震えるエルフ

「……ひめ」

「!」


 狐シッポの男の子は震える声でそういうと、ミュニオの前にガバッと平伏ひれふした。

 当の本人はといえば、さしたるリアクションもなく強張った表情のまま俯き気味に固まっているだけだが、状況はなんとなく察してしまった。


「お前、何モンだ? ミュニオこいつについて何をどれだけ知ってる」

「……人間などに、教えることは」


 警戒した顔で吠え始めた狐っ子を、あたしは手を振って黙らせる。


「あたしの話はしてねえ。お前が何者かを訊いてンだよ」

「……答える、必要は」

「うるせえなクソガキ。ゴチャゴチャいってると、そのシッポむしんぞ⁉︎」


 いま、あたしの目は紅く光っているんだろう。目の前まで迫って睨みつけると、狐獣人の顔が見るみる青褪めてゆくのがわかった。


「ミュニオの意思を無視して何かをさせようとするなら、お前も敵だ。敵なら、殺さなくちゃいけない。だから、訊いてンだよ。……答えろ坊主」

「……ぁ、あ……ぅ」

「お前は、ミュニオの、なんだ?」


 顔を近付けると、徐々に視線が泳ぎ始める。スンスンと鼻を鳴らして、涙目になってきた。顔は人間ぽいんだけど、こうなるとなんとなく子狐感あって、泣かしてると罪悪感が出てくる。


◇ ◇


「……やっぱりかぁ……」

「は、はい」


 あれこれとっ散らかった子人狐の説明によると、ミュニオの両親はソルベシアの王族で、ミュニオも王の血を引いているのだそうな。何でそれがわかるのかは知らない。見た目と魔力の波動、みたいなこといってたけど、そんなもの感知も見極めもできないあたしには真偽のほどがわからない。人狐族は、獣人には例外的に魔力の量と行使に秀でているそうだから、ソルベシアの魔力持ちには、わかるのかもな。

 その人孤族でイハエルというらしい小僧は、生意気さも影を潜めションボリと俯いている。さすがに脅しが効きすぎたか。


「いまの王はを持たないので、王家の血を引いていないのではないかって、いわれてて」


 なんとなくの伝聞情報でしか知らん、人喰いだか侵食だかの森か。それが機能停止してるならむしろ吉報のように思えるけど、そこは正直どうでもいい。

 問題はソルベシアの事情ではなくミュニオの気持ちだ。それと、この旅の目的地を変更する必要があるのか。現時点では判断に困る。

 エルフの楽園を維持できない現王ミキマフの求心力は地に堕ち、エルフ社会は分裂の危機にある。その余波で狐の小坊主イハエルを含む非エルフ勢は、ソルベシアから排除され始めているのだそうな。


「イハエル、お前は、なんで盗賊団に捕まってたんだ?」

「あれ、盗賊団じゃない。王位簒奪を図って、負けて逃げ落ちた敗残兵」

「そっか……騎馬の盗賊って変わってると思ったんだよね」

「え」


 あれ、ジュニパー先生、それは後出しじゃなく?


「あのね、騎兵って、戦力を育てるにも維持するにも時間とおカネが掛かるから、貴族とか国とか、よほど大きなところしか保有できないの」


 うん。それは、前にジュニパーから聞いた。ムールム城塞んときだっけ。ということは、いかにも貧乏そうな盗賊団がそれを四騎も持ち出してきた時点で変だなと思うとこなんだな。

 いや、知らんし。ジュニパー先生、それは気付いた時点で教えてくれ。


「どうせ、“ソルベシア魔王軍”とか名乗ってたのも嘘だろ」

「嘘というか、願望じゃないかな? ねえ、イハエル?」

「……はい。ジュニパーさんのいう通りです。半世紀ほど前、ソルベシアを占領していた帝国駐留軍が“魔王”に滅ぼされたのは、エルフたちには輝かしい過去の栄光ですから」

「なあイハエル、本物の魔王は?」

「さあ」


 知らんのかい。

 聞けば聞くほど、面倒臭い上にくだらない。ホント、そういう政治やら民族的野望やらはどうでも良いんだけどな。


「ちなみにミュニオ。その辺の流れって、どのくらい把握してた?」

「……ほとんど、なにも、知らなかったの。……父さんは早くに亡くなったから」


 まさかの本人だけ蚊帳の外状態。そらノーリアクションにもなるわな。

 あたしたちを騙したり嘘ついてたりってのは考えてない。可能性としてはゼロじゃないんだろうけど、特にメリットがない。目的や理由が何だろうと三人で行きたいところに行くし、三人でやりたいことをやるんだ。


「それから、いろんなひとたちが、母さんとわたしに色んなことをいってきて。何かをさせようとするけど、目的が、わからなかったの。だから、母さんが亡くなったとき、逃げ出して……そして、帝国軍に捕まったの」


 そこであたしと出会い、ジュニパーと出会うわけだ。結果オーライというには、いささか波乱万丈な感じだけど。


「そっか。だから、ソルベシアに行こうとしたんだね」


 ジュニパーの言葉に、ミュニオが頷く。そうだ。エルフにとっての永遠の楽園、ソルベシアに向かえば、きっと上手くいくって、母親からは、そう聞いてたから。

 彼女も――クレオーラ の話によれば――皇子の侍女だから詳しくは知らなかったんだろう。ソルベシアが問題の根源だったなんて、思わないよな。


「……ごめんなさい」

「バカ、どこにミュニオの謝る必要があんだよ。なんも気にすんな。ソルベシアのことなんて、あたしたちには他人事ひとごとだしな」

「それでも」


 あたしは、ミュニオのほっぺを引っ張る。反対側から、ジュニパーも。ぷにっと両ほっぺが伸びた顔で、困り顔のチビエルフが泣き笑いの表情で困る。


「ふに……」

「謝るな。あたしたちが、聞きたいのはさ。お前が、。それだけだ」

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