デウスエクスボーイズ

 牢に転がっていたのは、半死半生の中年男がふたり。海パンみたいな下着を着けただけのほぼ全裸で、拷問でも受けたのか全身に痣と傷がある。獣人とかではない、人間だ。見覚えはないし、もちろん知り合いでもない。死にかけてるっぽくて、話ができる状態じゃない。どういう状況かわからん。


「ジュニパー、砦の兵士で生き残った奴って、いる?」

「無抵抗で隠れているのがいるとしたら、かな。あんまり可能性ないかも」

「……そっか」


 正直いえば、こいつらが生きようが死のうが知ったこっちゃない。それでも、なんというか気に掛かる。敵である脱走兵の砦で半殺しにされて牢に突っ込まれていたのだとしたら、いわゆる“敵の敵”なんじゃないかなと。

 だからどうって話でもないんだけど。イコール味方だとか思うほどおめでたくもないし。


「ジュニパー、ハミと城壁の上に行ってくれるか。代わりにミュニオを寄越してくれ。ルーエは城壁上うえに残したままでいい」

「わかったー」


 その間に、捕まってた獣人のひとたちに声を掛ける。


「みんな、あたしたちは、ミチュの村から助けに来た、ネル、ハミ、ルーエの護衛だ。動ける者は、出てきてくれるか。動けない者がいたら、手を貸すから教えてくれ」


 しばらく、ざわめく声がした後で、何人か女性たちが出てきた。全員が女性で、思ったより若い子は少ない。

 厨房にいたお節介タイプの中年女性が話し掛けてきたのを聞く限り、色々と酷い目に遭った子はいたようだけど、死んだり死に掛けているような者はいない。


「なあ、あんた。砦の兵隊は、どうなったんだい」

「みんな死んだ。そこにいる以外に隠れているのがいるなら教えてくれ、見付け出して殺すから」

「ミケラが、隊長室に」


 いるのかよ、生き残り。厨房にいた女性が、砦の中二階みたいな場所を指す。偉い人の部屋か。あたしたちが降りてきた階段の途中、踊り場みたいな場所にあったのに気付かなかった。指差された後でも、ぞんざいな石造りで物置にしか見えない。


「ルキも一緒だと思う」

「もしかして、それは捕まった獣人の女性か?」

「違う。男だよ」


 一瞬、人質を抱えて悪足掻きの立て篭もりかと思ったら、そうではないらしい。良かったといって良いのかどうかわからんけど。


「この砦の隊長と、副官だ」

「嘘だろ?」


 敵襲があって部下たちが殺されてんのに、指揮官ふたりは自分らだけ穴倉に篭ってんのか。最低だな。

 脱走兵の親玉ともなれば、そんなもんか。


「シェーナ、その囚人に治癒魔法を掛けるの?」


 ジュニパーから聞いたのか地下牢を覗いて察したのか、降りてきたミュニオはあたしに尋ねる。


「そのつもりだったんだけど、ごめん、指揮官が見付かった。話を聞くのは、そっちでも良いかな」

「たぶん、無理だと思うの」

「え?」

魔術短杖ワンドの石に魔力を充填してるの。扉を開けたら攻撃魔法を撃つ気なの」


 ミュニオの視線を辿ると、地下牢から出たところにある貯蔵倉庫みたいな広い部屋、その板張りになった天井が隊長室の床に繋がっているようだ。撃って良いかと、ミュニオがカービン銃マーリンを掲げる。


「こっちの話を聞いてる?」

「たぶん」


 小声で確認して、あたしは城壁上の仔猫ちゃんたちとジュニパーに、そこから動くなと身振りで伝える。

 降伏勧告は諦めた。まかり間違っても攻撃魔法を喰らうなんて事態は避けたい。リスクを背負ってまで訊きたいこともない。


「おーし! そんじゃ、男ふたりで隠れて乳繰り合ってる腰抜け野郎どもをブチ殺すか!」


 反応なし。これで動いてもらえれば、ふたりの位置を確認できたんだけどな。

 ミュニオに相手の位置を指し示してもらう。倉庫の天井でいうと、右奥位置にひとり、もうひとりは部屋の左中央。左側をあたしが担当すると伝える。散弾では床を撃ち抜けるかわからんので、初弾だけを熊撃ち用の一発弾スラッグに入れ替える。


