鉛の弾丸と鉄の睾丸

「あれ、何で急に……って、うおおおおぉッ⁉︎」


 “市場マーケット”が閉じて時間が動き出したとたん、あたしの立ち位置が変わったことに戸惑っていたエリは、あたしが両手に抱えているものを見て目を丸くした。

 段ボール箱を横の机の上に置いて、ホルスターと小箱の弾薬を乗せる。


「お待たせ、いま在庫これだけだってさ」

「これだけ、って……二百五十発入ラウンドって書いてんじゃん! それを、ふたつも! ありがとー! もう全財産渡しちゃう!」

「カネは要らないよ。その代わり、情報をくれ」


 サイモン爺さんとこに置いてきたのは金貨三枚だけど、そもそもあまり消費しないので手持ちの貨幣はダブついてる。稼いだ金ではなく奪ったものだから、身に付くものでもないしな。


「情報? そんなのいくらでも出すけど、何の情報が欲しいの?」

「ソルベシアの状況と、帝国の動き。それと、アドネアこのくにの立ち位置もだ」


 ノックの音がして、ジュニパーがドアを開けると玄関先にエリの連れだった衛兵が立っていた。攻撃の意思はないという意思表示か、手のひらを上にして両手を前に出してる。


「悲鳴が聞こえたんで、まさか拷問でもしてんじゃないかと思って確認に来た」

「ごめん、ちょっと興奮しちゃって」

「……興奮? あの歓声、お前なのか? あの“鉄の睾丸”が?」

「っさいな、蹴り上げるよ?」


 呆れながらも何事もなかったらしいとわかると、パートナーの衛兵はこちらに軽く頭を下げて外に戻って行った。


「……“鉄の睾丸”て?」

「ええと……あれ、“タフガイ”みたいな意味合いなんだけどさ。勝手に付けられてた。ムカつくから、いわれるたびに蹴り上げて回ってたら、ますます広まっちゃってさ」


 ひでえ。発端が何だったのかは知らんけど、いわれるだけのことはあるんだろうと思う。


「おおおおぉ……ッ⁉︎」

「いや、だから、問題になったそばから何を騒いでんだよ」


 エリは追加の小箱入り弾薬を見て小躍りしていた。


「すごぉおおい! これ黒色火薬⁉︎ どしたの、こんなの⁉︎」

「武器商人の爺さんが、アンタにって。そこのホルスターもだ」


 おお、と喜びつつエリは珍妙な色合いに首を傾げる。


「シェーナって、火の神と通信でもしてるの?」

「してない。ショボくれた爺さんと商売してるだけ。なんか買うたび赤いもん押し付けられて困ってる」

「そっか。こっちの世界の火神は赤を好むとかで、ドワーフとか火神の信奉者は何でも赤い色に染めるって聞いたから」

「知らん」


 少なくともあの爺さんはドワーフじゃないと思う。ヒョロッとして筋肉ないし、口先はともかく手先は不器用そうだ。


「その“ブラックパウダー”って、なんか良い弾なの?」

「良い……っていうか、古い設計の弾薬だね。西部開拓時代には黒色火薬っていう原始的な火薬だったの。煙が大量に出るから、近代以降は無煙火薬に切り替わったんだけど」


 わからん。その“煙が大量に出る原始的な火薬”を、わざわざ使って何か良いことがあるのか。あたしが尋ねると、エリは首を傾げて笑った。


「西部劇の雰囲気が出る、とかかな?」

「ごめん、あたしにはわからん世界だ」


 エリは屈託なく笑って、ガンベルトを腰に巻いた。自分の拳銃を納めて、お披露目するみたいにクルッと回る。


「似合うかな?」


 衛兵の制服とはミスマッチなはずなのに、不思議と悪くない感じに見える。短剣を下げている剣帯は左、拳銃は右になるから特に干渉もしないみたいだしな。


「エリ、とっても良く似合うの」

「うん。その、“こると”の銃把もつとこもちょっと赤いからかな。すごく似合ってるよ」


 おう、これが女子力か。あたしも、ちゃんと口に出して褒めるべきなのかもしれん。

 ちなみにコルトのグリップは、ちょびっと赤っぽい色合いの木で出来てるだけで、あたしたちの銃みたいに真紅とかではない。


「なあ、エリ。念のために伝えておくけどな。アンタがそのコルトを使い出したら、帝国側に面倒な難癖を付けられるかもしれないぞ?」

「そうだね。シェーナたちが現れる前にも使ってたんだけど、そんなの聞く耳持たないと思うし」

「だったら、無実のアンタが余計なリスクを背負しょうようなことは……」

「お勧めしない?」


 あたしの忠告を受け入れてはいるようだけど、彼女は肩をすくめて笑う。


「わたしもね、シェーナたちほどじゃないけど。二十やそこらの帝国軍兵士は手に掛けてる。たぶん、これからはもっと増える」

「ん? ちょっと待て、アドネアって帝国に併呑されたんだよな?」

「うん。わたしたち衛兵も表向きには帝国の息の掛かった併合地の官憲てことになる」

「実態は違う?」


 エリは頷いて、簡単な状況を話し出す。

 大陸南部にある帝国本土から、帝国人兵士の部隊が中北部のアドネアまで来ることなんて、ほとんどない。過去に訪れたのはソルベシア討伐のための大規模遠征くらいだそうだ。

 その際に、併合地やら占領地から抽出した現地兵を蔑み虐げていた帝国人兵士が数千単位で“友軍”に殺された。

 表向きは、ソルベシアのエルフに殺されたことになったようだけど。その状況を察してか、帝国人部隊が本国から出てくることはほぼなくなったのだとか。


「もしかして、帝国けっこう末期的状況?」

「ある意味、最初からだけどね。それにとどめを刺そうとしてるのがシェーナたちなんだけど」


 解せん。あたしたちは自分の身を守っただけなのに。


「あんたたちの通り道には死屍累々だからねえ……帝国軍の伝令がいってた。“赤目の悪魔”と出喰わして壊滅しなかった部隊はないって」

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