砦の六人

 水棲馬ケルピー形態になったジュニパーの背中に、仔猫ちゃんたちを乗せた。少し詰め気味だけど、短時間なら案外なんとかなりそうだ。ジュニパーの首に抱きつく位置にハミ、その後ろにルーエを抱えたミュニオ、その後ろにあたしとネルだ。


「ジュニパーには、城壁の上に降りてもらう。ネルとあたしは左側の敵、ハミとジュニパーは右側の敵だ」

「「はい!」」

「城壁上の弓兵を倒したら、ネルとハミは階下したに降りるぞ。ネルは、あたしと。ハミは、ジュニパーとだ」

「「はい!」

「ルーエ、お前はミュニオと一緒に城壁に残れ。全体を見渡して、可能な限りの敵を削ってくれ。いちばん大変な役目だけど、ふたりにしか出来ない。頼むぞ」

「はい」

「ルーエなら、大丈夫なの」


 あたしは仔猫ちゃんたちをワシャワシャと撫で回し、自分にも気合を入れる。


「ネルとハミの武器は、装填中しばらく無防備になる。その間はジュニパーとあたしがバックアップするから、近くの遮蔽に入って、落ち着いてやれ。事故だけは、絶対にないようにな」

「「はい!」」


 予備弾薬は、各自に追加を百発ずつ渡してある。前衛としてリボルバー装備で駆け回るネルとハミは、キッチリ詰まったプラスティックケースから咄嗟に出しにくいと判断したらしく、バラの状態で縦長ポーチみたいな矢筒に移していた。そのあたりは、個人の判断だ。


「ジュニパー、ミュニオ。攻撃はハミとルーエに任せていい。サポートと護衛を頼む」

「うん、任せといて」

「大丈夫なの。帰るときも、みんな一緒。誰も傷付けさせたりしないの、絶対」


 全員が乗ったところで、ジュニパーが立ち上がって振り返る。いま尻の下にある背中にピクリと緊張が走ったので、何かを察したようだ。


「みんな、すぐ行くよ。城壁内で魔力の充填が始まってる。広域の攻撃魔法が来るんだと思う」

「たぶん術式巻物スクロールに魔力を注いでるの。軍の魔導師じゃない、魔力持ちの亜人にやらせてるの」


 ふざけやがって。みてろ脱走兵ども、すぐ皆殺しにしてやる。


「ジュニパー、頼む」

「了解。みんな、つかまってね!」

「「「はい!」」」


 走り出しには気を使ってくれたようだけど、そこからグングンと加速する。いつにも増して凄まじい加速だ。力強いけど重たいランドクルーザーとは全然違う。静かで速く鋭く、途切れずにどこまでも伸びてゆく、新幹線並みの疾走。

 五、六百メートルはあった距離が一瞬で詰められ、坂の上にあった城壁があっという間に目の前まで迫る。


「飛ぶよ!」

「「「「おおおぉッ!」」」」


 女の子が揃いも揃って、こんなとき上げるのは嬌声ではなく野太い怒号なのだなと、頭の隅でヘンなことを考えたりする。

 飛行機の離陸にそっくりな、血と内臓が下がるような飛翔。城壁の上で恐怖と驚愕に固まる兵士たちの顔が見えた。思いも掛けない状況に弓を引き絞ることもできず、誰もが逃げ腰になって視線を泳がせる。


「各自の判断で射撃開始!」

「「「はい!」」」


 左の敵が三名、右の敵が四名、ネルとハミの銃撃によって目玉を撃ち抜かれて事切れた。その間にも、回廊上になった城壁の奥にいた兵士が六名、ルーエの射撃で崩れ落ちる。


「さっさとせんか半獣ども! 急げ!」


 ヒステリックな声に気付いて見下ろす。城壁の内側、少し低くなった平地に巻物が広げられ、魔法陣みたいのが光を放っているのが見えた。巻物の前には、手枷と首輪を着けられた獣人らしきひとたち。甲冑を身に着けた兵士が剣を抜いて怒鳴っている。まだ、こちらに気付いてはいない。


