ペイ・タイム&ペイ・バック

「……おッ⁉︎」


 目の前に現れたのは、いままでとまったく違う檻みたいな場所だった。

 ……みたい、じゃねえな。これ、完全に檻だ。

 石造りの薄汚れた壁に、血を洗い流したのかじっとり湿った床。傍にはなんでかいつもの演台。爺さんが現れるときに毎度登場してたものだけど……なんで今回は、こんなとこにあるんだ?


「どういう状況だ、爺さん」

「……見ての、通りだよ。……年貢の納めどきペイ・タイムってやつだ」


 鎖で天井から吊るされた爺さんの横に、ボロボロの大男が転がっていた。事故った車を運転してたのがこの男だった気もするけど、見た目までは印象にないな。そっちは両腕と両足が折れているらしく、呻きながら転がるだけで起き上がることもできない。


「ちょっと待ってろ!」


 あたしはいったん接続を切って、ミュニオを引っ張ってくる。出来るかどうかわからないけど。チビエルフと、ちょっと迷ってジュニパーもだ。ふたりを抱えたまま、もう一度“市場”と唱える。


「え? これ……なに⁉︎」

「……シェーナの、魔法なの?」

「ああ。この爺さんが、あたしたちに武器を売ってくれた商人だ。このふたりに、治癒魔法が使えるか試してくれないか」

「わかったの」


 差し出されたミュニオの手から青白い光が放たれて、床に転がっていた大男の身体がビクンと跳ねた。


「お、おうぅ……⁉︎」


 あっという間に元どおり動くようになった自分の両手足を見て、大男は困惑した顔になる。あたしたちを見て身構えかけ、キョトンとした表情で固まった。


「……紅衣のクリムゾン弾丸娘ブレッダ?」

「あ?」


 吊るされた爺さんが、咳き込みながら苦笑する。


「わたしの、経営する……アミューズメントパークの、キャラクターだ。シェーナの……君たちの衣装は、それを元にしている」


 衣装て。ひとに無断でキャラのコスプレさすなや。

 ミュニオには、続けて爺さんにも治癒魔法を掛けてもらう。その後に手首を縛っていた鎖を収納すると、爺さんは支えもなく自分の足で床に立った。

 姐さんの魔法は、想像以上に効いたらしい。


「助かったよ、シェーナ。このお嬢さんたちは、君のパートナーだね?」

「ミュニオ、なの」

「ぼくは、ジュニパーです」

「ありがとうミュニオ、ジュニパー。この借りは必ず返す。わたしたちに出来ることがあれば、なんでもいってくれ」

「先の話はなしだ、爺さん。お互い明日には死んでるかも知れん身だからな。出来ようが出来まいが、やるべきことをやってもらうし、借りもいますぐ返してもらう」


 あたしは笑う。ピンチはチャンスってやつか。それとも、因果は回るってだけか。


「あたしたちで動かせる大きめの船が欲しい。できれば、もう少し強力な武器もだ」

「ああ、どうにかしよう。しかし悪いが、このザマだ。いますぐってわけにはいかん」

「必要なのは、いますぐだ。ただし、アンタの在庫じゃなくてもいい」


 あたしの言葉に、サイモン爺さんは笑う。何かが吹っ切れたような、明るい顔で。


「なるほど。手を貸してくれたら、なんでもしようじゃないか。ここに運ばれたとき、外から波の音が聞こえていた。近くに船くらいはあるはずだ。なければ探すし、逃げられたら手に入れる伝手もある」

「よし、そんじゃ早いとこ脱出だな。檻の錠前を撃つ。爺さんとオッサンは、弾丸が跳ねない方向にいてくれ」


 あたしがショットガンを構えると、大男が手を上げて止める。


「待て、嬢ちゃん。そんなことしたら敵が来ちまうぞ」

「来させるさ。相手の人数と武器はわかるか?」


 爺さんとオッサンは、なにやら目を見合わせて頷く。


「わたしが見た限りでは、五人。拳銃二挺とサブマシンガン二挺、ショットガンが一挺だな。あとは右奥の部屋に、物資がまとまって置かれているはずだ」

「それは良いな。向かってくる奴らは殺しても良いんだろ?」

「ああ。は引き取ってもらえると、さらに助かる」


 肩を竦めたあたしに頷くと、爺さんは大男に転がっていた演台を指す。


「テオ、移動するなら、そいつを運んでくれ。武器は見つけ次第、シェーナに渡せ」

「任してくれ。このくらい、軽いもんだ」


 テオというらしい大男は、フランスパンでも抱えるみたいに軽々と演台を小脇に挟んだ。


「シェーナ、それが今回の商用かな?」

「ああ。異世界むこうじゃこれから大勢連れての逃避行だってのに、三人だけじゃ手が足りない」

「なるほど。それでは君たちをパーティに送ろう。カボチャ頭の馬車と、ネズミ野郎の馬でな」


 爺さんは笑う。なんだそりゃ。シンデレラか。ウィットに富んだ話題とか演出すんのやめろ、こっちにそんな余裕はねえ。

 改めてショットガンを構え直すあたしを見て、ジュニパーが首を傾げる。


「シェーナ、その錠前だけ奪っちゃダメなの?」

「え……ああ、そうな」


 彼女のいう通りだ。そうすりゃ銃声や跳弾はねかえりの心配もないし、敵にもバレんで済むもんな。

 危ない。冷静なつもりでいて完全にテンパってた。頭が回ってなかったし、それに気付いてもいなかった。


 さらっと収納して、檻の扉を開ける。爺さんのいってた部屋に入ると、小さめながらも倉庫らしく武器弾薬と携行食や水のパッケージが並んでいた。

 名前は知らんけど、念願の機関銃もある。こうなったら要るものも要らんものも、根こそぎ奪ってやる。

 ミュニオとジュニパーにも新しい武器を勧めたけど、いまある銃が手に馴染むからと断られた。


「アニキ、PP-2000があるぜ」

「シェーナ、そいつをもらっていいかな」

「良いも悪いも、あたしのじゃねえし。好きなだけ持ってけよ」


 丸腰だった爺さんとテオが選んだのは、不格好な拳銃みたいなサブマシンガンだ。

 敵に武器を残す義理もないので、後は丸ごと収納して倉庫を空っぽにした。


「さあ、行こうぜ。船を奪って脱出する。みんな、つまんねえことで死んだりすんなよ。あたしたちは、この後からが本番なんだからな!」


「「うん!」」

「「おう!」」

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