雨の帳

 雨脚は弱まる気配もなく、進むごとに激しくなる。まだ明るさは残っているものの視界が大きく狭まり、方向感覚を喪いそうになる。溜まった雨水が水面のようになったなかを、ザバザバと掻き分けながら進む。

 馬力はあるけど重量もひどいサバーバンは、ちょっとアクセルを踏み込むだけで簡単に尻を振った。


「まるで船だねえ」


 車内では、人狼姐さんキーオさんが窓の外を眺めながら呟く。


「ミスネルさん、道これで良い?」

「そう、このまま真っ直ぐよ」


 川に突き当たったら東方向みぎって聞いたけど、道全部が川みたいになってるから判別できない。タイヤ埋まったとかなら最悪なんとかするけど、いきなり川に突っ込むのだけは避けたい。


「そこの隠れ家は、前いたメイケルグより大きいんだよね? 人数も多いのかな?」

「十日くらい前、キーオに連絡係として行ってもらったけど、そのときは……十五人くらい?」

「そうね。その子たちは南に渡るって聞いてたけど……ミキマフの手下に、捕まったみたい」


 キーオさんが、沈んだ声で答える。

 もしかして、それがヤダルさんと初めて会ったとき、お墓を作っていた犠牲者か。

 視線が合うと、ミスネルさんはそれで正解だとばかりに小さく頷いた。


「この辺りから北はミキマフの勢力が強くて、ひとの出入りが激しいの。いま何人いるかはわからない。ずっと常駐しているのは、ソルベシアの巫女と護衛のペルンていう人狼の男性だけね」

「そんなデカい隠れ家に、常駐はふたりだけか。万一その状態で襲われたらどうするの?」

「ペルンが守るわ」


 そんなあっさりと。相手は一応仮にも王を名乗る男が率いる軍なんだろうに。


「ペルンは、なんというか……物静かなヤダル、みたいなひとよ。彼には“万一”なんてない。いつも、いつまでも、ずっと油断することなんかないし、諦めることもないの」

「ケースマイアンで、最初に音を上げたのはペルンだったみたいだけどね」


 クマ獣人のサリタさんが、そういって笑う。平和な日々に馴染めず耐えられなくなったのは、その物静かなペルンさんが最も早かったという話は、あたしにも身につまされるところがあった。

 ストレス耐性が低い自覚はある。抱え込んでいる感情に流されがちな自覚も。ずっと平和で穏やかな生活を望んでいながらも、心のどこかではそれに馴染めないような気もしていた。

 あまり日常的なスリルと感情爆発に身を委ね過ぎると、帰る場所がなくなる。そんなものがあるとしたら、だけどな。


「シェーナ、変な音がするの」


 ずっと静かなまま会話に参加していなかったミュニオが、ポツリとあたしに告げた。


「音? なんの? どこから?」

「東に半哩、水音と金属のぶつかる……たぶん、戦闘音なの」

「ヤダルさんたちの可能性は?」

「ううん。少数の方は水に足を取られてるみたいだから、ジュニパーってことは有り得ないの」


 そうね。水棲馬ケルピーだもんね。むしろ、この荒天は彼女の独壇場のはずだ。

 とはいえ、この至近距離で戦闘ってことは、それが誰であれ確認しないわけにはいかない。


「ミスネルさん、少し寄り道するよ」

「お願い」


 サバーバンの巨体を大きく旋回させ、東方向に進路を取る。タイムラグの大きい操作感覚も水を蹴立てて進む様も、本当に船みたいだ。

 雨に塞がれた視界のなか、少し離れた場所で光が弾けた。白い霧みたいのが上がって、また何も見えなくなる。


「あの風魔法……エルフみたいね。この雨で、あんまり効果が出せてない」

「相手はわかるかな? どっちを助けるべきかだけでも知りたい」


 あたしは思い付いて、サバーバンのヘッドライトを点灯する。ハイビームにした光に浮かび上がったのは、ゴブリンの群れに囲まれて必死に戦う小柄な人影だった。

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