砦の晩餐

 陽が陰ってきたので、おこしてあった焚き火で穴熊肉を焼く。鍋を火に掛ける用の台みたいのを作ってくれてたので、そこに残っていたぶっといもも肉と……なんていうんだこれ、背中側の肉。ロースか? 肉付きの良さげな部位を置いて炙る。冥府穴熊タナトスバジャー、巨体だけあって腿肉すげえデカい。一本でも難民盗賊団の最年少の子――たぶん五、六歳の女の子――に近いくらいのサイズ。それが四本はさすがに食い切れんか?


「ジュニパー、これ、どっちが前脚でどっちが後ろ脚か覚えてる?」

「穴掘るから、たぶん大きいのが前脚だね。なんで?」

「美味い方を二本、焼こうと思って」

「……前脚、かな? わかんないけど」


 腿肉の大きい方を二本。それと背中の肉でもう焚き火の上はいっぱいになってしまう。味付けは塩胡椒とガーリックパウダー。それでなくとも臭みのない穴熊肉からは凄まじく食欲をそそる香ばしい匂いが立ち上ってくる。これは堪らん。

 肋肉リブも食べ応えのありそうなとこは前の野営で平らげたので、比較的肉の少なめな骨周りを寸胴で煮込んでスープにする。あの大量にあった穴熊肉ストックも、けっこう片付いてきた。


「シェーナ嬢ちゃん、毎度こんなに肉を用意してもらっとるが、大丈夫なのか?」

「そうじゃ。帝国軍を撃退した後でよければ、わしらが狩りに行くぞ?」


 焼き場を任せたヒゲなしドワーフのターイン爺さん、長髪長ヒゲのトール爺さんが手際よく焼き目を付けながらあたしに訊いてくる。


「問題ないよ。前に仕留めた兎のストックもあるし。それより、狩りってどこで?」

「北の方に五哩ほど行けば、ちょっとした低木と茂みがあってな。大きな飛べない鳥やら、ツノの長い鹿がおるんじゃ」

「美味いの?」

「鳥は、少しばかり硬くてパサついておるが、鹿はなかなかじゃな」


 落ち着いたら、そこで晩飯の肉を仕留めるのも良いかな。

 肉が煮えてきたところで、野菜をスープに入れる。まずは定番の人参とタマネギとジャガイモ。エルフっ子たちが皮剥きを手伝ってくれた。あとフリーズドライのスープストック味付きミックスベジタブルと、フリーズドライ豆。日本人にはあまり馴染みがないけど、なんでもあるんだな。

 目を離した隙にジュニパーが生人参をコリコリ齧っていた。見付かったら悪びれずにニーッと幸せそうに笑う。こいつ……まあ、良いけど。

 木箱に布を敷いて、皿を並べた。ついでに大箱入りのクラッカーも出す。


 防壁のなかでの夕食になるので、オアシスの西岸にある小屋で隠れ暮らしているウダル爺さんも呼んだが断られた。ひとりで生きてくのに慣れ過ぎてて、あまり大勢と接すると落ち着かないのだそうな。わからんではない。

 前にミネラルウォーターと食い物を渡しておいたが、手をつけた様子はないのが気になった。


「爺さん、メシ食わんの?」

「食ってはおるぞ。しかし、まだ先があるからのう」


 ウダル爺さんは苦笑して、小屋の隅にある開封した包みを指す。帝国軍の、岩みたいにガチガチの堅焼きパンみたいな携行食だ。まあ、いいか。ほっとけというなら、そうしよう。ミュニオたちが帝国軍先遣部隊を撃退するのを見たせいか、開き直ったような落ち着きが出てるし。ほんの数日前まで“みんな死ぬ”と絶望していたときの憔悴しきった感じはない。

 追加で帝国軍の輜重部隊から奪った小樽入りの塩と堅焼きパン、こちらも岩みたいにガチガチな塩漬け干し肉を渡す。あたしには食えたもんではないけれども、どうやらこちらのひとたちにはこういうのの方が馴染みがあるようだしな。


 肉が焼き上がったところで、みんなで食卓を囲む。すっかり暗くなったので、サイモン爺さんから入手した電池式のLEDランタンを灯す。エルフもドワーフも最初は明るさに驚いていたけれども、すぐ食欲に負けて気にしなくなった。

