笑顔で応えるミュニオを見て固まってしまった。


「千って……十が、十個の、それを、また十個の……千?」

「ああ。それで合ってるぞ。“恵みの通貨”って、知ってるか」

「ソルベシアの、王族が使う魔法。命を喰らって、森を作るっていう……」

「それだ。後ろ見てみろ」


 遥か彼方の水平線上に、モコモコしたシルエットの上端が見えている。それを見たルイナが怪訝そうな顔であたしを振り返った。


「……昨日まで、あんなの、なかった」

「そうだ。昨日、ミュニオが森だ。あたしたちが集めた死体を使ってな」


 そこでビクッと、ミュニオを見る。


「あなた、王族、ですか」

「ええ。帝国領に捨てられていた、ソルベシア王家の生き残り」

「彼女の名は、ミュニオ・ソルベシア。滅びた王家の血を引く、“真なる王”だ」


 今度こそルイナは、完全に固まってしまった。


◇ ◇


「シェーナ! 島影が見えてきたよ! たぶん、あれが半島の東端!」


 操縦席からジュニパーが叫ぶ。いま船は……巡航速度だっけ、いちばん燃費が良いくらいのペースに抑えてるみたいだけど、到着は思ってたより早い。

 あたしの目にはまだボンヤリした影にしか見えない。その影の左側あたりに、きっと元軍港のある内湾があるんだろう。いっぺん沖側に進路を取ってから、開口部に向かって真っ直ぐ進む。

 わざと発見されるようにだ。そうやって敵の反応を引き出し、戦力を把握し、潰す。


「上空にいくつか、魔力の反応があるの」


 後部デッキで重機関銃架に着いていたミュニオが、あたしに報告してくる。


「鳥? 魔物?」

「有翼族だと思うの」


 あたしの視力でも、何かが飛んでいるのは……なんとなく、見える。敵か味方か無関係か、あるいは敵に使役されているかは不明。いまのところ攻撃の意図は感じられないというので、攻撃はしないことにした。

 有翼族というのは、何度か会ってる。翼を持った無邪気な獣人だ。できれば傷付けたくない。


「偽王側に監視を命じられている可能性はあるの」

「見るだけなら、かまわないだろ。むしろ派手に報告してもらいたいくらいだ」


 ジュニパーが大回りで半島を掠め、陸地に向かって進路を取る。海に落ちたり攻撃を受けたりといった事態を避けるために、人狼の子たちは船室に入ってもらった。


「ミュニオ、湾内に動きはあるか?」

「船は見えるけど、ほとんどは漁船か商用貨物船なの。軍船は……五隻」


 ミュニオの説明を聞く限り、最大の脅威になりうるのは軍港内に停泊中の大型砲艦だろう。

 砲といっても火薬兵器ではなく、投石砲か“遠雷砲えんらいほう”のようだ。

 それは、前に見たな。オアシスに攻めてきた帝国軍部隊が持ってた、雷の攻撃魔法を発射する兵器。コボルトたちは、“ビリビリの、まどうぐ”と呼んでたな。射程は、八百メートル半哩だったか。


帆桁マストは三本で、舷側よこに鉄を貼ってある戦闘艦。あの艦型かたち、外洋航海用の船なの」

「それ、港湾要塞んとこで沈めたやつより大きい?」

「幅は同じくらい。でも全長は少し短いの」


 ミュニオの目測で、砲艦の全長は七十メートル二百三十フート

 港湾要塞の沖で沈めた二隻の大型帆船は、全長が百メートル近かった。遠雷砲も積んでなかった。あっちは輸送船だったのかもしれない。丸腰の船を二隻も出すのは無防備っちゃ無防備だけど、海の上で元帝国海軍に敵対する者がいるなんて思ってもみなかったんだろうしな。


「残りの四隻は?」

「全長は三十メートル百フート。細くて低くてマストは二本。近海用の船だと思うの」


 パトロールボートは二十メートルほどだから……あたしたちの船より、ひと回り大きいくらいか。

 舷側が一部だけ不格好に高くなっていることから、襲撃と接舷戦闘切り込み用の船ではないかというのがミュニオの推測だ。

 ジュニパーが操縦席の窓から手を振る。


「ちっこい方が、こっちに動き出したよ!」

「おっけー、このままの速度で、右奥に抜けて!」

「わかったー!」


 パトロールボートの主武装は後部デッキの重機関銃なので、正面から来られると少し攻撃しにくい。ジュニパーには敵に左舷を向ける感じで通過してもらう。

 湾内に入ると、小型の軍船がこちらを囲むように散開しながら向かってくる。見た感じ、船足はそこそこ速い。


「なんだ、あれ。そんなに風もないのに」

「魔力推進を併用してるみたいなの」

「へえ、考えたな」


 この世界でそれは、ハイテクっちゃハイテクだ。それでも速度はこちらの半分以下。問題は武装か。

 最も近い小型船は、距離にして二、三百メートルほど。あっちにも遠雷砲が載ってるとしたら、もう射程内だ。早急に潰す必要がある。


「よし、いいぞミュニオ」

「わかったの」


 銃架で12.7ミリのコード重機関銃が火を吹いた。敵の小型船でバチバチと火花が散って、ガクンと速度が落ちる。いきなり漂流に近い動きになって、突き刺さった銃弾が深刻なダメージを与えたらしいことがわかった。


「まずは一隻」


 被弾した船は見る間に傾き、沈み始める。357マグナムやら散弾銃やらとは、比較にならないような威力だ。

 サイモン爺さんによれば、弾頭重量で357マグナムの五、六倍。発射エネルギーに至っては二十倍近いらしいからな。

 こちらを包囲しようとしていた残りの三隻は、大きく進路を変えながら距離を取り始めた。ミュニオの射程からは逃げられていないのだろうけど、周囲は少し波が立っていて敵船が波間に隠れてしまった。

 海の上って、思ったほど平らじゃないのな。


「シェーナ! ミュニオ! でっかい方も動き出したよ!」


 ジュニパーの声で軍港側に目をやったあたしは、砲艦から立て続けに青白い光が瞬くのを見た。


「ジュニパー! 避けろッ!」

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