彷徨う餓狼
「え」
ボトボトと落ちてきたものをジュニパーがヒョイヒョイと受け止める。暗くて何かはわからんけど、大事なものなのかミュニオも必死に駆け回っているのはわかった。
「シェーナ、受け止めて!」
「あ、おう……?」
気配だけで手を伸ばしたあたしの懐にぽふんと入ったそれは、驚くほど軽いモフモフの毛玉だった。
痩せこけて震えていて、ちょっと獣臭い。というか、犬臭い。
「お前、コボルトか?」
「人狼だね。どうしたんだろ」
っきゅうぅうううぅ……ッ!
さっき聞こえた唸り声……じゃ、ないな。これ、腹の鳴る音だ
「腹減ってんのか?」
まだこちらに怯えて震えて答えようとしないが、どうやらスープの匂いに惹かれて崖から転げ落ちそうになったようだ。そして、結果的に落ちてきたと。
「気配を消してたから、正体がわからなかったの」
「隠蔽魔法かなんかじゃないかな」
「この子たち、魔法使えるのか」
人狼、というか獣人って魔力循環させて戦うパワーファイターのイメージあるけど。ヤダルさんのイメージに引きずられ過ぎか。
「違う。……ミュニオ!」
「大丈夫なの」
あたしたちの頭上に魔法陣が広がり、パシンと小さな水飛沫が弾ける。攻撃魔法……というには貧相だったけど、攻撃の意思は感じられた。どうしたものかと見上げた大岩の上で、青白い光が弱々しく瞬いて、消えた。
「いまの子が引率役なんだと思うよ。ちょっと連れてくる。気絶しちゃったみたいだから」
「「ああぁ……!」」
「大丈夫だって、落ち着け。連れてくるだけだ。落っこちたら危ないだろ。ほら、スープ食うか?」
ジュニパーが引率の子に手を出すと思ったのか怯えた声を上げていた人狼の子たちだが、あたしが寸胴の蓋を開けると一瞬で黙り込む。暗いけど食べ物の香りに釘付けになっているのはわかった。
木椀と木匙を出してそれぞれに持たせると、オタマですくってあげる。スープは作り過ぎたから、寸胴に半分近くは残ってる。食べ終わってちょっと経ってるから、そう熱くもない。
「お待たせ」
ジュニパーが、小さな子をお姫様抱っこして戻ってきた。
「「ルイナ」」
引率役の子がルイナちゃんか。グッタリしてるけど、ジュニパーの口調からすると深刻な状態じゃないんだろう。
「怪我はないみたい。魔力切れで気絶しちゃったんじゃないかな」
ルイナちゃんを受け取ったミュニオが、優しく撫でながら魔法を掛けている。治癒か回復か浄化か、青白い光に照らされたのは痩せこけた人狼の少女だった。年齢はよくわからんが、人間でいうとローティーンな感じか。
「平気そう?」
「もう大丈夫なの。ただの、魔力切れと、空腹と、疲れと、緊張と、睡眠不足なの」
最後の方で、ミュニオの声が少しだけ掠れる。
それで、なんとなく、わかった。どっかから逃げてる間、チビのために使い果たしたんだ、この子。食い物も体力も魔力も睡眠時間も、みんな。
「よく頑張ったの」
ミュニオ姐さんは、苦しそうな人狼少女の頭を優しく撫でる。
あたしが毛布を出すと、ミュニオがルイナちゃんを包んで抱えた。ときおり手元がうすぼんやりと光っているのは、魔力譲渡でもしてるのかな? そんなことができるのかどうか知らんけど。
「人狼で魔法使いっていうのは珍しいの。魔力循環が滑らかで練り込みも高度、ちゃんと鍛えられてるの」
「……まじょ」
「え?」
「……ルイナ、まじょの、……でし、の、……でし」
魔女の弟子の弟子。孫弟子か。
木椀を抱え込んでガフガフと夢中で食べていた人狼の子たちは、ピタリと動きを止めた。
「ずっと、いってたの。“わたし、まじょの、でしの、でし、だから”」
「「……だから、だいじょぶ、て」」
やっぱり。
ムチャすんな、コボルトも人狼も。群れやら弱者を大事にするのは良いけど、なんぼなんでも度が過ぎるんだよ。
「まあ、ルイナはもう大丈夫だ。お前ら、飯も好きなだけ食え。水も、毛布もあるからな」
「「……ありがと」」
結局、ルイナが目を覚ましたのは翌朝のことだった。
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