亡国の虜囚

「……って、わけなんだけどな」

「はあ」


 牢内のオッサンらふたりから説明を聞いたあたしは、正直リアクションに困っていた。

 彼らは“赤目の悪魔”の虐殺を調査するために北上してきた特務部隊の隊長と副長だそうな。要は帝国政府の密偵か。名前はヘッケルとルッキア。行く先々で極秘捜査を汚職捜査と誤解され、露見を恐れた友軍に捕まってはボコボコにされたとか。

 そんなの、こっちの知ったこっちゃねえ。それをホントの調査対象にいうなよ。

 オアシスに攻め込んでくるという帝国軍部隊を偵察がてらに襲ったとき、馬車に囚われていたのも彼らだったらしい。覚えてるような、覚えてないような。うん、エルフの子たちが捕まってた護送馬車で、コボルト三銃士に馬車のドアごとぶっ飛ばされて気絶してた兵士はいた。そのときもチラッと顔は見たはずなんだけど、中年の人間だったという以外には全ッ然、覚えてない。たしか、その後は……気付いたら逃げてたしな。

 半殺し状態だった彼らに治癒魔法を掛けてくれたミュニオは、話を聞いて不思議そうに首を傾げる。


「帝国軍にも、変わったひとたちがいるの」


 あたし以上に他人事っぽいけど、そらそうだよな。その頃ミュニオはオアシスにいたから、こいつらを見てもいない。


「わたしたちの……“虐殺”? 戦闘の痕跡をたどって、ここまで来たのはわかったの。どうして、また捕まったの?」

「それ、は……」

「いえねーか。どうせ脱走兵の盗賊アジトになってるのを知らずに、ノコノコ助けを求めとかなんじゃねーの?」


 いや、違うな。自分でいっといて、なんか違う気がする。

 いまでも帝国軍の砦だと思って訪れたんだったら、脱走兵でしかない砦の元兵士たちは軍の密偵なんか生かしておかない。尋問はされたようだけど、生かしてはおいた。だとしたら。


「お前らも、帝国軍を脱けようとしたのか?」

「信じてはもらえませんでしたけどね」

「そりゃそうだ。あいつらの立場だったら、俺だって信じねえ」


 唐突な上にあんまりリアリティない話なんで半信半疑だったけど。パンイチのオッサンふたりは苦笑して首を振る。


「なんでまた。いや、どうでも良いっちゃ、どうでもいいんだけどさ」

「なーんか、行く先々で何百何千って死体の山を見せられたら、どうでもよくなってきてな」

「まあ、そうですね。報告しに帰ったところで、帝都の政変に巻き込まれるだけですから。帝国はガタガタで、政体としてもう長くない。それに、たぶん帰れない」

「なんで? 来れたんなら帰れるだろ」


 隊長の方があたしを見て顔をしかめ、副長の方が首傾げる。なんだよそれ。


「ああ……っと、もしかして、わかってない、のか?」

「たぶん、そうなの。シェーナは、自覚がないの」

「何がだよ」


 ミュニオが促すと、副長が床に石ころをいくつか置き、そこに指で見えない線を引く。


「あなたがたが壊滅させたのは、マイヨンの前線砦、コルタルの城塞都市、旧ペイルメン貴族領、ムールム城砦、暁の群狼ドーンウルフパックの砦、旧イーケルヒのオアシスに、メッケル辺境伯領。そして、この砦。手を出さなかった旧アドネアの首都アドネは例外ですが……潰されたのは、ほぼ全て帝国軍の補給施設です。そこで物資を調達できなくなれば、帝国軍人は長距離移動が不可能になります」

「わたしたち、結果的に軍の補給経路を分断しちゃったの」


 いや、それも知ったこっちゃねえっつーの。三人揃って、“ね?”みたいな顔でこっち見んな。


「まあ、いいや。オッサンたち、これからどうする気だよ」

「生かしてもらえるなら、逃げますよ、もちろん」

「ここの脱走兵から聞き出した話じゃ、五十ミレほど東にソルベシアから逃れてきた敗残兵と難民が暮らす街があるんだってよ。そこに行こうかと思ってる」

「受け入れてもらえなければ、アドネまで南下します」


 そっか。別に、どうでもいいや。助ける義理もないけど、殺す気もない。

 ちなみに、銃について妙に喰いついて来た上にあれこれ詳しかったんで訊いたら、生き残りから集めた情報と現場で拾った薬莢から銃の基本的な仕組みと火薬の組成は把握していたのだそうな。


「なんでまた。こっちの世か……大陸に、銃なんてないだろ」

「錬金術を学んだときに、爆轟ばくごう薬の調合を経験している。攻撃魔法と比べて、あまりに非効率なので廃れた技術だがな」


 そんなもんか。こっちでいう錬金術っていうのは、元いた世界の化学か科学にあたるのかもな。

 以前にあたしたちの銃撃戦を遠くから見ているらしく、こちらの人間なりの理解ではあるけれども、銃がどういうものなのかは、ほぼ正確に把握していた。

 だからといって何か対抗策があるわけでもなく、またそこから先に進む技術や知識の体系もなく。


「自ら無価値と捨てた技術で、滅ぼされるとはな。老いた大国には似合いの最期だ」


 隊長は、自嘲気味に笑った。

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