テイルズテイル

 あたしたちは、ランクルをバリケードの横に停めると全員を下ろす。

 まだ昼過ぎだというのに、今日は移動する気がなくなってしまった。コボルトたちも、急ぎの旅ではないし。ざっくりと“逃げるならソルベシアかなー”くらいで特に目的地もないようだしな。


「なあ、ミュニオ」


 ビクリと、目を逸らしたまま震えるのが痛々しい。つうか、仲間とはいえ他人の人生に干渉する気はないんだけどな。


「……わ、……わたし」

「いや、個人的事情そっちは、後にしようか。話したければ話して、話したくなければそれでも全く構わない。そうじゃなくてさ。さっき血の匂いがするっていってたよな? あたしたちの前に、もう誰か襲われてるんじゃないかってさ」

「ねえシェーナ、それって……あれじゃないかな」


 ジュニパーがランクルの荷台に乗って、周囲を見渡していた。

 あれといわれても、あたしには高台の周囲にまばらな木々と茂みが広がっているだけにしか見えない。


「向こう、ほら」


 ジュニパーの指差す先には、砦の残骸みたいな小さな石造りの廃墟があった。バリケードからの距離は、二、三十メートルくらいか。木の陰に隠れ、大部分が苔と蔦と雑草で埋もれたそれは、パッと見にはただの起伏としか認識できない。アジトとしたら上手いところに作ったともいえるが、バリケードから近過ぎる。一気に本拠地まで討伐される心配とか、しないんだろうか。

 このあたりの官憲やらなんやらが機能しているようには思えないから、やりたい放題だったのかもしれんけど。


「しぇなさん、ていさつ、してくる?」


 元痩せコボルト一号二号が、あたしに訊いてくる。収納のなかにあった短剣をふたりに渡して、離れた場所から見てきてくれるように頼む。


「危なそうだったら、すぐ逃げるんだぞ?」

「わかった!」


 茂みに隠れる高さまで腰を落として、ふたりはトテチーッと物凄い速度で走り去った。あの生命力と躍動感に溢れた疾走は、オアシスで会ったコボルト三銃士によく似てる。

 と思ったら一分もしないで帰ってきた。


「ただいま!」

「おう、ありがと。誰かいたか?」

「てき、いなかった。したい、よっつ。けがにん、ひとり」


 あたしとジュニパーは、走り出していた。少し遅れて、ミュニオが追ってくる。コボルトたちも一緒についてきてくれたが、走る速度が違いすぎて彼らにとっては歩いているのに近い。


「怪我人は、どんなやつだった? 獣人? エルフ? ドワーフ?」

「たぶん、じゅーじん」


 石造りの廃墟に近付くと、煙で燻されたような匂いが強くなる。血の匂いというよりも、腐敗臭が感じられた。建物の天井は崩れていて、壁も二面がない。隠れるためか雨風を防ぐためか、土や草の汁でまだらに汚れた天幕を張ってある。


「したい、あっち。けがにん、そこ」


 建物の外に転がされているのは、身ぐるみ剥がされたゴツい男がふたり。天幕の下に、怪我人とやらが倒れていた。手足を投げ出して仰向けになったままピクリともしないので、とっさには死体と見分けがつかない。


「……獣人、か?」

「エルフでもドワーフでも人間でもないっていう判断でいうと、そうかも」


 ジュニパーの言葉に、コボルトたちが頷く。そういうことなら、獣人ではあるんだろう。


「こんなの、はじめて、みた」


 コボルトだけじゃない。あたしもだ。その獣人――じゃないかと思われる怪我人――は、長い尾を持っただけの人間に見えた。

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