 ジュニパーとミュニオが食事中の見張りを買って出てくれたので、お礼にフリーズドライのフルーツを渡す。食前酒ならぬ食前デザートだ。前に渡したのとは違う種類だったらしく、カラフルなパッケージと見慣れない果物の写真に戸惑いながらも、ふたりとも喜んでくれた。


「はーい、じゃあ勝手に取ってなー。そこに器があるから」

「「「うまッ‼︎」」」


 赤毛のヘンケル率いる難民盗賊団の子供たちが、肉を両手で持って感動している。たしかに穴熊肉、ものすごい美味いんだよな。あたしにはちょっと脂が多いけど、旨味と滋養感がハンパない。

 ヘンケルと年長の何人かが率先して、年下の子たち――合流してきたエルフの子たちを含めて――のお世話をしながら取り分け、食べさせている。この辺りは、長く一緒に行動してきたリーダーとしての慣れだろう。えらいな。


「熱いから気を付けてな? あとエルフのみんな、スープだけじゃなくて肉も食べろよー?」

「「「はーい」」」


 彼らは種族特性なのか野菜と豆、それと芋が大好きらしく、みんな幸せそうな顔でスープを食べている。けっこう肉もいっぱい入ってるし、いいか。


「おいし……おいし……」

「もむもむもむもむもむ……」


 静かになった食卓の傍らで、焚き火に落ちた肉の脂がパチパチと爆ぜて炎を上げる。誰も言葉を発しないまま黙々と肉にかぶりつく。なに、穴熊肉って、カニ的なもの? 会話がなくなっちゃう系の旨さなの?


「あ、そうだ爺さんたち」

「む?」

「食事中にいう話じゃないかもしれないけど、忘れないうちに伝えとこうと思って。落ち着いたらさ、亡くなったひとたちの墓を作ろうよ」


 預かってるのは構わんけど、さすがにずっとこのままってわけにはいかない。あたしたちはいずれ北への旅に出る。その前には埋葬を済ませなければいけない。

 元族長のモグアズ爺さんが、ターイン爺さんトール爺さんと顔を見合わせて頷く。お前らまさか、忙しくて忘れてたとかいわんだろうな。

 あたしは、半分忘れてたけど。


「ああ、そうじゃな。墓を作るなら、ドワーフの集落があった辺りかのう」

「うん」

「神使様、そのときには昇天の儀を頼めんかの」


 少し離れたところで、もきゅもきゅと肉を頬張っていたクレオーラが振り返って溜め息をいた。


「しょうがないわね。やってあげるわよ」


 フンとそっぽを向いてではあるが、快諾――なのではないかと思うほどの即答を――してくれた。なんでかは知らんけど、最初に会ったときと比べて少し表情に余裕が出てきた感じはする。


「アンタたちの信心が、依り代としての力を取り戻してくれてるみたいだから。手を貸さないわけにはいかないじゃない」


 ありがたく思いなさいよ、とかなんとかいうてるけど。相変わらずのツンデレである。

 手早く食事を終えたマナフルさんたちエルフの年長者とヘンケル、それとコボルトたちがミュニオやジュニパーと見張りを交代してくれた。あたしも外壁に登って真っ暗な砂漠を見る。空には満天の星空が広がっていて、月明かりのせいかある程度は遠くまで見通せないこともない。視力自体がこちらの世界のひとたちに比べて低いのはどうにもならないにしても、何かが接近してきたら対応くらいはできるだろう。


「しぇな、さん」


 近くで見張りに立ってくれていたエルフッ子たちが、あたしを見てはにかんだように笑う。


「しあわせ、です」

「ありがと」


 なんて応えれば良いんだろうな。それをあたしにいわれても微妙に困るんだけどな。ここでわざわざ拒絶するのも変だし、自分だけの功績みたいに受け取るのも引っ掛かる。しばらく悩んでも答えは出ず、あたしは妙な間の後で彼女たちを見た。


「これから……きっと、もっと幸せになるさ」


 ああ、うん。ちょっと、なんかスベった気がする。

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