コンフリクト

 食事を終えたら後片付けの担当と見張りの順番を決めて、手の空いたひとから砦の端にある小屋で寝る。砂漠の夜はかなり冷えるが、毛布や布や衣類袋を全部置いてあるので寒いとか寝にくいことはないだろう。

 あたしはジュニパーや赤毛のヘンケルと一緒に明け方のシフトに決まった。襲撃があるとしたらその時間が最も可能性が高いので、自分からそこを指定したのだ。まったくの深夜では夜目が利かない不利もある。深夜帯はミュニオとドワーフの爺ちゃんたちに頼む。深夜までの時間はコボルトたち五人が担当。狂犬病療養中のふたりも動けるようにはなったみたいだけど、大事をとって静養してもらう。

 最初の見張りが立ったところで、あちこちに転がっていた帝国軍兵士の死体を手分けして回収する。みんなで運んできた死体は全部で十七。多いと見るか少ないと見るか。死体や地面に刺さっていた矢は回収して汚れを拭い、歪みがないか確認して再使用に備える。死体の方は、迷ったけど懐収納に突っ込む。たぶん入りきらないだろうと思ったのに、案外あっさりと収まった。なんでや。

 だったらランドクルーザーも、と試したらこちらも収まった。あたしの能力も成長しているのか。敵の迫る外壁に大事なランクルを置いておきたくはなかったのでホッとした。

 ちなみにホイールローダーは無理だった。重量なのか容積なのか不明。全部出して入れ替えて試す余裕も興味もないので保留。古いとはいえタフな建築用重機だ。多少なんかあっても大丈夫だろ。


◇ ◇


「シェーナ、交代をお願いしたいの」

「にゃ……おう、おっけー。……ちょっと、待ってな」


 ミュニオに呼ばれて起きてきたら、爺ちゃんたちがお茶を入れてくれてた。眠気覚ましに、ってミネラルウォーターやら甘いものと一緒に置いといたやつだ。けっこう寒いなかで、湯気の上がる飲み物を口にするとホッとするな。

 幸か不幸かあたしたちのシフトまで敵の接近は見受けられず、動物の気配もない静かな夜だったようだ。

 かなりの睡眠時間を取れたせいか、頼りになる仲間たちがいるせいか、自分でも意外なほど気持ちは落ち着いている。敵の数も、かなり削ったつもりなので対処しきれないこともないだろう。


「そんじゃ、爺ちゃんたちとミュニオは寝てて。たぶん明るくなったら忙しくなりそうだから」

「わかったの」

「少しでも怪しいときは遠慮なく起こすんじゃぞ」

「了解」


 朝シフト組の装備は、あたしが自動式散弾銃オート5と紅の大型リボルバーレッドホーク、ジュニパーは銀のレッドホーク。敵の装備が不明なので、どちらにも357マグナムを装填してある。弾薬はその場の判断で選択できるように両方を渡しておいた。

 ヘンケルと難民盗賊団の年長ふたりの武器はあたしが提供した強化ゴムパチンコスリングショットだけど、既に兵士を何人か仕留めているようなので威力に問題はないだろう。さすがに甲冑付きには弾かれるだろうが、そのときはミュニオにも起きてきてもらうだけだ。


「姐さん、それじゃ俺たちは裏手に回るよ」

「おう、頼む。なんかあったら、“怪しい”くらいでも声を出してな」

「「うん」」

北側あっちは、任せといてくれ」


 南東側の壁の上にあたし。ジュニパーが南西側。北側にヘンケルと難民盗賊団の年長ふたりだ。中央に矢を防ぐ板があるので視界は一部だけ塞がっているが、内壁は一辺二十五メートルほどの三角形なので声を上げればそれで事足りるだろう。

 壁の高さは三メートルで、その内側に二メートルの足場を組んである。攻め込んできたら、足場に乗って射撃を行うことになる。要所には銃眼というのか、設置式の矢盾が置かれている。ちょっとやそっとの攻勢なら耐えられるし押し返せると思う。本格的な籠城戦なんて経験がないから想像でしかないけど。


「ねえ」

「うわ、ビックリしたッ」


 いきなり背後から話しかけられてあたしは飛び上がりそうになる。振り返ると、ドワーフの神使クレオーラが気怠げな表情で壁の上に座っていた。つうか、北側に置いてあった椅子まで、あたしのいる南東側に運ばれてるし。全然、気付かなかった。


「見張りはこっちでやるから、クレオーラまで出てこなくても大丈夫だよ。何かあったらすぐ教えるんで……」

防衛上そっちの問題については心配してないわ。いざとなったらゴーレムを出すし」

「あれ? 動けるようになったんだ?」

「そうね。ゴーレムあの子の魔珠は、休眠状態から目覚めたわ。まだ万全じゃないから、動けるのは短時間だけど。アンタたちが来てから……私に対する力が集まってるみたいなの」