「ルーエ、右から撃つの!」

「はい!」


 あたしたちから敵までの距離は二十メートルほどある。リボルバーでは少し遠い。ショットガンでは獣人にも当たりかねない。ミュニオがテキパキと攻撃を指示し自らも支援する。

 左側にいた兵士は甲冑の他に鉄兜みたいのを被っているから、ルーエの22ロングライフル弾では弾かれると判断したんだろうな。あたしがそう理解したときには、既に八名が頭を吹き飛ばされていた。


「各自装填! ネルとハミ、非常時は未使用弾薬うってないのごと捨てても良い!」

「「「はい!」」」


 撃ち切る前の再装填で、使用未使用を選別しながらは無理だ。携行弾薬と下手に混ぜると後で混乱する。敵対勢力に弾薬を渡すことになりかねないけど、この際どうでもいい。


「ネルハミ、同士討ちだけ注意な」

「「はなれても、わかる」」


 仲間の位置を把握できる、みたいな意味か。それを信じて、二手に分かれ階下に降りる。

 高さ十メートルほどの城壁に登り降りするのは雑に組まれた階段がひとつに、梯子がいくつか。ジュニパーはハミを抱えてジャンプで飛び降りたけど、あたしには無理。足くじく。

 階段を駆け下りて、囚われてた獣人たちを助け起こす。


「ネル、他の仲間の気配はわかるか」

「そこ」


 指された扉を開けてみると、なかにいた獣人の中年女性があたしを見て悲鳴を上げる。後ずさる彼女の手に芋が握られているところを見ると、厨房で炊事を命じられていたようだ。


「みんな、ここに入ってて。声掛けるまで絶対に出るなよ、死ぬぞ!」

「「ひぃッ!」」


 あたしは手枷付きの獣人たちを、厨房へと強制的に誘導する。脅しでもなんでも、いうこと聞いてくれればそれで良い。助けに来た相手に嫌われようが、流れ弾で死なれるよりマシだ。

 その間にも、ネルは近付く兵士を確実に減らしてくれてたようだ。


「しぇーな、タマぎれ!」

「おっけー、厨房そこで再装填しろ」


 ネルが遮蔽に入っている間、あたしは自動式散弾銃オート5で援護しようとするけれども、目に付く兵士はこちらが狙う前に目玉を撃ち抜かれて倒れる。

 ルーエとミュニオが城壁にいる限り、あたしの出る幕はなさそうな感じ。


「あ、あんた、ネルかい⁉︎」

「ああ……ごめん、あとにして、おばちゃん。すぐ、すむから」


 ネルが予備弾薬を装填しているとき、厨房に押し込んだ獣人のひとりが声を掛けてきた。身体に触れられたのだろう、装填中の彼女は少し苛立った声で突き放す。


「いま出ちゃダメだよ、隠れてないと!」

「だいじょうぶ。はなして」


 装填が済んだネルは、押し留めようとする女たちを置いて厨房から出てくる。その顔はなんだか複雑な表情だった。わかるような気はする。無力であるのは辛いけど、無力でなくなったから楽になるわけでもない。特に狭い社会にいれば必ず、足を引っ張るやつは出てくるし。


「シェーナ!」


 戦闘は終了したのか、城壁のなかは静かになっていた。少し離れた場所で、ジュニパーが呼ぶ声が聞こえた。危機感はないから、誰かが怪我したとかではないだろうけれども。


「どうした?」

「それが……なんか、ヘンなのがいる」


 なんだよ、変なのって。魔物か? それを爆乳水棲馬ジュニパーが変なのとはいわんか。

 半地下になった牢みたいな場所を覗き込んで、あたしも首を傾げる。たしかにこれ、“変なの”としか表現のしようがないな。


「……なあ、何でそんなことになってんだ、お前ら?」

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