襲われた隠れ家
十数体のゴブリンどもは、いまにも襲い掛かろうという態勢になってる。いま停車して射撃してたんじゃ間に合わないし、停まるには遅すぎる。
辛うじて人っぽい方を避けてハンドルを切るとゴブリン数体を撥ね上げ、轢き潰した。水飛沫か血飛沫か飛び散ったものを浴びせてしまったが横滑りしながら停車。助手席のミスネルさんがドアを開けて飛び降りる。
「乗って、早く!」
一緒に降りたミュニオが
グッタリした子供がふたりと怪我してるのがひとり。助手席に無理くり詰め込んで車を出す。ぎゅうぎゅう状態だけど、砦までは数キロだ。後部座席のキーオさんたちが包帯に使えそうな布を差し出してくる。
「かなり出血してる。ミュニオ、治癒魔法は」
「できるの。任せて」
布で拭いながら傷口を確認する。青白い光が瞬いて、少しずつ呻き声が静かになった。追い掛けてくるゴブリンどもの喚き声も、走るうちに雨の向こうへと遠ざかっていった。
「もう大丈夫なの。ずいぶん血が流れたから、目が覚めたら栄養のあるものを摂らないと」
「よく頑張ったな。ちょっと待ってろ、いま暖かくするから」
運転しながら、手探りでサバーバンのヒーターを強にする。満員乗車の呼気で
「あなた、がたは」
ひとりだけ意識のあった子が、あたしたちを見る。まだ耳は短いけど、エルフのように見える。失神したままの子たちも含めて顔は整っているが、幼いせいか男の子か女の子かはわからない。
「……
ガタガタ震える手に、血塗れで錆だらけの鉈を握り締めている。ミュニオが優しくさすると武器は手放したが、指は柄を握った形のままだ。こちらを警戒しているのではなく、恐怖と緊張で指が固まっていたんだとわかった。
「どっちかは知らんけど、ミキマフの敵だ。魔王の……遠い親戚みたいなもんかな」
実際は面識もないが、エルフの子は、あたしたちを見て納得したようだ。正確には、あたしの全身真っ赤な服と、ミュニオの赤いフリンジ上着を見て。
ちょっと考えてミネラルウォーターのペットボトルと、いくつかドライフルーツやエナジーバーを渡してみた。
「それ、水と食い物だ。しばらく腐らないから、落ち着いたら食べな」
エルフの子はとっさに受け取ってはみたものの、リアクションに困っている様子。こっちを信用するまでは、食べないかもな。でも、それは彼らの自由だ。
「あなたたちの他に、助けが要るひとはいるの?」
エルフの子は、痙攣するように首を振った。
「大人、は……く、く、喰わ、れた」
子供らを守ろうとしたひとがいたのか。手遅れだったことを悔やみつつも、冥福を祈るしかない。
「あなたは、この先の隠れ家から来たの?」
頷きかけた子エルフは、“この先”という言葉に気付いてハッとなる。
「ダメ! 逃げ、ろって、いわれて!」
砦に向かおうとしているあたしたちを止めたいのだろう。震えて回らない舌で、必死に訴えようとする。
「心配いらないぞ。お前らも、砦のひとたちも、あたしたちが絶対に守る。アホみたいに強いヤツがふたり、もう
そんじょそこらの兵士や魔物くらい、あっさり蹴り殺され切り刻まれてる頃だろう。そう説明しても、子エルフの表情は晴れない。砦でよほど怖い目にあったのか、それとも長く不安ななかで過ごしてきたせいで、ぬか喜びを避ける自己防衛本能か。
「隠れ家は、ゴブリンに襲われたのか? それとも、敵のエルフに?」
「わか、わか、らない。でも、急に、あちこち燃えて、壊れて……いっぱい、入ってきた」
「シェーナ、減速して。その先が河よ」
ミスネルさんの声に目を凝らすと、水流が流れ落ちてく傾斜が見えた。いわれなきゃ突っ込んでたかも。手前で右にハンドルを切り、斜面に近付きすぎないよう東に向かう。
「おうふ」
いきなり進路上にゴブリンの死体が現れる。狭い視界に入るだけでも、十や二十じゃなさそうだ。進むごとに数は増え、四つ足の魔物やエルフの死体も混じり始める。
「半分はヤダルね」
呆れたような笑み含みの声で、ミスネルさんがいう。首のないのは、そうかも。骨が砕けたみたいになってるのはジュニパーかな。あのふたり、案外いいコンビかも。
「戦闘音は、しないの」
「生き物の気配もしないわね」
折り重なった死体は、その先で急に少なくなる。
降りしきる豪雨のなか、流れ込む濁流で滝壺のようになった渓谷が現れた。その奥に、どこかダムに似た岩壁が見える。自然地形を利用した隠れ家、というのがあれなんだろう。
サバーバンのライトが照らす先に、岩陰で身構えている兵士の一団がいた。向かう先は、こちらではなく隠れ家側。彼らの周りには、動かなくなった兵士たちが転がっている。
「……残敵発見、ってとこか」
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