フリージン

 あたしたちは死体を収納で片付け、盗賊団のアジトで休憩に入っていた。残念ながら、使えそうな物資はあまりない。金目のものもわずかだ。こちらとしては失うものがなかっただけマシか。

 ミュニオに治癒魔法を掛けてもらって、謎の獣人の怪我は回復した。意識は戻っていないけれども、命に別状はないそうだ。


「……目覚めるまで、……しばらく、時間が要るだけなの」

「わかった。ミュニオ、ありがとな」


 苦労人のチビエルフは、困ったような怯えたような硬い表情で笑う。痛々しいが、いまはあえて触れないでおく。


「なあジュニパー、これ、なんて獣人?」

「う〜ん……獣人なのは確かだけど、こんな子は見たことないかな」

「長でもわからん?」

「コボルトは、他の種族と、あまり接点がなくて」


 コボルトの群れの長アルファでも、あまり他種族の知識はないようだ。

 この獣人、見たところ男で、まだ若い……というより印象としては。尻尾は長くてフサフサ、だけど口吻というのか口まわりは突き出してたりしないし耳も人間と大差ない。髪も茶色っぽいだけで、ふつう。体毛も、人間程度。


「わからんもんは、しょうがない。目が覚めるまで待ってみるか……」

「そだね。シェーナ、今日はここに泊まる?」

「うん。コボルトたちは、どうする?」

「この辺りで、何日か暮らしてみて、ソルベシアに移動する」


 長は、あたしたちと分かれて群れでここに残る判断のようだ。元痩せコボルト一号二号も、この辺りなら狩りの獲物もそこそこ見込めそうだという。盗賊どもの選択眼と関係してるのかどうかは不明だけど、どうやら彼らにとっても悪くない場所みたいだ。


「そんじゃ、早めに食事を作って休もうか。あたしたちは、明日から北に向かうよ」

「「「はーい」」」


 今日は食材を提供して美味いものを食べよう。別れの宴というほど、しんみりしたもんにはならない。コボルトたちとは目的地が一緒なので、どうせまた会う機会もあるだろう。

 まだミュニオは沈み気味だけど、腹いっぱいになれば少しは気持ちが上向くかもしれないしな。


「しぇなさん、ひ、たく?」

「ああ、お願い。肉はこちらで出すから、枝で簡単に串を作ってくれるかな」

「わかった」


 大人のコボルトが何人か、石を組んで火を起こしてくれた。ガソリンストーブで野菜スープを作り、焚き火で駆け鳥とウサギを出して炙る。犬とコボルトは違うので大丈夫だとは聞いてるけど、念のため食事にスパイスやタマネギは入れない。


「たべられそうな、とり、とんでるね。あと、のぶた。フンがあった」

「野豚、って猪のことか?」

「牙のない種類じゃないかな。大陸北部には猪と野豚と両方いるはずだよ。住んでるところと食性が違うって聞いたけど……明確な違いはあんまりないはず」


 近くの森に入って調べてきたコボルトたちの情報を、物知りなジュニパーが補足してくれる。猪は深い山にいて大型で凶暴、野豚は平地にいて小型で温和なのだそうな。それも比較の問題でしかないというから、並べて見ない限り多分あたしには見分けがつかない。


「あと、やまねこ」

「え、なにそれ」

「おおきい、ねこ? のぶた、たべる」


 考えてみれば当然の話で、草食やら雑食の動物が増えるということは、それを捕食する肉食動物も増える。山猫か。豹のようなイメージが浮かぶけど、そんなもんいるなら野営とか危なそうだな。


「あ」

「どうしたジュニパー」

「もしかしたら、人狐じんこなんじゃないかな」

「ええと……それは、あの正体不明の獣人ねてる子のこと?」

「そう。たぶん、混血か環境適応で種族的な特徴が薄いんだと思う。あんな尻尾は、他に知らないし」


 フサフサで長い尻尾……いわれてみればキツネの尻尾に見えなくもない。野生の狐なんて接したことないから元いた世界のテレビや写真で見た記憶と照らし合わせた限り、だけど。


「キツネって、尻尾あんなに長かったっけ」

「わかんない。こっちの大陸に狐はいないと思う。もっと北方の生き物だから。人狐も、住んでるのなんて聞いたことないな」


 北の大陸から来たのかな。エリも元はそっちに住んでたっていってたから、なにか行き来する方法か航路かがある……もしくは、あったんだろう。


 スープも出来上がって、肉も焼けてきた。食事にしようかと思ったところで、ふとミュニオの姿が見当たらないのに気付く。盗賊アジトの天幕を覗くと、まだ寝ている獣人の少年に治癒魔法を掛けているところだった。


「ミュニオ、キリのいいところで飯にしない?」

「ありがと。もう少し、で……」


 額に触れていたミュニオの手からパチッと青白い光が弾けて、獣人の子が目を開けた。一瞬で飛び退いたかと思うと、低く身構えて小さな唸り声を上げる。視線だけで周囲を見渡し、敵味方を選別するようにあたしたちひとりひとりを見据えた。ブワリと大きく膨れ上がった尻尾が、緊張と敵意を示している。

 それで、ようやくキツネっぽい感じに見えた。尻尾だけだけど。


「落ち着いて。もうエルフの盗賊は倒したの。誰も危害を加えたりしない。わたしたちは、あなたを助けたいの」


 ミュニオの声に振り返った狐獣人――と思われる少年――は、彼女の顔を見て固まる。それを見たミュニオがまた強張った表情になる。今度は何をいわれるのかと怯えているのだ。ここで獣人少年にも筋違いの非難とかされるとしたら、ややこしい上にやりきれない。

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