「信者がいないから力を得られない、みたいな話だったよね? 信者それって、例えばあたしたちでも良かったの?」

「ないよりずっと助かるわ。ドワーフの三人はともかく、他の子たちは信者ってわけじゃないから、まあ“信心”というより“敬意”みたいなものかしらね」


 たしかに、敬われる要素があるとしたらドワーフの神さまへというより彼女個人の人望という気はする。なんにせよ、神使様の力になれるなら、それに越したことはない。問題は、だ。


「何か他に話があるってこと?」

「聞いておこうと思って。アンタたちが、どこまで知ってるのか」


 ……ああ、うん。それは、ミュニオについてか。最初にクレオーラと会ったとき、ミュニオに何かいいかけて止められてたっけ。


「何も知らない。でも彼女の問題を詮索する気はないし、その結果が何であっても受け入れる。そう決めた」

水棲馬ケルピーの子も?」

「もちろん、ジュニパーもだ」


 迷わず断言したあたしを見て、ドワーフの神使は少し困った顔で笑う。


「じゃあ、そっちのことは本人から聞くといいわ。伝えておきたいことは、ふたつ」

「ああ、うん」

「明日、おそらく早朝から敵の攻撃があると思う。でも、主力は帝国軍じゃない」

「え?」

「正確にいうと、帝国軍の兵士ではあるけど動かしているのは別口ってことよ。アンタたち、オアシスに来てすぐイーケルヒの兵と戦ったでしょう?」

「ああ、白い幟旗のぼりばたの奴らな」

「そう。あいつら、帝国から禁じられていたはずの旧王国の軍備でオアシスに現れた。イーケルヒ王国の復興を望む層が、生き残りの王族をようして何か画策してるように感じたわ」

「う〜ん……それ以前に、あたしはイーケルヒってのが帝国軍とどういう関係なのかイマイチわかってないんだけど。メッケルから送られてくるはずだった部隊の指揮官も旧イーケルヒの末裔しそんだって話だったな」

「へえ、そいつは?」

「殺しちゃった」


 あたしの言葉を聞いたクレオーラは、呆れ顔で首を振った。


「オアシスを含む中北部一帯を納めていたのが、イーケルヒ王国よ。帝国への服従を拒んで戦ったけど、侵略を止められず滅亡した。王族の半分は死に、生き残ったなかの半分は帝国にくだったわ。問題は、さらにもう半分。正確には、ふたり。彼らは生きたまま帝国への服属も拒み、大陸の北にあるエルフの楽園ソルベシアに逃げたの」

「おい待て」


 本人に聞けばいいとかいうておきながら、この神使様ほとんど答えをいってしまってる気がする。本人も自覚はあるのだろう。しょうがないじゃないというような不満顔で肩をすくめる。


「イーケルヒって、エルフの国?」

ハーフエルフ・・・・・・の国よ。見た目は、どちらの形質が強く出るかだけの問題。ソルベシアに逃げ落ちたふたりのうちひとりは、いまもそこで暮らしているらしいわ」

「もう、ひとりは」

「イーケルヒ王国が健在なら皇子の資格を持っていたはずの彼は、侍女とともに攻撃召喚で帝国南部に飛ばされたまま行方不明」


 ああ、クソ。もしかして――というか、もしかしなくても――それがミュニオの両親か? 本人がいってた“出来損ない”って、両親どちらかの血によって、エルフとしては能力か資質か血筋かが不完全だと差別されてきたとか?

 あたしは、小さく深呼吸してクレオーラと向き合う。


「私は、そこに政治的意図があったように思うけど、もう四半世紀以上も前の話だから、調べようもないわね」

「それは、どうでもいい。少なくとも、あたしたちには関係ない」

「だといいけど」

「伝えたいことはそれで全てか?」

「まだ、最初のひとつしかいってないわ」


 ってことは、ひとつ目は、“攻めてくるのはハーフエルフの息が掛かった部隊だ”ってことだけか。エラく話題が大くくりだな。それで、もうひとつは?


「ドワーフにとってオアシスは重要な土地ではあるんだけど、それは利用価値だけの問題で、さほど強い思い入れはないわ。でもイーケルヒの人間にとて、ここは聖地なの。それこそ“シェイン死ぬまでダイ戦うオォーグ義務”を厳命されるほどのね」

「それでか。あんなに急にいきり立って向かってきたのは」

「たぶん、本格的攻勢はこれからよ。ハーフエルフとその指揮下にある兵士は、すべてが投入される。動員される兵数は読めないけど、最低でも百近く。最大だと……」


 クレオーラは溜め息を吐く。


「九百から千二百」

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