レイジーキトゥン

「あのね、ネルちゃん」

「いい」


 あたしは、ジュニパーを止める。ここで“違うよソルベシアに向かうだけだよ”、なんてのは無しだ。それが気遣いからだとしても、嘘はかない。だって。

 この子たちは、ちゃんと向き合おうとしてるんだもの。あたしたちと。ミチュ村の抱える問題と。自分たちの無力さと。どうにもならない気持ちと。


「お前ら、親には」

「いった」

「かりに、いくって」

「……うそは、いってないよ」


 そうな。嘘じゃない。“獲物が何か”って違いだけだ。

 あたしが呆れて首を振ると、三人は少しだけ微笑みを浮かべる。


「村の大人で頼りになりそうなのは」

「いいひと、なら」


 女の子って残酷だな。頭の良い子は特にそうだ。


「ハミの、ねえさん。ネルの、おばさん。ルーエの、おかあさん」

「とりでに、つれてかれた」

「だれも、たすけられなかった」


 誰かを責めてる風ではない。そもそもが“助けてくれなかった”ではないあたり、自分を含めてのことだろう。山賊紛いの脱走兵とはいえ、兵士を相手に戦えというのが酷な話だ。

 だから。彼女たちは、待ってた。ずっと。白馬に乗った王子様じゃなく、報復の機会を。力を手に入れるだけの時間を。


「もしかして、日頃の狩りで、殺しの勘と技術を身に付けてた?」


「おいしいから、かり、するの」

「とり、すき」

「おにく、ちから、つくの」


 そこまでは考え過ぎでした。まあ、いいや。


「砦に、何人くらいいるか、わかるか?」

「マクネのおじさんが、むらの、にばいって」

「五、六十ってとこかな。ジュニパー、ミュニオ」


 今度ばかりは、ふたりとも少し迷っている。自分たちだけなら即答即決なんだろうけど、他人を……それも小さな子を巻き込むのは、あたしも迷う。逃げ場がないわけじゃないし、彼女たちが絶対に手を下さなければいけないわけでもない。

 それでも。あたしは迷いつつ、村の入り口に駐車したランドクルーザーに仔猫ちゃんたちを導く。


「道案内を頼む」

「たたかう、のは?」

「その短弓でか? 毒でも使わないと、兵隊相手にすんのは無理じゃないかな」

「……でも」


 なんとなく、気持ちはわかる。わかるけど。

 ミュニオとジュニパーは、珍しく口数が少ない。いまのあたしたちが引っ掛かってるのは、善悪とか成否の問題ではないから。彼女たちは覚悟してる。それを認めて欲しいと思ってる。

 認めるのは吝かではないのだけれども、その結果としてこの子たちを危険に晒すのは、どうしても踏み切れない。結局のところ、あたしは責任を果たせないし果たしたくもないのだろうな。ミチュ村の大人と同じように。

 いや、あたしは彼らとは違う。もっとひどい。決断さえすれば与えられるのに。その力はあるのに、逃げてるんだ。


「しぇーな」


 ネルが、あたしの前で膝をつく。ルーエとハミが、すぐ後に続く。いわゆる土下座じゃないけど、服従と懇願を示しているのはわかる。


「たすけて。なんでも、するから」

「「おねがい」」


「やめろ」


 思わず硬い声が出る。仔猫ちゃんたちはビクリと震えるけど、あたしを真っ直ぐ見たまま逃げたりしない。


「だれの、ても、かりない。ネルと、ハミと、ルーエで、てーこくぐん、たおす。みんな、とりもどす」

「ずっと、おもってた。ずっと、がんばってたの」

「でも、むりだった」

「むりだったの! こども、だから! おんなのこ、だから!」


 涙と鼻水を垂れ流して悔しがる仔猫たちを見て、あたしは背を向ける。


「……くっだらねえ」

「シェーナ!」


 やってらんねえ。ふざけんな、こんなの。冗談じゃねえっつーの。


「“市場マーケット”」


 目の前に現れたサイモン爺さんは、少し疲れた顔で演台脇の揺り椅子に腰掛けていた。

 ぼんやりした表情とカサカサした肌は、いつにも増して老け込んで見える。こちらに気付くまでに、しばらく時間が掛かった。大丈夫か、爺さん。


「ああ、シェーナ。久しぶりだね。元気で、やっているかな?」

「まあ、ぼちぼちだ。そんなことよりさ、こっちの世界に赤い格好をした連中が大勢いるみたいなんだけど、あれ爺さんの顧客か?」

「ほう、ついに出会えたか。わたしの顧客ではないが、古い顧客である“魔王”のお仲間だな」

「ん? 魔王の? どういうこと?」


 爺さんは、あたしのうしろで泣きベソ掻いたまま蹲ってる仔猫ちゃんたちを見て、その隣で慰めてるミュニオとジュニパーを見て、少し首を傾げた。

 彼女たちの動きは止まっているけれども、たぶん状況は見ればなんとなくわかる。


「たぶん、いまの君と似たような状況だよ。そこにいる、猫の子みたいなセリアンスロープは、シェーナの助けを求めてるんだろう? 魔王も、そうやって困っている者や虐げられている者を放っておけないタイプだったようでね。彼なりに迷いながら悩みながら、敵と味方を判断して選別して、少しずつ仲間を増やしていったんだよ」

「そのお仲間の印が赤い服か? そりゃ結構だけど、あたしは魔王の仲間になった覚えはないぞ」


 サイモン爺さんは手を振り、あたしに渡したものは少しだけ話が違うのだと笑った。


「最後の取り引きのとき、彼はわたしにいったんだよ。これから、同じような取り引き相手に出会ったら。そして、その人物が信用に足る相手だと判断したら、何か赤い印を渡してくれないかとね」

「え」

「シェーナがいまいる世界で、赤の顔料や染料は……少なくとも鮮やかな赤は流通していなかったようだ。ということはつまり、赤い服や武器を持っている者は、ほとんどいないはずなんだよ。万が一、魔王のお仲間と遭遇したとしても誤って敵対したり殺したりしないで済む」

「いや、正直かなり迷惑なんだけどな。こっちは周囲みんなが敵だってのに目立ってしょうがない」

「そういわんでくれ。彼なりの気遣いだったんだ」

「いや、だとしてもさ。いまの話からしたらワンポイントで良いだろよ。こんな、頭のてっぺんから爪先まで何もかも真っ赤にしなくてもさ」


 ふむ、と爺さんは頷く。なんだよ。なんかもっともらしい理由でもあんのか。


「魔王のオーダーで事前に仕入れたは良いが、シェーナ以外には現れなくてね。在庫処分だ」


 ぶっ飛ばすぞこのジジイ⁉︎

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