かたわらの影

 ランドクルーザーは、結果だけでいえば難なく枯れ河の窪みを脱出した。乗ってるあたしたちはバランス取りに失敗して揉みくちゃになったけどな。まあ、結果オーライ。


「またエラい晴れたねえ」

「眩しいの」


 河が増水したとはいっても雨が降ったのは遥か彼方の上流部もしくは山間部で、あたしたちのいるあたりには雨粒ひとつ落ちては来なかった。とはいえ空気中の水分は補えたらしくうっすら雲は出ていたのだ。

 もう、影も形もないけど。


「帝国軍の陣地があるとして、こんなところじゃ井戸でもないと干上がっちゃうよな」

「地下水脈はあるみたいだね。五十フートくらい」


 五十ってことは……だいたい十五メートルか。前に聞いたときはジュニパー四半哩四百メートルとかいってたから、今度は浅い方なんだろうけど、それでもけっこうあるな。


「魔法抜きで水を汲み上げられるんだから、帝国内じゃかなり楽に生きられる環境だよ」

「過酷だな」


 大陸の南部域と北部域には植生が残っているため保水力があり、水の確保もある程度は可能だけど、中間部の砂漠・土漠地帯は改善が見込めない。魔力で水を生み、さらに周辺の水分と外在魔素マナを枯れさせる悪循環が延々と続いているのだからどうしようもない。


「シェーナのいたところには、こういう環境なかったの?」

「あった。魔法は関係ないけど、状況は似てるかな」

「解決の方法って、あるの?」

「あるにはあるけど、どうなんだろ。あんまり進んでなかった気がするな。緑化……ええと、草木を植えて空気中と地中の水分を上げるとか、そういうの。あと、海水を真水にするとか」

「塩辛い水を? どうやって?」

「沸かして、塩と分けるんだと思うけど……ごめん、詳しくは知らない。あたしのいたところは、むしろ水が多くて困ってたから」


 ああ、これ外国に行って自分の国の環境や文化を説明できずにもどかしいパターンだ。単なる勉強不足ともいうけどな。


「ジュニパー、その先で止まってほしいの」

「ミュニオ、どうかした? 帝国軍の砦でも見付けた?」

「砦は見えないけど、なにかいるの」


 ミュニオが荷台に上がって、周囲を探る。エルフの超感覚みたいな感じで、視力を使っている風ではない。

 ついでというか付き合いというか、あたしも双眼鏡で周囲を見渡し、ジュニパーはモキュモキュとチョコバーを頬張る。こいつ……ていうか、ちょうど良いや。


「ミュニオ、前方の何かそれって、すぐに対処の必要がありそう?」

「たぶん、大丈夫なの。少なくとも、敵ではない気がするの」

「じゃあ、止まったついでだ。ご飯にしようか」

「「わーい」」


 とはいっても、ガソリンストーブでお湯を沸かして、肉と野菜を投入してスープを作るだけだ。今回は豊富にある鳥肉。名前も知らない鳥だけど、けっこう美味い。ふたりにも好評だったので、大ぶりに刻んで大量に入れる。野菜も今回はフリーズドライのベジタブルミックスだ。

 二十分少々で、ボリュームたっぷりのスープ完成。野菜にスープベースの味付けがしてあったので、それにカレースパイス追加したもの。鳥肉からの出汁で旨味は十分だ。


「各自好きによそってなー?」

「はーい」

「美味しそうなの……」


 主食という考え方があるのか不明だけど、大箱のビスケットとクラッカーを出す。スープは好評で天気も良く、三人とも美味しい食事を楽しんではいたのだが。


「なあ、なんか……変じゃないか?」

「そうだね。誰か、いるみたいな気がする」


 そうだ。誰かに見られてるみたいな気がする。でも、周囲には誰もいない。隠れるところもない。わずかな起伏があるだけのフラットな砂漠が、地平線まで延々と続いている。

 なのに、気配はあるのだ。砂に穴を掘って隠れてる、みたいなのではなく、いってみれば隣に誰かいるような感じ。


「……ねえ、ミュニオのいってたの、これ?」

「そうなの。いないのに、なんかいる感じ、なの」

「敵とか、魔物とか……じゃ、なさそうだね。……あれ」


 ジュニパーが指差す先に、剣と甲冑の残骸らしきものが埋もれているのが見えた。庇状になった砂丘の下に並んでいるから、もしかしたら風で露出したそれはあたしたちのいるあたりにもゴッチャリと埋まっているのかもしれない。


「ここって、古戦場?」

「そう、みたいなの」

「え……うそん、あたしそういうの苦手なんだけど。信じてないし、宗教行事なんてクリスマスと神頼みくらいだし、仏教徒だけど念仏とか知らないし」

「落ち着いてシェーナ、大丈夫だから。あと後半よくわかんない」


 明るく晴れ渡った空の下、あたしは冷や汗を流しながら周囲を見渡す。冗談だろ、おい。

 幽霊とか怪談とか、そんなん別に怖くない。怖くないったら怖くない。古戦場も古墳も古美術品も怖いと思ったことない。怖いのはいま確かに感じている“視線”と“気配”だ。敵と戦うのは構わんけど、こんなわけわからん相手は勘弁してくれ……


「……ねえ」

「うひゃいッ⁉︎」


 すぐ隣で、幼い子供の声が聞こえた。

 何もいないのに、誰もいないのに、確かに、ハッキリと聞こえた。

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