(閑話)サイモンの拘束

「サー・サイモン・メドベージェフ。あなたには、違法な武器取引及び通貨取引に関わる七つの容疑が掛かっています」


 屋敷にいきなり現れた黒いビジネススーツの男が、令状を掲げていった。


「お手数ですが、ご足労願えますか」


 こういう状況を予想していなかったわけではないが、なぜいまなのかは疑問に思った。この時期に踏み切った相手の素性と目的がいまひとつ読めない。


「テオ、執事ミハエルに伝えてくれ」

「アニキ。弁護士に、ではないんで?」


 いまさら弁護士に用はないだろうな。これは法律メンツではなく、政治カネの話だ。あるいは、生命タマの。

 前者ふたつはどちらも疎いが、長く関わってきてひとつだけわかったことがある。

 いまなら引きずり落とせると、考えた奴がいる。俺からと。


 引退した老害に、そんな大層なカネも資産も地位もねえんだがな。傍から見たら、わからんものか。

 そんな馬鹿にはキッチリ報いを受けさせないと、続けて出てくる可能性が高い。俺個人の足を引っ張る分には自業自得と受け入れてもいいが、いずれ周りにまで被害が及ぶ。

 屋敷の前には、覆面パトカーアンマークドの古いクラウンヴィクトリアフォード。身振りと身分証カードを見た限り、官憲であることには間違いない。この期に及んで偽者を出して来るほどの雑な相手ではなさそうだ。

 玄関まで見送りに来た執事から、上着と帽子を受け取る。


情報漏洩リークした奴には、を届けろ。首謀者とはいずれ、の機会を」

「は」


 血生臭い日々は、忘却の彼方に去っていたんだがな。なかなか、逃げられんものだ。

 下男のテオが、おどけた敬礼を見せる。ぶん殴るぞ阿呆が。この能無し中年、面白そうな顔を隠しもしない。


「差し入れに行きますよ、サー」

「要らん」


 この阿呆が張り切ると、碌なことにならない。なにせ若い頃こいつは収監された仲間にデリンジャーを差し入れしようとしたのだ。当然のように見付かって、テオ自身がしばらく刑務所暮らしをすることになったが。

 ミハエルに目配せすると、ちゃんと監視しますとばかりに慇懃な目礼が返ってきた。


「まずは、事情をお訊きするだけです。すぐに戻れますよ」


 俺がフォードのリアシートに座ると、助手席からブラックスーツの男が声を掛ける。

 まずは前哨戦で様子見。そこから長い消耗戦どろじあいに入り、手打ちシメまでに何をどれだけ剥ぎ取れるかが相手の目論見になるのだろう。

 そう簡単に済ませる気はない。、わからせてやらねばならない。


 こんなときに、シェーナが訪れたら申し訳ないな。

 おかしなことに、俺はそんなことを気にしていた。猛り狂った獣のような目をしながらも、おかしなほど愚直に生きてる少女を思い出して、俺は奇妙な感慨を覚える。

 有り体にいえば、もう彼女は必ずしも俺との取り引きを必要としてはいない。

 信じあえる仲間がいて、とりあえずの武器じゅう乗り物あしもあって。いまだ旅を続けてはいるようだが、生きてゆく上での居場所は手に入れている。

 いずれまた、俺との繋がりは切れる。違う時間が、違う人生が、俺の知らない場所で流れ始める。

 それで良いのだろう。そうあるべきなのだろうと、頭では思う。いつまでも俺なしで生きられないような人間なら。それは生きる力も意欲も才覚もないということだ。おかしな力で繋がったのは以前もいまも、歪みながらなお真っ直ぐに前を向いて走り続ける魅力的な相手だった。

 幸か不幸か、俺の周りにはそんな奴らばかりが集まる。それを人望と呼べるほど、自惚れてはいないが。彼らは誰もが、神の祝福と精霊の加護を受け、光に満ちた人生を送る。


「……ああ」


 そしてみんな、いなくなってしまうのだ。

 清潔で退屈で静まり返った暗い場所に、老いた俺だけを置き去りにして。

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