「いいぞ」


 合図と同時に双方が発砲、初弾のスラッグが天井板と床板ごと立っていた男の足を砕いたようだ。悲鳴を上げて転がった男の顔が天井の穴から覗き、あたしと目が合う。どこかで見覚えがあったように思えたけれども、気にせず二発目でその顔を吹き飛ばした。

 ミュニオのマグナム弾は敵を正確に撃ち抜いたらしく、穴は天井にひとつだけ。そこからポタポタと血が垂れ落ちてきた。


「もう大丈夫なの」

「おっけ、じゃ撤収するか」


 垂れ落ちる血に汚されないように倉庫のなかの物資を根こそぎ奪う。あんまり多くないけど、麻袋や木箱に入ったこれはたぶん食料品だろう。奪われたものは、みんな取り返す。


「よーし、みんな仕留めたぞ! 撤収前に、砦にあるもんは全部もってけ!」

「「「はい!」」」


 仔猫ちゃんたちに回収を頼んで、あたしは砦の城門前にランドクルーザーを出す。


「それじゃ、みんなミチュの村まで送ってくぞ!」


 囚われてた女性たちに、荷台へ乗るよう示す。これは何なのか、みたいな顔はされたけどガン無視だ。時間も精神的余裕もない。あと何人かのオバちゃんたち、生理的にあんまり好きじゃない。

 隊長室で見付けたといって、ハミが牢の鍵を持ってきてくれた。ミュニオに渡して、死に掛けのふたりが回復可能だったら話を聞きたいと伝える。


「ジュニパー! 悪いけど、もうちょい外の見張りを頼めるか?」

「まかせてー」


 あたしも仔猫ちゃんたちと一緒に砦のあちこちを回って、めぼしい物資を根こそぎ奪った。ネルたちが回収しきれなかった大きな荷物や重たい物は懐収納に突っ込む。

 少し考えて、死体も全部回収することにした。もし帝国軍がここまで来たとしたら、死体があるのとないのとで何が起きたかの判断が変わる。近隣住人に殺されたとわかれば、ミチュの村にも被害が及びかねない。


「シェーナ」


 ミュニオが治癒魔法を掛けて、謎のふたり組は意識を取り戻したようだ。念のためミュニオには外に出てもらって、格子越しに話を聞く。


「……ああ、あんたか」


 年配の男の方が、あたしを見て首を振った。疲れて、うんざりしたような顔だ。見知らぬオッサンにそんな顔される覚えはないんだけどな。


「“赤目の悪魔”を追ってきたつもりだったんだがな。道理で足取りが途絶えたはずだ。急ぎ過ぎて追い越してたか」


 ボソボソ話す男は自嘲気味に笑い、少しだけ若いオッサンもつられたように笑う。ふたりとも、何があったのやら死んだ魚のような目は全く笑ってない。


「何もんだ、お前ら? あたしに何か用でもあんのか?」


 復讐って感じではないな。そんな強そうにも見えんし、あんま兵隊ぽくない。帝国軍の脱走兵から半殺しにされるのもよくわからん。

 あたしが懐から取り出した銃を向けると、ふたりの目にちょっとだけ光が戻った。


「おお、隊長あれが例の」

「思ったより小さいな」

「いや、だから何なんだよお前ら⁉︎」


 自分らの状況をわかってんのか⁉︎ さすがに、いまは興味津々で目をキラキラさせるとこじゃねえだろ⁉︎


「ああ、すまん。俺たちは、“ヘッケル斥候隊”の隊長と副長だ。少しだけ質問させてもらって良いか?」


 だから、何でこの状況でお前らがインタビュアーみたいになってんだよ⁉︎

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る